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俺と彼女の誕生日
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しおりを挟む「ちょっと広瀬さん広瀬さん!!」
路地まで戻ったところで村川くんが店から走って追いかけてきた。
俺が立ち止まったのと村川くんが腕を前に出しながら走っていたタイミングが重なって
「ぐっふ!」
思いきりドンッと背中を押され、俺は前へとつんのめる。
「わあ! ごめんなさい広瀬さん!」
「いや、俺も急に止まったから……」
なんとか体勢を整えた俺に村川くんは謝りつつ、俺の顔を指差して
「そうそう指輪! あれ、マリッジリングじゃないですか!!」
と、俺に詰め寄ってきた。
「は?」
訳が分からず彼の態度に首を傾げる。
「ですからっ! あの指輪のデザイン、あの店がマリッジリングとして出してる商品なんですって! 素材もプラチナですよね?」
「……プラチナ、だったと思うけど」
「俺、妻とマリッジリング選ぶ時に広瀬さんのデザインのと最終的に二択で迷ったんですよ。だからデザイン覚えてて!」
村川くんはそう言いながら自分の左手薬指を俺に見せつけてきた。
確かに彼のプラチナ製マリッジリングとデザインの系統が似ている。
「確かに少し似ているが、ステディリングかマリッジリングかなんて結局は本人同士の意識の持ちようなんじゃないか?」
俺は指輪の事なんてよく分からないから村川くんに「指輪ってどこで買うのが正解?」って訊いて、その後すぐに夏実連れてデザイン選んだけど。
「そりゃあそうですけど……でも二択で迷ったやつだったからつい」
村川くんも俺の意見に同意したのか、興奮した気持ちを抑えてくれた。
「なっ、だからデザインや材質だけでマリッジリングと決めつけるんじゃなくて要は俺と彼女の気の持ちようというか」
「なるほど。ちなみにデザインはどうやって選んだんですか? 彼女さんと選びに行ったんですか?」
「そうだよ。10代だけどそういう事に関しては俺より彼女の方が断然詳しいからね。母や姉と言った人生の先輩が身近に存在してるし」
だが実際真剣に指輪を選ぶとなると種類が豊富過ぎてかなり迷ったんだ。「歳の差もあるから年代関係なくつけられるのがいいよねー」とか「素材で悩むくらいならいっその事プラチナにしちゃえば」とか、夏実と色々意見交換をして。
……で、その途中ジュン先輩からいきなり電話かかってきたから俺だけ中座して、電話越しに奥さんとのくだらない愚痴を散々聞かされた上で戻ってきたら、夏実がデザインを最終的に選んでてそれに決めたっていう経緯であのデザインを購入した訳だ。
「まさか夏実のヤツ……」
そこで俺はハッとして自分のビジネスバッグに視線を移す。
(店員がそう提案してきたのか夏実が敢えてそっちを選んだのかは分からないが、まさかマリッジリングと差し支えないくらいの高価な指輪をおねだりしたくてあのデザインにワザと決めたのでは……?)
「まさか、彼女さんにしてやられたってヤツですかね?」
俺の「まさか」と村川くんの「まさか」が一致したようで、彼がニヤリと口角を上げる。
その上、背後からジュン先輩がハイテンションでダッシュして近付いてきて
「お前結婚指輪買ったって本当かよ広瀬ぇ!!!!」
と、路地の外側まで聞こえるくらいの大声を出しながら俺にタックルしてきた。
「ぐはっ!!!!」
村川くんのドンよりも10倍はありそうな衝撃で、本気で転びそうになり
「わわわわ!! 広瀬さん危ない!」
村川くんに肩を抱きとめられた。
(あぶなっ!! 地面、水溜まりあっただろうが!!)
転んだら今夜のデートどうしてくれる気でいるのか、先輩の事を本気で怒鳴りたい気分だった。なんだかんだで世話になってるから口には出せなかったけど。
「なんだよ広瀬ぇ~『JKだから今まで手を出してない』とかカタイ事言っときながらなんだかんだ順調にいってて結婚する気満々なんじゃないかぁ、こんのムッツリスケベっ!!」
「…………っ」
とはいえ俺の脳に突然「ムッツリスケベ」の予想外ワードが乱入してきて大乱闘を起こしている。
(なんかもう……こういう時の先輩、リアルで疲れる……)
俺はその場でジュン先輩への怒りをおさめ、無言でオフィスまで戻るしか行動の選択がなかった。
「ああっ! 広瀬っ! シカトすんなよ~!! 寂しいじゃんかぁ~!!」
「俺も一緒に戻りますから待って下さい広瀬さんっ!」
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