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俺と彼女の進む路(みち)
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しおりを挟む昼休憩に入り、森田さんが他の女性社員と外食ランチに出かける直前に
「私の非常食です! お昼もしっかり食べなきゃダメですよ主任っ!」
と、栄養補助食品の箱を俺のデスクに積み上げてきた。
「えっ! 森田さんこれ多くない?!」
たじろぐ俺に森田さんはニコニコ微笑み続けている。
(4本入りの箱が6箱もあるじゃないか!! 午前中も一口大の洋菓子をちょこちょこと貰ったっていうのに更に……って、こんなに食えねーよ!)
「余ったら村川くんと分けてくださいね♪ おやつにどうぞ♪」
そしてニコニコ顔をキープしたまま言い残して去っていく森田さんをデスクから見送りつつ、俺は一体どこからツッコミを入れたらいいのか分からない心境に陥っていた。
「森田さんと何かあったんですか? っていうか今日は愛カノ弁当じゃないんですね」
村川くんは積み上げられた栄養補助食品の箱を一つ持ち上げながら俺に訊く。
「いや、弁当はまぁ……ちょっと色々あって」
胃に洋菓子が詰まっている状態で更にこれを4本も食べれる自信はないけれど、取り敢えず1箱だけ貰って残りは返却しようと決め、箱の蓋を開けながら答えた。
「えー? 早速喧嘩ですか?」
「いや、喧嘩じゃないって」
そもそもこの件は一方的に俺が悪い訳で喧嘩ではない。夏実にはひたすら謝るつもりではあるけれど。
俺は箱の中から一本取り出してひと齧りし、ポケットからスマホを取り出す。メールアプリを開くと夏実から沢山メールが届いていた。
「ふふっ」
ゆっくりとスクロールしてメールを読み、その内容に笑みが溢れる。
[湊人おはよう。昨日はごめんね]
[お母さんやおばちゃんから、湊人があんまり寝てないんじゃないかって話を聞いたよ。体調はどう? 無理してない?]
[だいぶ昔だけど、湊人は過労で倒れた事があるから凄く心配だよ]
「なんだ、彼女さんからラブラブメールいっぱい届いてるじゃないですか」
スクロールと俺の笑みで村川くんは察したらしい。
「まぁね」
「あー、あついあつい♪」
村川くんはおっさんみたいな言葉を言いながら愛妻弁当を頬張っている。
「だから喧嘩じゃないって言っただろ。仕事帰りに夏実と外食するつもりだからその連絡をするんだよ」
俺はスマホ画面に集中しながら夏実にメールを何通も送った。
(高橋部長もだけど、夏実も記憶力がいいよな……俺が今朝まですっかり忘れていた、入社一年目に倉庫で倒れた話をしっかり覚えていてくれてるんだから)
そして改めて、自分はとても恵まれているのだという事を知る。
「村川くんさ、うちの会社の面接で『商品開発に興味がある』って言ったんだろ? 会社の忖度でうちの部に流れちゃったけど不満はないの?」
この2ヶ月間、隣の席から彼を見ていて何となく気付いてはいるけれど、敢えて確認の為に訊いてみると
「あー、不満は全く無いですね。広瀬さんっていう頼れる主任様が隣に居らっしゃって心強いですし、営業所の事務の方々からはチヤホヤされますから仕事しやすいです」
村川くんは冗談混じりに笑ってそう答えた。
「なかなかな事言うね」
俺もその返答に笑ってまた夏実へのメールを打ち始める。
「頼れる主任様の部分は本気ですよ。昔って、うちの部女性社員だけで構成されてたんでしょう? 男性は外勤業務か工場勤務に固まってて、本社の内勤はうちと総務以外の部長か経理担当しか居なかったってジュンさんから聞きました」
「そうだね、そう考えると今はここで内勤する男性の割合が増えたかな」
既に俺ら以外居なくなった本社オフィスを目線だけでぐるっと見渡し、椅子に男性物のスーツの上着がかかっているのを2つ3つと確認する。
「広瀬さんがパイオニアってやつですね」
「いや、ジュン先輩や部長達が俺の為に色々してくれたからだよ」
社内の雰囲気が良くなったのは周りの協力の賜物で、俺が何か積極的に動いたからではない。俺は自分で自分の首を絞めて勝手に苦しがってただけで、自分からは何もなし得ていないのだから。
昼休憩が終わって、森田さんがまた俺のデスクに戻ってきた。
「あー!主任残しちゃダメじゃないですかー!ちゃんと食べてって言ったのに!」
俺にそんな事を笑って言いながら、村川くんとの席との間に積み上げられていた栄養補助食品の箱5つを回収する。
「いやいや、朝からお菓子沢山食べさせられた上にそんな量食べらんないから」
「えー? ホントですかぁ? 昔みたいにガリガリになっちゃいますよ?」
「いや、もう年齢的にガリガリになれないから。食べ過ぎたら中年太り真っしぐらだし」
「えっ? 広瀬さんって昔ガリガリだったんですか? 185センチもあるのに?」
「なんか、村川くんくらいの時はそうだったらしいよ」
「俺よりでかいのにガリガリって……広瀬さん何キロくらいだったんですか?」
「えー……そんなの忘れたよ」
業務部メンバー3人でわちゃわちゃ喋っていたら、他の社員もぞろぞろ戻ってきた。
「あ!もうすぐ始まっちゃうっ!」
森田さんは箱を抱えて、俺の斜め向かいの自分の席に戻っていった。
引き出しに非常食を収納しなおしながら、森田さんは俺たちに目線を合わせるよう立ち上がってまたニコニコ微笑む。
「私の趣味とは関係なく、主任や村川くんがうちの部に居てくれてすごく嬉しいんですよ。
主任は営業事務経験があるから事務員さんの気持ちになって考えて製造元と納期の相談してくれるし、村川くんは村川くんで真面目に丁寧に取り組んでくれるし、雑務も嫌な顔せず引き受けてくれるし。うちの部だけでなく、会社全体レベルで助かってると思うんです」
「「ええっ?!」」
いきなりそんな風に褒められて、俺は村川くんと顔を見合わせ少し顔を熱くする。
「だから、末永くよろしくお願いしますね! 会社辞めたり、体調崩したりなんか絶対しないでくださいね!!」
森田さんは更に念押しするよう、そう付け加えて椅子に座った。
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