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彼女に伝う俺の愛
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「結局これ、どういうつもりなの?」
「俺に今まで言いたくても言えなかった事をちゃんと言ってもらいたいなと思ってさ」
状況が掴めないでいる彼女に、俺は至極真面目に返答してみる。
「本当に意味わかんないよ」
夏実はまだ戸惑う表情を見せている。
「ほら、夏実は晴美さんや菜央ちゃんと違って、俺にあまり感情込めて怒る事ないなぁって思ってさ」
18年彼女をほぼ毎日見続けている俺には分かる。
夏実は、感情をストレートに表しやすい母親や歳の離れた姉と違って「なるべく良い子でいよう」という意識があった。
「夏実は幼い頃からずっと良い子だった。晴美さんも昨日言ってたけど、俺から見ても夏実は手がかからなくて、俺の話をよく聞いてくれて理解力があって、今でも聡明で心優しい子っていう印象かな」
「だってそれは……嫌われたくないし」
ずっと顔を背けていた夏実が、ようやく俺の方を向いてくれた。
「それは俺に対してだけ? 夏実の周りの人間全てに対して?」
「え……?」
夏実だって女の子だから、俺に多少のワガママを言う時もある。でもそれは「行きたいお店にあと一軒連れてってくれなかった」と文句を言う些細なレベルでの話だ。
「晴美さんと菜央ちゃんって、結構似てると思うんだ。言ってる事は正論だけど語気が強いし、頑固なところもあるし。それに対して和明さんが宥めたり、喧嘩の言い合いになったりするのを、夏実は幼い頃から見ていて『良い子にならなきゃ』って思ってたんじゃないかな」
「……」
「おまけに直くんも高校卒業直前に出てっちゃって。夏実は小学生だったから余計に寂しかったんじゃないかな。夏実はお兄ちゃん大好きだっただろ?」
「…………」
俺の言葉に夏実の目が涙で溢れる。
実際直くんが出て行ったのは夏実が俺を「王子様」と思うようになった後だったけれど、俺への恋心が一層強まったのはもしかしたらそれも原因にあったんじゃないかと予想する。
夏実の目を見ながら、俺は夏実の手を撫でた。
きっと夏実と俺は似てたんだ。
俺とは理由付けが違うにしろ、「良い子にならなければ」と自らプレッシャーをかけてるような子どもだったんじゃないだろうか。
それが無意識のうちに互いに惹かれ合う結果に結びついたのだろう。
「それなのに俺は夏実の努力に気付かず、『頭の良い子』『勉強が好きな子』という意識を置いたまま、今まで夏実に接してきてしまった。幼い頃から聞いていた夏実の夢も簡単にあしらって片付けてしまったように感じたかもしれない」
涙が溢れ落ちそうになる彼女の頰に手を置いて、俺は「ごめん」とまた謝った。
「本当は夏実の『お嫁さんになりたい』が嬉しかったよ。夏実と付き合い始めてからも、その想いが一層強くなった……でも夏実はまだ若くて可能性は無限にあると思っていて、つい進学やその先が『現実』なんだと俺は夏実に無駄なプレッシャーをかけていたんだよな。辛い事ばかりさせて本当にごめん」
俺の「ごめん」に合わせるかのように、夏実の涙が俺の胸に落ちる。
「夏実の進路だから、本来は夏実に選ぶ権利があるのにな。悪いことしたよな。ずっと苦しめてしまってごめん」
「っ……」
「俺も夏実と結婚したいって思うくらい大好きだよ。でも夏実は12歳も下だから、大人の男の力で自分の想いに任せて行動しちゃいけないって思ってたんだ……決して夏実との将来を考えてなかった訳じゃないんだよ」
「……っ」
「だって、春からの校内模試で地方大学のコードを入れてるの見た時さ『あー夏実が大学生になったら遠距離恋愛かぁ』って内心ショック受けてたんだ……本当だよ?」
「…………ぅ」
「だからその時夏実に言っとけば良かったなーって、今ちょっと後悔した。そしたらもっと早くに夏実が自分の気持ちを俺や晴美さん達や学校に言いやすかったのにって。
だからごめんな夏実。全部俺が悪いから。だから本当にごめん」
俺に感情をぶつけてもらった方が、俺も晴美さんの対応に慣れていたし気持ちとしては助かる。けれども昨夜の晴美さんや今の夏実はそれらとは真逆の態度であった。
女性の感情を抑えた主張っていうものは、受け止める時にこんなに心にグサグサと刺さるのか……と、たった今俺は実感している。
だから昨日は眠れない程心が痛んだし、夏実の涙が俺の胸に落ちる度に心へそれが浸透してグサグサと刺さっていくように感じられたんだ。
「……………っ」
夏実の涙がはらはらと俺の胸に落ちる度に痛くて心が苦しいけれど、今まで言い出しにくかった気持ちや言い分を涙として俺に少しでも落としてくれてるならそれはそれで嬉しかった。
やっぱり一回りも歳下の夏実を愛する事は俺にとって苦しくもあり嬉しい事なのだと、この素肌ででも感じる。
「言いたい事あったらなんでも言って……くたびれた30男だし、全裸で仰向けになって夏実に馬乗りしてもらうような変な俺だけどさ。
夏実はまだ若いんだからもっとワガママ言っていいんだよ。今まで充分過ぎるくらい良い子だったんだから少しくらい俺を叩いても罵倒しても怒ったりしないよ」
「俺に今まで言いたくても言えなかった事をちゃんと言ってもらいたいなと思ってさ」
状況が掴めないでいる彼女に、俺は至極真面目に返答してみる。
「本当に意味わかんないよ」
夏実はまだ戸惑う表情を見せている。
「ほら、夏実は晴美さんや菜央ちゃんと違って、俺にあまり感情込めて怒る事ないなぁって思ってさ」
18年彼女をほぼ毎日見続けている俺には分かる。
夏実は、感情をストレートに表しやすい母親や歳の離れた姉と違って「なるべく良い子でいよう」という意識があった。
「夏実は幼い頃からずっと良い子だった。晴美さんも昨日言ってたけど、俺から見ても夏実は手がかからなくて、俺の話をよく聞いてくれて理解力があって、今でも聡明で心優しい子っていう印象かな」
「だってそれは……嫌われたくないし」
ずっと顔を背けていた夏実が、ようやく俺の方を向いてくれた。
「それは俺に対してだけ? 夏実の周りの人間全てに対して?」
「え……?」
夏実だって女の子だから、俺に多少のワガママを言う時もある。でもそれは「行きたいお店にあと一軒連れてってくれなかった」と文句を言う些細なレベルでの話だ。
「晴美さんと菜央ちゃんって、結構似てると思うんだ。言ってる事は正論だけど語気が強いし、頑固なところもあるし。それに対して和明さんが宥めたり、喧嘩の言い合いになったりするのを、夏実は幼い頃から見ていて『良い子にならなきゃ』って思ってたんじゃないかな」
「……」
「おまけに直くんも高校卒業直前に出てっちゃって。夏実は小学生だったから余計に寂しかったんじゃないかな。夏実はお兄ちゃん大好きだっただろ?」
「…………」
俺の言葉に夏実の目が涙で溢れる。
実際直くんが出て行ったのは夏実が俺を「王子様」と思うようになった後だったけれど、俺への恋心が一層強まったのはもしかしたらそれも原因にあったんじゃないかと予想する。
夏実の目を見ながら、俺は夏実の手を撫でた。
きっと夏実と俺は似てたんだ。
俺とは理由付けが違うにしろ、「良い子にならなければ」と自らプレッシャーをかけてるような子どもだったんじゃないだろうか。
それが無意識のうちに互いに惹かれ合う結果に結びついたのだろう。
「それなのに俺は夏実の努力に気付かず、『頭の良い子』『勉強が好きな子』という意識を置いたまま、今まで夏実に接してきてしまった。幼い頃から聞いていた夏実の夢も簡単にあしらって片付けてしまったように感じたかもしれない」
涙が溢れ落ちそうになる彼女の頰に手を置いて、俺は「ごめん」とまた謝った。
「本当は夏実の『お嫁さんになりたい』が嬉しかったよ。夏実と付き合い始めてからも、その想いが一層強くなった……でも夏実はまだ若くて可能性は無限にあると思っていて、つい進学やその先が『現実』なんだと俺は夏実に無駄なプレッシャーをかけていたんだよな。辛い事ばかりさせて本当にごめん」
俺の「ごめん」に合わせるかのように、夏実の涙が俺の胸に落ちる。
「夏実の進路だから、本来は夏実に選ぶ権利があるのにな。悪いことしたよな。ずっと苦しめてしまってごめん」
「っ……」
「俺も夏実と結婚したいって思うくらい大好きだよ。でも夏実は12歳も下だから、大人の男の力で自分の想いに任せて行動しちゃいけないって思ってたんだ……決して夏実との将来を考えてなかった訳じゃないんだよ」
「……っ」
「だって、春からの校内模試で地方大学のコードを入れてるの見た時さ『あー夏実が大学生になったら遠距離恋愛かぁ』って内心ショック受けてたんだ……本当だよ?」
「…………ぅ」
「だからその時夏実に言っとけば良かったなーって、今ちょっと後悔した。そしたらもっと早くに夏実が自分の気持ちを俺や晴美さん達や学校に言いやすかったのにって。
だからごめんな夏実。全部俺が悪いから。だから本当にごめん」
俺に感情をぶつけてもらった方が、俺も晴美さんの対応に慣れていたし気持ちとしては助かる。けれども昨夜の晴美さんや今の夏実はそれらとは真逆の態度であった。
女性の感情を抑えた主張っていうものは、受け止める時にこんなに心にグサグサと刺さるのか……と、たった今俺は実感している。
だから昨日は眠れない程心が痛んだし、夏実の涙が俺の胸に落ちる度に心へそれが浸透してグサグサと刺さっていくように感じられたんだ。
「……………っ」
夏実の涙がはらはらと俺の胸に落ちる度に痛くて心が苦しいけれど、今まで言い出しにくかった気持ちや言い分を涙として俺に少しでも落としてくれてるならそれはそれで嬉しかった。
やっぱり一回りも歳下の夏実を愛する事は俺にとって苦しくもあり嬉しい事なのだと、この素肌ででも感じる。
「言いたい事あったらなんでも言って……くたびれた30男だし、全裸で仰向けになって夏実に馬乗りしてもらうような変な俺だけどさ。
夏実はまだ若いんだからもっとワガママ言っていいんだよ。今まで充分過ぎるくらい良い子だったんだから少しくらい俺を叩いても罵倒しても怒ったりしないよ」
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