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可愛い彼女と俺の恋
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「自分の胸に手を当てる」という言葉がある。
俺はその言葉の意味を知っていながら、今までそれを一切してこなかった。
……知っていたからこそ、それが出来なかった。
「滉や茉莉……当人の夏実ですら、俺を気持ち悪いと感じ嫌悪を抱くんじゃないか? 中2の俺が2歳の夏実を好きになったなんて知ったら」
夏実をいつから女として見たか? ……俺みたいな男が夏実に恋をした場合、他人はこぞってその質問を抱く。
けれども俺は、それがいつからなんて本当に分からないし答えられないんだ。
もし回答するとしたら「付き合うようになってしばらくしてからだ」と言うだろう。実際、俺が夏実の素肌を想像しながら自らを慰めたのは初めてデートした日の夜だったからだ。
「中2でって……本気かよ? それ。マジでロリコンじゃん」
「ロリコン、ペドフェリア……今の状況でも他人は俺をそう罵るだろうけどな」
信じられないとでもいうような表情をする滉に、俺は嘘でも冗談でもないという意味を込めて眼差しを送る。
俺は2歳の夏実の事が好きだと気付いた時点で、即その気持ちに蓋をした。
それは許されない恋だと理解していたから。……それを誰かに知られでもしたら家族ぐるみの付き合いすらも無くなってしまうと考えたからだ。
「気持ち悪いだろう? しかも滉が夏実に行動したイケメンエピソードも何にもなく、だ。
ただ、夏実の家で普通に何気なく過ごしていて……俺はその気持ちに気が付いた」
「……なんかきっかけがあったわけでもなく、フツーに2歳の夏実と一緒に居て自分の気持ちに気付いたのか?」
滉はまだ信じられないとばかりにそう確認する。
「何かあったかというならあれだな。
夏実が俺の前で生まれて初めて『パパ』ってはっきり言った時」
「はあ? パパ??」
「そう、パパ」
俺は事実を述べているだけなのだが、それを聞かされた滉の頭は混乱を極めているに違いない。
16年程前のこと。
いつものように夏実の世話をしていた俺に向かって、夏実は手を伸ばして「パパ」と言った。
「実際赤ん坊の頃から夏実の世話を手伝っていた俺は、不思議な存在だったんだと思う。兄貴よりも年上だし背も高いし、実の父親は当時単身赴任していて家に居なかったから。幼子からしてみたら消去法でパパだと判断したんだろう」
「否定しろよ、そこは」
「したよ、その場に居た全員で……でもやっぱり隣人という事実を呑み込むにはまだ幼いし、百歩譲って一番上の兄貴と思うにしても納得いかなかったんだろうなぁ。2歳児特有のイヤイヤをしながらどうしても俺がパパだと譲らなかったんだ」
夏実は晴美さんや菜央ちゃんのように自分の意見を曲げずに主張する事が滅多にないのだが、あの時ばかりはとてつもなく頑固だったと振り返る。
「おっさん中2なのに嫌がるだろフツー。それがなんで『好き』に繋がるんだ?」
「フツーはそうなんだろうな。でも俺にとって手足をばたつかせイヤイヤしながら言い張る夏実がめちゃくちゃ可愛いって思ったんだ。
……同時に、夏実の実の父親に勝った! やった! という変な感情や、こんな可愛い夏実を本当の意味で手に入れたいっていう気味の悪い欲望みたいなものが生まれたかな」
「なんだそれ、引くんだけど」
「だろ? ……だから『好き』に気付いてすぐに蓋をしたんだよ自分の気持ちに。
それでも日に日に感情が昂ぶってその蓋を開けてしまいそうになるから、『好き』を『可愛い』に変換する事にした」
可愛いという言葉は実に便利で、言う側の人間を選ばない。
「好き」はダメでも、「可愛い」なら許されるんだ。
「2歳や3歳ってさ、実の親でも手を焼く時期なんだ。特に2歳は言葉がおぼつかなくて自分のしたい事を伝えたくても伝えられない……かといって子どもの側から離れずにしたい事や欲しいものを先に汲み取ってしまうと発育の妨げになってしまう。誰しも疲弊するんだよ」
「……おっさんは疲弊しなかったんだ?」
「そうだよ、夏実の言動の一つ一つが可愛くて可愛くてたまらなかった。『好き』が止まらなくてあの時期はほぼ『夏実は可愛い』しか言ってなかった気がする」
そういえば晴美さんが実の子ども以上に俺に厳しく「取説」を叩き込むようになる少し前、やたらと俺に「湊人くんはなっちゃんの事をどう思うのか?」と訊いてきた。
その度に俺は「可愛いと思う」と返答したが、もし晴美さんの質問が「どう思うのか?」ではなく「もしかして好きなんじゃないか?」だったら俺は夏実から即引き離されて、今とは全く別の関係性になっていたのだろうと想像する。
「好きの気持ちを可愛いの言葉で誤魔化したけれど、俺の感情そのものが罪だし、自分の想いを伝える事も叶える事も出来ず……ましてそれを持続させるなんて犯罪なのだと自覚した。だから高校に入学して間もない内から誰かと疑似恋愛をして、夏実ではない女に向かって『好きだ』と言いながら身体の接触を繰り返した」
叶わない相手を好きになって想いを寄せ、その気持ちを持続させる事は苦しい。
俺はそれを言い訳には使えない行動を高校に入ってからしてしまったけれども、それをほんの短期間でも経験したから気持ちはよく理解出来る。
俺はその言葉の意味を知っていながら、今までそれを一切してこなかった。
……知っていたからこそ、それが出来なかった。
「滉や茉莉……当人の夏実ですら、俺を気持ち悪いと感じ嫌悪を抱くんじゃないか? 中2の俺が2歳の夏実を好きになったなんて知ったら」
夏実をいつから女として見たか? ……俺みたいな男が夏実に恋をした場合、他人はこぞってその質問を抱く。
けれども俺は、それがいつからなんて本当に分からないし答えられないんだ。
もし回答するとしたら「付き合うようになってしばらくしてからだ」と言うだろう。実際、俺が夏実の素肌を想像しながら自らを慰めたのは初めてデートした日の夜だったからだ。
「中2でって……本気かよ? それ。マジでロリコンじゃん」
「ロリコン、ペドフェリア……今の状況でも他人は俺をそう罵るだろうけどな」
信じられないとでもいうような表情をする滉に、俺は嘘でも冗談でもないという意味を込めて眼差しを送る。
俺は2歳の夏実の事が好きだと気付いた時点で、即その気持ちに蓋をした。
それは許されない恋だと理解していたから。……それを誰かに知られでもしたら家族ぐるみの付き合いすらも無くなってしまうと考えたからだ。
「気持ち悪いだろう? しかも滉が夏実に行動したイケメンエピソードも何にもなく、だ。
ただ、夏実の家で普通に何気なく過ごしていて……俺はその気持ちに気が付いた」
「……なんかきっかけがあったわけでもなく、フツーに2歳の夏実と一緒に居て自分の気持ちに気付いたのか?」
滉はまだ信じられないとばかりにそう確認する。
「何かあったかというならあれだな。
夏実が俺の前で生まれて初めて『パパ』ってはっきり言った時」
「はあ? パパ??」
「そう、パパ」
俺は事実を述べているだけなのだが、それを聞かされた滉の頭は混乱を極めているに違いない。
16年程前のこと。
いつものように夏実の世話をしていた俺に向かって、夏実は手を伸ばして「パパ」と言った。
「実際赤ん坊の頃から夏実の世話を手伝っていた俺は、不思議な存在だったんだと思う。兄貴よりも年上だし背も高いし、実の父親は当時単身赴任していて家に居なかったから。幼子からしてみたら消去法でパパだと判断したんだろう」
「否定しろよ、そこは」
「したよ、その場に居た全員で……でもやっぱり隣人という事実を呑み込むにはまだ幼いし、百歩譲って一番上の兄貴と思うにしても納得いかなかったんだろうなぁ。2歳児特有のイヤイヤをしながらどうしても俺がパパだと譲らなかったんだ」
夏実は晴美さんや菜央ちゃんのように自分の意見を曲げずに主張する事が滅多にないのだが、あの時ばかりはとてつもなく頑固だったと振り返る。
「おっさん中2なのに嫌がるだろフツー。それがなんで『好き』に繋がるんだ?」
「フツーはそうなんだろうな。でも俺にとって手足をばたつかせイヤイヤしながら言い張る夏実がめちゃくちゃ可愛いって思ったんだ。
……同時に、夏実の実の父親に勝った! やった! という変な感情や、こんな可愛い夏実を本当の意味で手に入れたいっていう気味の悪い欲望みたいなものが生まれたかな」
「なんだそれ、引くんだけど」
「だろ? ……だから『好き』に気付いてすぐに蓋をしたんだよ自分の気持ちに。
それでも日に日に感情が昂ぶってその蓋を開けてしまいそうになるから、『好き』を『可愛い』に変換する事にした」
可愛いという言葉は実に便利で、言う側の人間を選ばない。
「好き」はダメでも、「可愛い」なら許されるんだ。
「2歳や3歳ってさ、実の親でも手を焼く時期なんだ。特に2歳は言葉がおぼつかなくて自分のしたい事を伝えたくても伝えられない……かといって子どもの側から離れずにしたい事や欲しいものを先に汲み取ってしまうと発育の妨げになってしまう。誰しも疲弊するんだよ」
「……おっさんは疲弊しなかったんだ?」
「そうだよ、夏実の言動の一つ一つが可愛くて可愛くてたまらなかった。『好き』が止まらなくてあの時期はほぼ『夏実は可愛い』しか言ってなかった気がする」
そういえば晴美さんが実の子ども以上に俺に厳しく「取説」を叩き込むようになる少し前、やたらと俺に「湊人くんはなっちゃんの事をどう思うのか?」と訊いてきた。
その度に俺は「可愛いと思う」と返答したが、もし晴美さんの質問が「どう思うのか?」ではなく「もしかして好きなんじゃないか?」だったら俺は夏実から即引き離されて、今とは全く別の関係性になっていたのだろうと想像する。
「好きの気持ちを可愛いの言葉で誤魔化したけれど、俺の感情そのものが罪だし、自分の想いを伝える事も叶える事も出来ず……ましてそれを持続させるなんて犯罪なのだと自覚した。だから高校に入学して間もない内から誰かと疑似恋愛をして、夏実ではない女に向かって『好きだ』と言いながら身体の接触を繰り返した」
叶わない相手を好きになって想いを寄せ、その気持ちを持続させる事は苦しい。
俺はそれを言い訳には使えない行動を高校に入ってからしてしまったけれども、それをほんの短期間でも経験したから気持ちはよく理解出来る。
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