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俺と彼女と彼女の事情
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「だって1ヶ月半くらい前、広瀬くん熱中症寸前になるまで倉庫にこもってたでしょ?森田ちゃんといつも朝同じ電車に乗って一緒に通勤するから、広瀬くんの話ちょくちょくしてたのよ。『早朝から倉庫にこもるなんて、なんか思い詰めた事があったんだろう』って」
「うっ……」
(そうだった……夏実の「お嫁さんになりたい」の件で始業1時間半前から倉庫整理して熱中症寸前になったもんだから、高橋部長と森田さんに助けらたんだよな俺は……)
あの一件から既に1ヶ月半近くが経過している事にも驚きだが、やはり俺にとって2人に助けられた恩を忘れる訳にはいかないし、「なんでそもそも始業1時間半前に出勤してきて倉庫整理してたのか?」と問われてしまうと心が痛む。
「森田ちゃんって想像力豊かな子だから、色んな予想を繰り広げるの……で、それを私は母親のように優しく『事実じゃないかもしれないからそんな予想立てちゃダメよ』って言って宥めて」
「……で、心の中では部長も『女子高生とできちゃった婚する』と予想していたと」
「そういう事♪ ちなみに私の中だけで妄想はおさめてたから。逢坂さんには言ってないから」
「そうですか。それは有り難いというか、なんていうか……」
「逢坂さんとは付き合い長いから仲良くするけど、広瀬くん直属の上司だもん。流石にデマや憶測みたいな不確かな話はしないわよ。私そこまで下衆じゃないもの」
(森田さんは何て予想してたんだろう? ……あまり考えたくはないがきっと高橋部長とほぼ同じなんだろうな)
「それでしたら今回の件についても森田さんは予想してませんでしたか? 『誰が俺の通勤ルートに文句をつけたのか』って」
俺は数メートル先で野崎さんに明るく話しかけている森田さんの姿を目で捉え、高橋部長にそんな質問を投げかけてみた。
ところが高橋部長は表情を先ほどまでとは一変させ、冷たい能面のような顔付きになると
「その件については立場上私からは何も言えない……我が社に属する全ての人員を守ってサポートするのが総務本来の仕事だから、感情を一方向へと向けて論じる事はしてはいけない」
落ち着いた声で俺にそう答える。
「すみませんでした……出過ぎた事でした」
俺はその声で冷たく叱られた気分に陥り、即座に謝った。
「こちらこそ立場上ごめんなさいね」
部長は俺の首が垂れたのを一瞥して、今度は森田さんの方をジッと見つめ……
「でも、一つだけヒントを教えてあげるなら…………森田ちゃんは、それに関しては何も言わなかった……かな?」
と、彼女らに聞こえないくらいの声でポツリと言う。
「何も…………ですか?」
「そう、名前すら口にしたくないんでしょうね、きっと」
部長の見つめる先を確認しながら、「その意味ならば」と俺は確信を持つ。
「部長、良いヒントをありがとうございました」
それから部長に一言お礼を言い、辿り着いたオフィスビルの中へ後輩達に続いて入った。
営業本部長は黙秘だと俺と野崎さんに話していたが十中八九高橋部長はその名前を耳に入れているのだろう。
そして森田さんが予想を敢えて立てなかったという事はそれ程その社員の名前にトラウマがあるから……という事にこの場合はなる。
「……」
やはり文句をつけてきたのは俺の同期で現在は大阪営業所に在籍している営業部員の矢野橋だ。
これはもう予測とかいう域ではなく、断定して良いのだと俺は思った。
「やはりこの件、俺だけの問題なん」
「早起きは三文の徳って、いい言葉ですよねー!」
4人でエレベーターに乗り込んだ後すぐに口を開く俺を、森田さんの声が遮る。
「「「えっ?」」」
これには俺だけでなく、高橋部長も野崎さんも同時に声を重ねて驚いた。
「朝の10分って貴重ですし、大変かもしれないけれど私は野崎と朝からお喋り出来て楽しいなーって思いました……ね、野崎♪」
「まぁ……それはそうだけど」
エレベーター前方でウキウキ声で同意を求める森田さんに釣られて、野崎さんはコクンと首を縦に振る。
「それにっ、主任もマスクを駅に着いてから外したくらいですから、この時間ここまで歩くのしんどくなかったって事ですよね?」
次に俺の方を向いてニコニコする森田さんの言葉に、高橋部長も「そういえば」と呟く。
「それもあるけど、今日外したのは部長と話をしていたからであって……。
身長差ある人……まして上司と話す時は邪魔になるから」
これは俺の言い訳ではなく、本当の事だった。
人通りの多い道を歩く時は、ラッシュの電車内とは違ってほぼ予防の為に着けっぱなしにしている。話し声もそれほどこもるわけではないが身長差の大きい上司との会話中、俺の話を聞き返す等気を遣わせてはいけないと感じるからだ。
「でも、実際主任はしんどくなかったんですよねぇ?」
それでも森田さんのニコニコの圧に耐え切れず
「確かにしんどくは……なかった、けど」
と答えざるを得なかった。
「それなら良いことづくめです♪ 主任の言うように小学生の集団登校みたいかもしれませんが、悪いことではないんですから続けましょうよ皆さん♪」
そうして森田さんは一方的に捲し立て、エレベーターが再び開くと同時に「開錠してきます!」と小走りで廊下を先に通って行ってしまった。
「……」
この場にいる、俺を含めた3人に殆ど喋らせないようにしてきた辺り、森田さん自身今回の件を「誰の所為」だとか「誰が文句をつけたのか」だとかいう事を考えたくないように見えた。
「私も迷惑だと最初は思いましたが、森田さんが喜んでたので別に続けて構わないです」
野崎さんはいつもの口調でサラッと俺に言ってエレベーターを降り
「……ですってよ! 広瀬くん♪」
高橋部長は俺の背中をポンッと叩き、次いでエレベーターを降りていった。
「うっ……」
(そうだった……夏実の「お嫁さんになりたい」の件で始業1時間半前から倉庫整理して熱中症寸前になったもんだから、高橋部長と森田さんに助けらたんだよな俺は……)
あの一件から既に1ヶ月半近くが経過している事にも驚きだが、やはり俺にとって2人に助けられた恩を忘れる訳にはいかないし、「なんでそもそも始業1時間半前に出勤してきて倉庫整理してたのか?」と問われてしまうと心が痛む。
「森田ちゃんって想像力豊かな子だから、色んな予想を繰り広げるの……で、それを私は母親のように優しく『事実じゃないかもしれないからそんな予想立てちゃダメよ』って言って宥めて」
「……で、心の中では部長も『女子高生とできちゃった婚する』と予想していたと」
「そういう事♪ ちなみに私の中だけで妄想はおさめてたから。逢坂さんには言ってないから」
「そうですか。それは有り難いというか、なんていうか……」
「逢坂さんとは付き合い長いから仲良くするけど、広瀬くん直属の上司だもん。流石にデマや憶測みたいな不確かな話はしないわよ。私そこまで下衆じゃないもの」
(森田さんは何て予想してたんだろう? ……あまり考えたくはないがきっと高橋部長とほぼ同じなんだろうな)
「それでしたら今回の件についても森田さんは予想してませんでしたか? 『誰が俺の通勤ルートに文句をつけたのか』って」
俺は数メートル先で野崎さんに明るく話しかけている森田さんの姿を目で捉え、高橋部長にそんな質問を投げかけてみた。
ところが高橋部長は表情を先ほどまでとは一変させ、冷たい能面のような顔付きになると
「その件については立場上私からは何も言えない……我が社に属する全ての人員を守ってサポートするのが総務本来の仕事だから、感情を一方向へと向けて論じる事はしてはいけない」
落ち着いた声で俺にそう答える。
「すみませんでした……出過ぎた事でした」
俺はその声で冷たく叱られた気分に陥り、即座に謝った。
「こちらこそ立場上ごめんなさいね」
部長は俺の首が垂れたのを一瞥して、今度は森田さんの方をジッと見つめ……
「でも、一つだけヒントを教えてあげるなら…………森田ちゃんは、それに関しては何も言わなかった……かな?」
と、彼女らに聞こえないくらいの声でポツリと言う。
「何も…………ですか?」
「そう、名前すら口にしたくないんでしょうね、きっと」
部長の見つめる先を確認しながら、「その意味ならば」と俺は確信を持つ。
「部長、良いヒントをありがとうございました」
それから部長に一言お礼を言い、辿り着いたオフィスビルの中へ後輩達に続いて入った。
営業本部長は黙秘だと俺と野崎さんに話していたが十中八九高橋部長はその名前を耳に入れているのだろう。
そして森田さんが予想を敢えて立てなかったという事はそれ程その社員の名前にトラウマがあるから……という事にこの場合はなる。
「……」
やはり文句をつけてきたのは俺の同期で現在は大阪営業所に在籍している営業部員の矢野橋だ。
これはもう予測とかいう域ではなく、断定して良いのだと俺は思った。
「やはりこの件、俺だけの問題なん」
「早起きは三文の徳って、いい言葉ですよねー!」
4人でエレベーターに乗り込んだ後すぐに口を開く俺を、森田さんの声が遮る。
「「「えっ?」」」
これには俺だけでなく、高橋部長も野崎さんも同時に声を重ねて驚いた。
「朝の10分って貴重ですし、大変かもしれないけれど私は野崎と朝からお喋り出来て楽しいなーって思いました……ね、野崎♪」
「まぁ……それはそうだけど」
エレベーター前方でウキウキ声で同意を求める森田さんに釣られて、野崎さんはコクンと首を縦に振る。
「それにっ、主任もマスクを駅に着いてから外したくらいですから、この時間ここまで歩くのしんどくなかったって事ですよね?」
次に俺の方を向いてニコニコする森田さんの言葉に、高橋部長も「そういえば」と呟く。
「それもあるけど、今日外したのは部長と話をしていたからであって……。
身長差ある人……まして上司と話す時は邪魔になるから」
これは俺の言い訳ではなく、本当の事だった。
人通りの多い道を歩く時は、ラッシュの電車内とは違ってほぼ予防の為に着けっぱなしにしている。話し声もそれほどこもるわけではないが身長差の大きい上司との会話中、俺の話を聞き返す等気を遣わせてはいけないと感じるからだ。
「でも、実際主任はしんどくなかったんですよねぇ?」
それでも森田さんのニコニコの圧に耐え切れず
「確かにしんどくは……なかった、けど」
と答えざるを得なかった。
「それなら良いことづくめです♪ 主任の言うように小学生の集団登校みたいかもしれませんが、悪いことではないんですから続けましょうよ皆さん♪」
そうして森田さんは一方的に捲し立て、エレベーターが再び開くと同時に「開錠してきます!」と小走りで廊下を先に通って行ってしまった。
「……」
この場にいる、俺を含めた3人に殆ど喋らせないようにしてきた辺り、森田さん自身今回の件を「誰の所為」だとか「誰が文句をつけたのか」だとかいう事を考えたくないように見えた。
「私も迷惑だと最初は思いましたが、森田さんが喜んでたので別に続けて構わないです」
野崎さんはいつもの口調でサラッと俺に言ってエレベーターを降り
「……ですってよ! 広瀬くん♪」
高橋部長は俺の背中をポンッと叩き、次いでエレベーターを降りていった。
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