【完結】彼女が18になった

チャフ

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俺と彼女の可愛い主張

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 勿論「焼肉デート」という言葉があるくらいなのだから、男女一対一で質の良い肉を一枚ずつ焼いて赤ワインと共に舌鼓を打つ楽しみ方も存在するのだろう……けれども生憎俺はアルコール耐性がほぼ無くそういう肉の楽しみ方とは無縁の大人で、子どもの刷り込みそのままこの考え方は変わりそうにない。

 別に女だろうが男だろうが単純に食べたいものを食べて楽しめばいいじゃないか。なんでその先のマイナスイメージを頭に思い浮かべてしまうのか、女心というものは時々理解出来ない節がある。
 夏実が野崎さんのような考えを本当は持っているのかどうか判断がつかないのだが、夏実の心は純粋可憐であって欲しいと思いつつもそういうものを断るような女であって欲しくない……単にこれは俺のワガママなのだろうか?

「それなら、ね? しずかさんを誘ってみてもいい?」

 俺がつまらなさそうな顔をしていたのが気になったのだろうか?夏実は別の人物名を突然ポンと口にする。

「しずかさんって誰?」

 これは夏実の癖なのかもしれないが、こうやって突然俺の知らない人物名を何の紹介もないままポンと出す傾向にある。
 茉莉や滉の名前が俺の耳に始めて入った時もそうだった。……ついさっきも「稟さん」なんて野崎さんの下の名前をポンと急に出してきたのはギリギリ把握出来たけれども。

「ほら、私がいつもお世話になってるふとん屋のお姉さん」
「あぁ、あのお姉さんって『しずか』って名前なのか」
「うん! さっき食べたパンの事を教えてくれたのもしずかさんだったの。稟さんもお世話になってるけど、しずかさんだって同じくらいお世話になっているから誘ってみるのはどうかなぁと思って」

 夏実が電器店の手伝いを始めてすぐの頃から、ふとん屋のお姉さんには何かとお世話になっている。
 電器店の向かいの店からいつも夏実を気にしてくれ、昼になれば店主夫婦と交代で食事の差し入れをしてくれたそうだ。また、家の家電や家具搬入の日に夏実が立会いをしなければならなかった際も店主夫婦が出払ったまま戻って来ず困っていた夏実を助けてくれたのもこのお姉さんだという。

 「うちの店は暇だから」「助け合いだから」とふとん店の出入り口を一時的に閉めてまで電器店の留守番をしてくれたのには、普通のお人好し以上の何かであるような気がしてならない。
 そういう事もあって俺もそのお姉さんから寝具の備品と羽毛布団を購入したのだが、美しくおしとやかな未亡人の見た目に反して営業トークも目を見張るものがありそのギャップにも驚かされてしまい、予算よりも良い羽毛布団をお姉さんに言われるがまま購入してしまった……俺も悪い買い物をしたとは思ってないし夏実も「早く涼しくなってあのお布団で眠りたい♪」と楽しみにしている。

 外見の華やかかつうれいを含んだつやのある美しさ、仕事に対する熱意、周囲の人を助けようとする慈愛の心。
 俺から見てもお姉さんはパーフェクトな女性という印象だ。

「確かにお姉さんにはお世話になってるもんなぁ……食料品や日用品の買い物する時もおススメの店を教えてくれたし」

 だからこそ、「今朝のパンはお姉さんから教えてもらった」という夏実の話も違和感なく聞き入れる事が出来た。

「そうと決まればお姉さんに電話しなくちゃ!」

 夏実は嬉しそうにガタッと席を立ってスマホを手にしたが

「いくらなんでも時間的に早いだろ」

 と、俺は彼女の手首に優しく手を置いて行動を制止させた。

 リビングの壁にかけている時計は、一般的に電話を入れるにはまだ早い時刻を差している。

「でも今日もお店は営業するからお姉さんだって起きてるんじゃない?」

 夏実は首を傾げながら、俺の置いた手の上にもう一方の手を重ねてきたので

「電話なんて昼でもいいだろ? 別に早朝から連絡しなくちゃいけないような内容でもないし」

 と、俺もまたもう一方の手をそこに、更に重ねて夏実の顔を見つめた。

「でも……お姉さんの都合もあるから連絡は開店時間前の今の方が良くないかな?」

 見つめる俺の意図をまだ理解していないのか、夏実の可愛い唇はそんな言葉を発していて……

「じゃあ後でメッセージ送れば?」

(夏実は鈍感だなぁ……まぁ、そういうところも可愛いんだけど)
 
 俺も椅子から立ち上がり、その鈍感な唇を愛おしくんだ。

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