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俺と彼女と可愛い甘え
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しおりを挟むいつの間に呼んだのか、しばらくすると店員の「ともき」が追加の酒や料理を持って入ってきた。
「主任さん、さっきのノンアルお口に合いました? 2本目いかがですか?」
彼の勧めに俺は狭山さんの顔をチラ見すると
「うちはノンアルでもええよー。飲んでみたら面白かったし、広瀬くんと注ぎ合いたいし♪」
と微笑んでくれる。
「じゃあ、同じものをまたお願いします」
「お口に合って良かったっす! 承知でーす!!」
空いた皿やグラスを片付けその場から去ろうとした彼の背中を目にした俺はふと……
「あのさ、ともき……くん」
向かいの席の様子が気になって彼を呼び止める。
「なんですかー?」
「ともき」は俺が名を呼んだ事に嬉しそうに顔を綻ばせている。
「あっちの様子ってどう? こっちみたいに盛り上がってる感じ?」
具体的には鏑木さんと森田さんの様子が気になっただけというか……まぁ、村川くんが余計に飲み過ぎてないかも心配でもあったのだが。
「あっちの卓、俺じゃない従業員も注文受けてるからこっちみたいに逐一チェックしてるわけじゃないんすけどぉ、でもなんか……向こうは向こうで仕事の話っぽい内容を真面目に話してましたよ」
「仕事の話?」
「真面目な雰囲気でしたねー愚痴ではない感じでしたよ。悠月ちゃんは美人さんと話し込んでますし、村川は席の奥の方でうんうん頷いてました……15分くらい前の話っすけど」
「真面目な雰囲気か……」
「ともき」の話からして、村川くんも飲み過ぎて酔っ払ってる訳ではなさそうだ。ただ、森田さんが美人さんと話し込んでいる点だけが気になる。
「そんな程度でしか伝えられなくてごめんなさい。俺も『親戚も友達も会社で頑張ってんだなー』ってサラッと見るくらいしかしてなくて。2人が酔っ払ってたら流石に気にするんだけど」
「いやいやいいんだ。教えてくれてありがとう」
俺は「ともき」に礼を言って持ち場に戻ってもらう事にした。
(狭山さんと追加の瓶を空にしたら、向こうの席に顔出して様子を伺ってみるか……)
この会が始まってそろそろ1時間が経つ。
席替えや様子見するにはベストなタイミングだろう……と、そう考えていたところ
「鏑木さんを疑うみたいでホンマはこんな事言いたくないんやけど……」
狭山さんがさっきよりも申し訳なさそうな表情になって向こうの席の方に顔を向けた。
「疑うって何ですか?」
俺も狭山さんにつられて、廊下を挟んだ向こうの席の方へ目をやって訊いてみると
「今日の研修、鏑木さんが工場の生産工程の件でまず森田ちゃんに質問したやろ? あん時の顔な、ちょっとほくそ笑んでたっていうか……うちにミス押し付ける時の顔と同じやなぁって思うたんよ」
と、狭山さんがそんな事を言ったものだから
「「「「えっ」」」」
俺以外の女性の声も何人か混じった驚き声が一斉に混じった。
「!!」
声の多さに狭山さんも驚いたのか、今の今まで恋愛話に花を咲かせていたはずの原田さん達の方をバッと向く。
「……ごめん狭山ちゃん。そんなつもりなかったんだけど、タイミング的に聞こえちゃってさ」
恐らく話が一旦途切れたタイミングで狭山さんの話が俺以外の女性7人の耳に入ってしまったんだろう。原田さんが一番申し訳なさそうな表情を浮かべている。
「質問なのにほくそ笑むってなんですか? あれは鏑木さん自ら疑問に感じた事ではなく、わざと森田さんを困らせる為にその質問を投げかけたって意味ですか?」
今の空気感で冷静さを取り戻した野崎さんが狭山さんに訊くのだが、その声は少し震えておりまるで信じられないような様子でいる。
狭山さんはその問いに首を左右に振って
「正直それは分からへん。私の思い違いかもしれへんし……」
と返答し、それによって周囲から
「あぁ……」
や、
「んー」
といった息遣いがちらほらとあがる。
「もしかしたら野崎さんの言ってる事間違ってないんじゃないかなぁ『あの質問は失敗した』みたいな話を鏑木さんが電話で誰かと話していたのを私聞いたんだよね……1時間くらい前に」
女性陣7人の中から、普段物静かな谷川さんがポツリと研修終了直後の鏑木さんの様子を話した。
「谷川さんそれほんま?」
「うん……というか、普段の喋り方と電話の口調が違いすぎて二度見したくらいだから。
あと……間違いだといいんだけど、森田さんや広瀬さんの事を呼び捨てしてるのも気になっちゃった」
「呼び捨てですか?」
谷川さんの言葉に俺は反射的にと聞き返すと谷川さんは何故かビクッと肩を震わせて
「間違いかもしれないから! あくまでっ!」
と、おずおずした雰囲気でまたその時の状況を伝える。
「森田さんって、お酒少しでも飲むと体が真っ赤になっちゃうのかな? 電話の相手とそんな話をしてて、鏑木さんがそれを馬鹿にしたように笑ったのがすごく気になったの」
「確かに、森田さんがアルコール入ってる飲み物飲んでるところは見た事ないな……野崎さんは知ってる?」
そもそも俺が飲まない所為か、森田さんからアルコール云々の話を詳しく聞いた事がなかった。そういえば森田さんと2人でバーに行った時はノンアルコールカクテル専門のバーをすぐ挙げてきたし「飲まない」のは確かなのだが「一滴も飲めない」かどうかまではハッキリと把握していない。
「はい、森田さんは元々お酒に弱い体質で少し飲んだだけでも身体が真っ赤になってしまうらしいんです。
大阪に居た時、矢野橋さんに無理矢理飲まされた時もすごく大変だったみたいで……」
野崎さんのその話で、その場全員が向かいの卓の方を向く。
「まさか鏑木さん、無理にお酒飲ませてないよね?」
「でも鏑木さんは矢野橋くんと付き合ってるんだし、元カノとはいえ森田さんを恨む理由がないでしょ」
「まさかそんな……ねぇ?」
皆が口々に不安そうな言葉をポツポツ漏らしていると、向かいの個室の引き戸が開いて村川くんが顔を出してきた。
「藤井は? ……あ、居ない……?」
切羽詰まったような表情で廊下を見回した後、俺を呼ぶように手招きしてくる。
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