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【番外編】静華さんと私(side夏実)
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しおりを挟む「ねぇねぇなつこちゃん……確かに私はみなとっちのマンションの近くでお酒を買おうとしたけど、何も部屋の中まで入って飲もうとは思ってなくてさぁ」
静華さんが購入した飲み物を手にした私は、そのままマンションの中へと入り静華さんを部屋の中へと引き込む。
鍵を開けて部屋の扉のノブに手をかける私の背中に静華さんがまた……
「私がみなとっちの家の中に入るなんて怒られたりしないかな? ……っていうか、そもそもなつこちゃんは嫌じゃないわけ?」
そんな弱々しい声を出すものだから
「湊人から鍵をもらう段階で『自分の居ない時に友達引き連れてリビング使ってもらってもいい』って言われてるんです。私にとって静華さんは『湊人の元カノ』っていうよりは『とっても優しいふとん屋のお姉さん』の方がしっくりきますし……」
私は後ろを振り向いて静華さんを中に入るようにと手を差し伸べてそこまで喋ると
「優しいのはなつこちゃんの方だよ、ありがとう」
静華さんはにっこり微笑んで長身の身体を玄関の中へとスマートに入れていく。
「お邪魔しまーす……」
静華さんのおずおずとした一言は単なる挨拶のようでいて、「私と湊人との大事な空間を邪魔する」意味も含んでるように何となく感じられて
「遠慮しないでくださいね。スリッパ良かったらどうぞ」
こっちも何気ない単なる一言が、何故か湊人の奥さんにでもなったかのような優越感に浸った口調になって「ちょっと嫌な女みたいな印象与えちゃったかな?」と自らの言葉に後悔する。
「キッチン、毎日使ってるってなつこちゃん言ってたけど綺麗にしてるのね」
静華さんが買った飲み物をダイニングテーブルの上に置き、私1人だけがキッチンに入って食器棚を開けていると、カウンター越しから静華さんが優しい褒め言葉をかけてくれた。
「毎日使うって言っても、1日1食程度ですから」
静華さんの言葉には嫌味が含まれていない。
それを理解しているからこそ、余計に照れ臭くなってしまう。
「夕食作ったりお弁当の用意するんだったら充分使ってる内に入るよ~! 私なんて独り身だから料理すらしない日が週に半分くらいあるし」
「でもガスコンロじゃなくて電化ですから、掃除しやすいってのもありますよ?」
「それでも、だよ。私みたいに今まで旦那に何かしら食べさせてきた女は『使っているのに綺麗にしておく』がどれだけ時間がかかるかを知ってるからね」
食器棚から取り出したものをカウンターに出すと、まだ私から何も指示してないのに静華さんはそれをダイニングテーブルの上にきちんと並べながら話を続ける。
「……それに、ほぼ一人暮らし状態のみなとっちがなつこちゃんに『自分の居ない時に友達引き連れて良い』なんて言えちゃうくらい丁寧な使い方してる事も几帳面っていうか、みなとっちらしいっていうか……。
なーんか、みなとっちとなつこちゃんは既に『良い夫婦関係』って感じがするよ」
「良い夫婦関係、だなんて……」
私がテーブルの椅子に座るタイミングで『良い夫婦関係』のワードが静華さんの口から飛び出したから、私はそれをそっくりそのまま繰り返し顔を熱くする。
「ほっぺ赤くして、なつこちゃんかわいー♡」
「かっ……からかわないで下さいよっ!」
「からかってないよ。私の感じた事を素直に述べただけ。だって私は、旦那と籍を入れるまでずっと事実婚状態で居たんだから……経験則ってヤツかな?」
静華さんは湊人と話す時みたいな無邪気な笑い顔になって、買ってきたものを開封し私のグラスにジュースを注いでくれたので、私も静華さんが買ってきた日本酒の1合瓶3本のうち、綺麗な色の瓶を手に持って蓋を開ける。
「それにしても、下戸のみなとっちの家にお猪口やぐい呑みがあるなんてビックリなんだけど」
静華さんはそう言って私が食器棚から出したお花の形をしたガラス細工の冷酒グラスを持ち上げて、形や色を照明の光にかざしてまじまじと見つめた。
「ここに置いてある食器類は私の姉の義実家から譲り受けたものなんです。義母さんが食器を集めるのが趣味で未使用の食器やカトラリーがたくさんあるからってタダでたくさんもらっちゃって」
「じゃあこれもその義母さんの? こんなにステキなのに未使用のまま貰えるなんてなつこちゃんラッキーねぇ」
「義母さん、こういう類の本当にいっぱい持ってるみたいなんで大丈夫なんだそうです。姉も『私が20歳になったら使うだろうから』って、そのグラスはペアでもらいました」
私はこの家にこのグラスが置いてある説明をした上で、静華さんに開封した1合瓶を傾けてグラスにゆっくりと注いであげた。
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