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彼女と俺の可愛い甘え
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しおりを挟む後日……。
社内に「鏑木さんと矢野橋は別れたらしい」という噂が飛び交った。
我が業務部では誰一人確認していないのだが、2人のSNSアカウントから例の画像が消えていたらしい。その上、矢野橋が退職願を所長に願い出たのだそうだ。
「何があったんだろう……」
俺の呟きに、何故か野崎さんが
「鏑木さんが矢野橋さんを殴ったんじゃないですか? 数年で美女2人に殴られてしまったら会社に居られないですよ」
と、ボソッと呟き返し、それに森田さんが一番お腹を抱えていたのが印象的だ。
それから1ヶ月もしない内に、社内連絡にて本当に矢野橋が自己都合退職となったのでまた驚く。
(俺が何度逢坂部長と高橋部長に「会社辞めたい」と訴えても必ず引き留め説得してくれたのに……。
矢野橋には所長どころか営業本部長すらも引き留めなかったんだろうな)
まぁ、今の時代や社風に合わない男ではあったし、矢野橋の抜けた穴を所長や他の営業部員で埋められる仕事量しか奴はしてこなかったのだろうから当然といえば当然なのかもしれない。
そして気になる狭山さんと鏑木さんの関係なのだが、「仲良く」とまではいかないにしろ少し雪解けしたようだ。
というのも、狭山さんが俺を倣って鏑木さんに容赦なくビシバシやるようになり、鏑木さんも鏑木さんで対抗心を燃やしてより頑張ってくれるようになったようなのだ。
「俺に倣って」の部分は全ての新入社員に対し必ずしも良い方法とは言えないのだろうが、あの狭山さんと鏑木さんのペアだからこそ相乗効果を生んでいるのだろうと思う。
矢野橋が退職したのだから、あの10分早い電車に乗る件も立ち消えになったのだが……。
「私、近い内に悠月ちゃんとルームシェアしようと思うんです」
「野崎は『いい加減実家を出て彼氏の近くへ行けば?』って言われちゃってるみたいで、私も私で片道2時間近く電車に揺られるのもしんどくなってきたっていうか」
「それでルームシェアを計画してるのか。まぁいいんじゃないか?」
「ですから部屋が決まって引っ越すまではこの電車の便に乗り続けようと思うんです」
「朝にゆっくり歩きながらの方がそういう話も進みやすいんで!」
……そんな訳で、野崎さんは良い朝の時間を森田さんと共有するようになった。
「主任はどうするんですか? 私と一緒の電車に乗らなくて良くなったんですから、朝の10分をなつこちゃんの為に使えるようになったじゃないですか」
「そうだよなぁ……夏実の為に貴重な10分を使うか……」
当初の予定では、この10分を朝の挨拶代わりに電話しようと思っていたのだが
「えーっ! 今は朝よりも夜の10分の方が大事だよぅ! 私が20歳になるまでに、湊人が日本酒を2合はスルッと飲めるようになってもらわなくちゃならないのにぃ~」
あまり喜んでもらえず、寧ろ残業を控えてくれとお願いされてしまった。
「おいおい、俺は毎日酒を飲むつもりはないぞ? あと2年近い時間があるんだからさぁ」
鏑木さんではなく、夏実に酒を鍛えてもらう事になるとは夢にも思わず……
「やだぁ! 湊人には毎日缶チューハイや缶ビール飲んでもらって私とおやすみ電話するの! ほろ酔い湊人が私に甘えるところをビデオ通話で楽しみたいの!!」
「いやいや、それ週末にやろうよ。ビデオ通話なんかより、夏実と直接顔を合わせて甘えたいよ俺だって!」
(矢野橋の意地悪も俺の10年振りの飲酒も、夏実に変な気を焚き付けてしまったなぁ……。
っていうか、夏実にはちゃんと「一般的に酒の強要をしてはいけない」と教えてやらなければ)
と、最近はほぼ毎日溜め息を吐いてしまっている。
応援ありがとうございます!
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