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番外編
ビーフシチューの夜9(俊哉side)
「そっかぁ……まぁ、俺の所為だよね確かに」
諦めの溜め息をつきながら、俊哉はカウンター席に腰掛けると
「そうだよ。俊哉は色々抱え込み過ぎだし真面目過ぎ。クレームオバさんだってさ、ワザと揉め事起こしてんじゃねぇの? 案外、俊哉に会いたくてその口実作りしてんのかも」
陽介は無駄のない動きで俊哉の分を温め直し、ガーリックトーストの準備を始める。
「まさか」
「可能性大だっての! ビジュは俺の方がダンチだけどさ、俊哉にはその分タッパがあるし声だってセクシー。中高年ババアのストライクゾーンに入りやすいだろ」
「高身長とセクシーボイスねぇ……背丈と声で狙った獲物を釣った事がない俺はその自覚ゼロだよ」
疲れた自分の代わりにキッチンに立ってくれる陽介に心の中で感謝を述べたが、発した言葉の通り俊哉は自分に他人を魅了する力はないと思っている。亮輔も陽介も手に入れていないのだから。
「俺は好きだけどね。俊哉の声も、俺との身長差も。アレのバリエーションが豊富になって楽しめるし、一人の夜でも寂しくならない寧ろ捗る」
温まったシチュー皿とパン皿が、陽介の手によって俊哉の目の前へ運ばれる。
「……」
俊哉は一瞬だけ、陽介の指先に目線を向けたが……フッと視線を下げてシチュー皿を視界に入れる。
「アレとか捗るとか……表現が下品でいやらしいんだよ」
言い返した言葉は逃げのつもりだった。陽介に褒められたと自覚出来ても素直に受け止められなかったのだ。
「俊哉と違ってこちとら30代のオッサンだからそのくらい大目に見てくれよ」
年の功か陽介には余裕があり平然とした表情でいる……そこが少し悔しい。
「それ言うなら俺もあと一年でオッサンの仲間入りって事になるよな。だからといって下品な男にはなりたくないけどな」
意地を張ったやりとりをしていても腹は減る。観念した俊哉はスプーンを手にしてシチュー皿の中へゆっくりと沈めてみせた。
(同じ色味……とろみ、香り)
今日のシチューも、父のレシピそのもの。
(味も記憶と同じ……)
口に含み、舌と上顎で牛肉を潰してみてもやはり「いつもと変わらないクオリティだ」と感じる。
(違うのは、溶け込ませた「愛」だけか……)
『森のカフェ・むらかわ』のオーナー村川裕美が焙煎していたグアテマラアンティグアと同じ味にしたい遠野夕紀の原動力は「家族愛」だという事を俊哉は知っている。そして、俊哉の父が振る舞うビーフシチューの原動力も同じく「家族愛」だ。
(どうして俺のシチューには「愛」がない? 「家族愛」にしないとこの悩みは尽きないのか?
そもそも俺にとっての「家族愛」ってなんだ? 両親や姉を想う気持ち……? いや、それだと親父のコピーになってしまう)
そっくりそのまま同じものを作り上げても俊哉は満足しなかった。自分には自ら求めている「愛」が欠落しており、無理矢理「家族愛」を溶け込ませようとしても成功しないのが分かっているから。
(俺には「愛」を形成出来ないのか……?)
一口、二口と食べ進め……ガーリックトーストを間に挟んで、またシチューを口に含む。
美味しい筈なのに、脳が満足しない。
(俺が同性愛者だから……? 俺じゃ、新しい命を繋げられないから?)
これ以上考えたら絶望に陥ってしまう……自分自身を否定してしまいそうになる。
「っ」
感情が混ぜこぜになって、どうすればいいのかと混乱してしまっていたところ……俊哉の頭に陽介の温かな手が乗せられて
「ほら、また抱え込んでる」
そのままグリグリと手が左右に動いて俊哉の髪をぐちゃぐちゃに乱れさせた。
「ぇ」
「俊哉のビーフシチューは最高だよ。大ファンの俺が保証するし、あの女だって褒めていたよ」
陽介は俊哉の頭を撫でているつもりらしい……力加減が伴わず、痛みすら感じるが。
「……」
「俊哉はすげぇよ。ビーフシチューをこんなに美味く作れるし、仕事も一つ一つ丁寧にこなしている。尊敬に値するし、俊哉のそういうところがたまんねぇくらいに好きだよ。
だから、思い詰めるな。泣くな、自虐するな。俊哉には魅力がたっぷり詰まっているんだからさ」
俊哉は、今の自分の気持ちを一言も発していないのに……陽介にはきちんと伝わっているらしい。
「別に俺はさ、俊哉と四六時中一緒に居たくねぇとかは考えてないわけよ。真面目な俊哉の邪魔をしちゃいけない、1人の時間を作ってやった方が俊哉の為になると思ったから、わざと同棲の誘いに乗らないだけ」
「……」
「だって、まだ時期じゃないだろう? どうせ俊哉の事だからさぁ、初恋のアイツがあの女と婚姻届を出すまで気が抜けないとか考えてると思ったわけだよ。
俊哉が嫌いとか、本当の意味で好きじゃないとか、愛してないとか……そんな風に思ってねぇから。全然」
たった数年の年齢差しかないが、やはり陽介の方が大人で心も広いらしい。
「あの女は『俊哉が亮輔のことをまだ好き』って事情知らないだろうから、テキトーに誤魔化しておいたよ。それで、あの女のコーヒーサービスを俺が受ける事にしたわけ。あの女にも亮輔にも『俺は俊哉を深く愛している』って示しておかなきゃ都合悪いしさ」
とはいえ、「深く愛している」のセリフは照れ臭かったのだろう。その部分だけ陽介は早口で言い終わらせたので……。
俊哉は頭上にまだ置かれているその手を取り……顔を上げるなり
「もう一回、言ってよ」
涙目になりながら、目の前の恋人に懇願した。
「仕方ねぇなぁ」
嫌そうな言い回しをしているようだが、声の主である陽介の耳は真っ赤に染まっている。
「俊哉のビーフシチューを、死ぬまで……何百万回でも何千万回でも食べたい。
俊哉のビーフシチューには愛がたっぷり溶け込んでトロトロになってて……大ファンになるくらいすげぇ美味いから」
そんな恋人の口から紡がれた「愛」は、俊哉のシチュー皿にも溶け込む。
「ほら俊哉、最後まで食えよ。冷めちまう」
陽介が作ったわけではないのに、俊哉に命令するような言い方はなんだか偉そうで……悔しいし、可笑しい。
「うん」
だが、嫌じゃない。寧ろ嬉しかった。
俊哉が掬った、最後の一杯には……
……「父が込めた家族愛」に似た温もりが、ほんのりと感じられたのだった。
諦めの溜め息をつきながら、俊哉はカウンター席に腰掛けると
「そうだよ。俊哉は色々抱え込み過ぎだし真面目過ぎ。クレームオバさんだってさ、ワザと揉め事起こしてんじゃねぇの? 案外、俊哉に会いたくてその口実作りしてんのかも」
陽介は無駄のない動きで俊哉の分を温め直し、ガーリックトーストの準備を始める。
「まさか」
「可能性大だっての! ビジュは俺の方がダンチだけどさ、俊哉にはその分タッパがあるし声だってセクシー。中高年ババアのストライクゾーンに入りやすいだろ」
「高身長とセクシーボイスねぇ……背丈と声で狙った獲物を釣った事がない俺はその自覚ゼロだよ」
疲れた自分の代わりにキッチンに立ってくれる陽介に心の中で感謝を述べたが、発した言葉の通り俊哉は自分に他人を魅了する力はないと思っている。亮輔も陽介も手に入れていないのだから。
「俺は好きだけどね。俊哉の声も、俺との身長差も。アレのバリエーションが豊富になって楽しめるし、一人の夜でも寂しくならない寧ろ捗る」
温まったシチュー皿とパン皿が、陽介の手によって俊哉の目の前へ運ばれる。
「……」
俊哉は一瞬だけ、陽介の指先に目線を向けたが……フッと視線を下げてシチュー皿を視界に入れる。
「アレとか捗るとか……表現が下品でいやらしいんだよ」
言い返した言葉は逃げのつもりだった。陽介に褒められたと自覚出来ても素直に受け止められなかったのだ。
「俊哉と違ってこちとら30代のオッサンだからそのくらい大目に見てくれよ」
年の功か陽介には余裕があり平然とした表情でいる……そこが少し悔しい。
「それ言うなら俺もあと一年でオッサンの仲間入りって事になるよな。だからといって下品な男にはなりたくないけどな」
意地を張ったやりとりをしていても腹は減る。観念した俊哉はスプーンを手にしてシチュー皿の中へゆっくりと沈めてみせた。
(同じ色味……とろみ、香り)
今日のシチューも、父のレシピそのもの。
(味も記憶と同じ……)
口に含み、舌と上顎で牛肉を潰してみてもやはり「いつもと変わらないクオリティだ」と感じる。
(違うのは、溶け込ませた「愛」だけか……)
『森のカフェ・むらかわ』のオーナー村川裕美が焙煎していたグアテマラアンティグアと同じ味にしたい遠野夕紀の原動力は「家族愛」だという事を俊哉は知っている。そして、俊哉の父が振る舞うビーフシチューの原動力も同じく「家族愛」だ。
(どうして俺のシチューには「愛」がない? 「家族愛」にしないとこの悩みは尽きないのか?
そもそも俺にとっての「家族愛」ってなんだ? 両親や姉を想う気持ち……? いや、それだと親父のコピーになってしまう)
そっくりそのまま同じものを作り上げても俊哉は満足しなかった。自分には自ら求めている「愛」が欠落しており、無理矢理「家族愛」を溶け込ませようとしても成功しないのが分かっているから。
(俺には「愛」を形成出来ないのか……?)
一口、二口と食べ進め……ガーリックトーストを間に挟んで、またシチューを口に含む。
美味しい筈なのに、脳が満足しない。
(俺が同性愛者だから……? 俺じゃ、新しい命を繋げられないから?)
これ以上考えたら絶望に陥ってしまう……自分自身を否定してしまいそうになる。
「っ」
感情が混ぜこぜになって、どうすればいいのかと混乱してしまっていたところ……俊哉の頭に陽介の温かな手が乗せられて
「ほら、また抱え込んでる」
そのままグリグリと手が左右に動いて俊哉の髪をぐちゃぐちゃに乱れさせた。
「ぇ」
「俊哉のビーフシチューは最高だよ。大ファンの俺が保証するし、あの女だって褒めていたよ」
陽介は俊哉の頭を撫でているつもりらしい……力加減が伴わず、痛みすら感じるが。
「……」
「俊哉はすげぇよ。ビーフシチューをこんなに美味く作れるし、仕事も一つ一つ丁寧にこなしている。尊敬に値するし、俊哉のそういうところがたまんねぇくらいに好きだよ。
だから、思い詰めるな。泣くな、自虐するな。俊哉には魅力がたっぷり詰まっているんだからさ」
俊哉は、今の自分の気持ちを一言も発していないのに……陽介にはきちんと伝わっているらしい。
「別に俺はさ、俊哉と四六時中一緒に居たくねぇとかは考えてないわけよ。真面目な俊哉の邪魔をしちゃいけない、1人の時間を作ってやった方が俊哉の為になると思ったから、わざと同棲の誘いに乗らないだけ」
「……」
「だって、まだ時期じゃないだろう? どうせ俊哉の事だからさぁ、初恋のアイツがあの女と婚姻届を出すまで気が抜けないとか考えてると思ったわけだよ。
俊哉が嫌いとか、本当の意味で好きじゃないとか、愛してないとか……そんな風に思ってねぇから。全然」
たった数年の年齢差しかないが、やはり陽介の方が大人で心も広いらしい。
「あの女は『俊哉が亮輔のことをまだ好き』って事情知らないだろうから、テキトーに誤魔化しておいたよ。それで、あの女のコーヒーサービスを俺が受ける事にしたわけ。あの女にも亮輔にも『俺は俊哉を深く愛している』って示しておかなきゃ都合悪いしさ」
とはいえ、「深く愛している」のセリフは照れ臭かったのだろう。その部分だけ陽介は早口で言い終わらせたので……。
俊哉は頭上にまだ置かれているその手を取り……顔を上げるなり
「もう一回、言ってよ」
涙目になりながら、目の前の恋人に懇願した。
「仕方ねぇなぁ」
嫌そうな言い回しをしているようだが、声の主である陽介の耳は真っ赤に染まっている。
「俊哉のビーフシチューを、死ぬまで……何百万回でも何千万回でも食べたい。
俊哉のビーフシチューには愛がたっぷり溶け込んでトロトロになってて……大ファンになるくらいすげぇ美味いから」
そんな恋人の口から紡がれた「愛」は、俊哉のシチュー皿にも溶け込む。
「ほら俊哉、最後まで食えよ。冷めちまう」
陽介が作ったわけではないのに、俊哉に命令するような言い方はなんだか偉そうで……悔しいし、可笑しい。
「うん」
だが、嫌じゃない。寧ろ嬉しかった。
俊哉が掬った、最後の一杯には……
……「父が込めた家族愛」に似た温もりが、ほんのりと感じられたのだった。
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