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第一話
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西暦二三五四年の十二月二〇日。その日は当時のニューヨーク基準にしても馬鹿に寒い日でした。郊外の小さなログハウスでインタビューをしていた私が窓の外を見やると、丘の向こうに遠く見えるNYの摩天楼群が、一面真っ白な雪に覆われていたのを覚えています。ジャック氏へのインタビュー、その当日のことです。
ジャック氏へのインタビュー、と言ってもさっぱり分からないと思いますから、まずは簡単に経緯を説明しましょうか。
ジャック・オリエント氏・男性・御年一○五歳。彼の辿ってきた数奇なる生涯と、彼の持つ『火星軍の近接飛行艇第三部隊の元隊長』という肩書きが、とある理由から、当時全世界の注目を大いに集めていました。八〇年前の太陽系戦争の際に行われた戦争犯罪、すなわち『アマゾニア大量虐殺』の主犯格が、このログハウスで静かな人生を終えようとしているのではないか――。そんな疑いの目が、多くの市民からこのジャック氏に向けられていたからです。
私は一目この老人を見たとき、とてもそんな大それた戦争犯罪を犯すようには見えないと思いました。それは単に彼が老いさらばえていたからでしょうか? いいえ、私はどちらかというと人を見る目に自信がある方で、彼の放つ雰囲気や紡ぎ出す言葉の端々から判断しても、この老人は善良な人間に違いないとそのとき感じていました。今でも、未だに感じています。
それでも私は当時、この取材の仕事を請け負ったジャーナリストとして、一体彼が如何なる人物で、如何なる罪を犯したのかそれとも犯していないのか、それを追求し解明する必要がありました。それが仕事、つまりは私が生きる為にしなければならないことだったのです。何と言って会話を切り出すか、私は大いに悩みました。
私がジャック氏の資料として所持していた写真はたったの五枚。いずれも彼が若かりし頃、まだ軍人ジャック・オリエントとして溌溂としたエネルギーを発散していた時代に撮影されたもので、それは目の前で私の質問を待っている一○五歳の老いぼれたジャック・オリエント氏とは似ても似つかないものでした。唯一面影を残した目元も、安楽椅子に揺られる頭部と共にゆっくりとさざ波のように上下して、まるで私を眠りに誘っているかのようでした。
「ミスター・ジャック。今日は取材に応じて頂きありがとうございます。答えて頂ける範囲で構いませんので、いくつか質問をさせてもらいたいのですが」
「……わかっ、た」
「と言っても、堅苦しい尋問を想定されてもらっては困ります。一人の小娘がお喋りをしに遊びに来たと思ってください。寒いですね今日は」
「……」
ジャック氏は無言で私を見つめています。お前の魂胆は見え透いている、小細工など弄せずともお前が聞きたいことはわかっている――、そんな眼差しだったでしょうか? 違います。彼は極めて優しく、緊張で強張った私のインタビューの先をゆっくりと促していました。私はそれを見て、遠回りは無用であると悟り、率直に訊いてみることにしました。
「失礼を承知で、先ずは単刀直入にお尋ねします。今から八〇年前、太陽系戦争の末期、火星赤道付近のアマゾニア平原・アマゾニア市で行われた大量虐殺を覚えてらっしゃいますか?」
彼は私の言葉がログハウスの暖房の音に馴染んで消えていくのを待ってから、答えました。「あ、あ。覚えている」
「ミスター・ジャック。アナタはそれに関与していましたか?」
「関与、していなかった」
「……本当に、関与していなかったのですか?」
「ああ」
「当時のことで覚えてらっしゃることを、思い出せる範囲で構いませんから話して頂けますか?」
「あ、まり、覚えていないが、私は、関与……」
関与――していない。
老人はそう前置きし、途切れ途切れの言葉を繋げながら、当時のアマゾニア前線での記憶を語りはじめました。
× × ×
西暦二二七四年。火星歴一○○年。それは火星政府が独立してから地球時間で一八八年経ったことを意味します(火星の一年は地球の一.八八倍の長さ)。二○○年近い年月というものが平和を維持しておくには余りにも長すぎることを鑑みれば、太陽系戦争が勃発と継続を経て佳境にさしかかっていようとも、何ら不思議は無いのだということがおわかりいただけるでしょうか。
地球政府左派と金星政府が共謀した五・三〇クーデタが、火星のダリア政権に崩壊の憂き目を見させたのも束の間、二つの惑星によって新政府の長にまつりあげられたピーゴ傀儡政権は己を傀儡政権だと自覚する間もなく、怒涛のように流れ込んできた地・金両軍の前になす術を知らず敗北しました。
火星赤道付近・アマゾニア市。そこは、この人類史上もっとも多くの死者を出した戦争において、最後まで抵抗を続けた都市として知られています。この火星のラス・ベガスともいうべき平原の大都市が、西暦二二七四年の十二月に、林立したビル群の残骸を黒煙と炎とに委ねて滅び去ろうとしていたのです。太陽を背にした真夜中の暗闇の中で。
『何も、信じない者は初め、から何も信じないし、何かを信じる者は、最、後までそれを信じるのだ――』
ゆったりとした口調でそうこぼすジャック氏が、操縦桿を握って火星宙域を飛び回り、最期のゲリラ戦略に参加していたのもその日のことでした。
ジャック氏へのインタビュー、と言ってもさっぱり分からないと思いますから、まずは簡単に経緯を説明しましょうか。
ジャック・オリエント氏・男性・御年一○五歳。彼の辿ってきた数奇なる生涯と、彼の持つ『火星軍の近接飛行艇第三部隊の元隊長』という肩書きが、とある理由から、当時全世界の注目を大いに集めていました。八〇年前の太陽系戦争の際に行われた戦争犯罪、すなわち『アマゾニア大量虐殺』の主犯格が、このログハウスで静かな人生を終えようとしているのではないか――。そんな疑いの目が、多くの市民からこのジャック氏に向けられていたからです。
私は一目この老人を見たとき、とてもそんな大それた戦争犯罪を犯すようには見えないと思いました。それは単に彼が老いさらばえていたからでしょうか? いいえ、私はどちらかというと人を見る目に自信がある方で、彼の放つ雰囲気や紡ぎ出す言葉の端々から判断しても、この老人は善良な人間に違いないとそのとき感じていました。今でも、未だに感じています。
それでも私は当時、この取材の仕事を請け負ったジャーナリストとして、一体彼が如何なる人物で、如何なる罪を犯したのかそれとも犯していないのか、それを追求し解明する必要がありました。それが仕事、つまりは私が生きる為にしなければならないことだったのです。何と言って会話を切り出すか、私は大いに悩みました。
私がジャック氏の資料として所持していた写真はたったの五枚。いずれも彼が若かりし頃、まだ軍人ジャック・オリエントとして溌溂としたエネルギーを発散していた時代に撮影されたもので、それは目の前で私の質問を待っている一○五歳の老いぼれたジャック・オリエント氏とは似ても似つかないものでした。唯一面影を残した目元も、安楽椅子に揺られる頭部と共にゆっくりとさざ波のように上下して、まるで私を眠りに誘っているかのようでした。
「ミスター・ジャック。今日は取材に応じて頂きありがとうございます。答えて頂ける範囲で構いませんので、いくつか質問をさせてもらいたいのですが」
「……わかっ、た」
「と言っても、堅苦しい尋問を想定されてもらっては困ります。一人の小娘がお喋りをしに遊びに来たと思ってください。寒いですね今日は」
「……」
ジャック氏は無言で私を見つめています。お前の魂胆は見え透いている、小細工など弄せずともお前が聞きたいことはわかっている――、そんな眼差しだったでしょうか? 違います。彼は極めて優しく、緊張で強張った私のインタビューの先をゆっくりと促していました。私はそれを見て、遠回りは無用であると悟り、率直に訊いてみることにしました。
「失礼を承知で、先ずは単刀直入にお尋ねします。今から八〇年前、太陽系戦争の末期、火星赤道付近のアマゾニア平原・アマゾニア市で行われた大量虐殺を覚えてらっしゃいますか?」
彼は私の言葉がログハウスの暖房の音に馴染んで消えていくのを待ってから、答えました。「あ、あ。覚えている」
「ミスター・ジャック。アナタはそれに関与していましたか?」
「関与、していなかった」
「……本当に、関与していなかったのですか?」
「ああ」
「当時のことで覚えてらっしゃることを、思い出せる範囲で構いませんから話して頂けますか?」
「あ、まり、覚えていないが、私は、関与……」
関与――していない。
老人はそう前置きし、途切れ途切れの言葉を繋げながら、当時のアマゾニア前線での記憶を語りはじめました。
× × ×
西暦二二七四年。火星歴一○○年。それは火星政府が独立してから地球時間で一八八年経ったことを意味します(火星の一年は地球の一.八八倍の長さ)。二○○年近い年月というものが平和を維持しておくには余りにも長すぎることを鑑みれば、太陽系戦争が勃発と継続を経て佳境にさしかかっていようとも、何ら不思議は無いのだということがおわかりいただけるでしょうか。
地球政府左派と金星政府が共謀した五・三〇クーデタが、火星のダリア政権に崩壊の憂き目を見させたのも束の間、二つの惑星によって新政府の長にまつりあげられたピーゴ傀儡政権は己を傀儡政権だと自覚する間もなく、怒涛のように流れ込んできた地・金両軍の前になす術を知らず敗北しました。
火星赤道付近・アマゾニア市。そこは、この人類史上もっとも多くの死者を出した戦争において、最後まで抵抗を続けた都市として知られています。この火星のラス・ベガスともいうべき平原の大都市が、西暦二二七四年の十二月に、林立したビル群の残骸を黒煙と炎とに委ねて滅び去ろうとしていたのです。太陽を背にした真夜中の暗闇の中で。
『何も、信じない者は初め、から何も信じないし、何かを信じる者は、最、後までそれを信じるのだ――』
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