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60. 巻き込まれた幼馴染
しおりを挟む――幼なじみの透が事件に巻き込まれた。
母親からそんな電話が掛かってきたとき、俺の頭は真っ白になった。
残業を切り上げ、運び込まれた病院へ急ぐ。
久しぶりに会った透はガーゼや包帯で覆われていて、かなり痛々しい姿だったが、身体のどこにも欠損がないことにひとまず安堵する。
詳しくは不明だが、電車で透の隣席に座った男が爆発物を持ち込んだのだろうとニュースでは伝えられていた。
至近距離で爆発したのだから、この程度で済んでよかったと言うべきなのかもしれないが、白い顔で透の手を握り続ける透の母さんを見たら口に出すことは出来なかったが。
久しぶりに会ったおばさんは小さくなっていて、怒られるたび見上げていた頭をいつの間にか追い越してしまったことに気付いた。
「忙しいのにごめんね」と身を小さくして謝るおばさんを見て、憤りを感じた。
透をこんなにした犯人には勿論、これ程周りに心配をかけて、まだ目を覚まさない透にも。
その日も、また次の日も、透は目を覚まさなかった。
医者が脳の検査をしたが、特に異常は見つからないまま。
安心はしたが、それじゃあ何で起きないんだよと叫びたくなる。
それから四日が経ち、やっと意識が戻ったと思えば――透は記憶を失くしていた。
医者からはショック性の記憶障害だろうと伝えられた。
記憶が戻るには何がきっかけになるか分からず、下手したら一生失ったままもあり得る、とも。
何を言われたのか一瞬理解出来なかったが、いつも気丈なおばさんの初めて見る泣き崩れる姿にやっと現実味が湧いてきて、気が付けば俺も泣いてしまっていた。
何故か言葉遣いが荒くなった透に「遅い反抗期だこと」なんて憎まれ口を叩きながら、おばさんは透をしばらく祖母の家に預けることにしたそうだ。
幼い頃過ごした家で過ごすことが、きっかけになるのを期待してのことだ。
透はばあちゃんに対しても相変わらずだったが、ばあちゃんの柔らかい態度や全てを許す姿勢に影響されてか、しばらくするとすっかり軟化した。
よく様子を見に来る年の近い俺に懐き、分からないことは聞いてくれるようにもなった。
……今までのプレッシャーからか、何故か裸族になっていたり、中二病を発症して自分がサタンだなんて言い出すのには頭を痛めたが。
町で透を見かけた愛梨から紹介しろと言われて、透を遊園地に連れて行ったときもアイツは破茶滅茶だった。
観覧車を揺らしてみたり、ジェットコースターで前の席に足を上げて係員に怒られたり……。
記憶というか知識がすっぽり抜け落ちてしまっているから責められないが、俺は顔から火が出るかと思うくらい恥ずかしかった。
愛梨は何故かそれをワイルドだと超斜め上に捉えて好感触だったみたいだが。
あれか。ちょいワルがモテるとかそんな感じの風潮か。
元々顔は悪くない透がモテるのに不満はないが、こんなモテ方でいいのか。
記憶が戻ったら悶えることになるだろう透に、心の底から同情する。……少し、楽しみでもあるが。
「おい、タクマ。何笑ってんだよ」
「いんや、何でも。あ、そこはもっとこっちに――」
最近テレビで見て、やってみたいと言った透の為に買ってきた高級外車のプラモデル。
横から指示を出しながら出来上がりを待ってる間に、考え込んでしまっていたようだ。
ニヤけていたらしい俺を睨み付ける透の手には、作りかけながら廃車同然の外車が。
車高が随分低いのは、そういう仕様だと誤魔化せても、ワイパーが前に突き出しているのはいただけない。
闘牛仕様になった外車に笑いを堪えていると、目敏く察知した透から小突かれる。
一時は透の性格同様荒れ果てていた部屋も、今ではさっぱりと片付いたものになった。
そんな変化に、コイツが記憶を取り戻す日もそう遠くない気がして嬉しくなった。
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