26 / 27
26. 選択
しおりを挟む「――ぐっ、……駄目だ、カティ! 行くんじゃない!」
びっくりして思わず開けた口を閉じるのと、カイルさんが忌々しげに舌打ちするのは同時だった。
「もう喋れるようになるなんてね。やっぱり殺しとこうか」
「ちょ、ダメですよ! 殺すなんて……」
「……カティは優しいね。シリルと生活してたのだって元はその女を助けるためだし、自分が利用されていたと知っても庇うんだ」
優しいなんて言っておきながら、カイルさんのその目はわたしを憐れむもので、飛び出しそうになったわたしを抱き着く形で抑え込んだシリルくんの腕に力が入ったのが分かった。
「……本当は、君の意思で着いて来て欲しかったんだけどな…………」
「え?」
「もしカティが着いて来ないと言うなら、こいつらを殺すよ。そして逃げられないように閉じ込めて、一生飼ってあげる。さぁ、どうする?」
「ええっ!? ちょっと、ちょっと待っ――ジーナさん!?」
いきなりのヤンデレ発言に衝撃を受けていると、視界の隅でジーナさんがふらりと動き出した。そしてそのままアリアナ先輩の傍に寄ると、後ろから首元にそっとナイフを添える。
アリアナ先輩の顔に恐怖の色が浮かぶ。
「ジ、ジーナさん! どうしてっ――これカイルさんがしてるんですか!? 止めて! そんなことしなくても……!」
「まずはあの女から。全員殺し終わるまでに君の気が変わればいいけど」
「や、止めろ! ジーナさん正気に戻るんだ!!」
虚ろな瞳のジーナさんが、ナイフを持つ手に力を込めるのが分かった。
クリストファーさんが未だ動かない体を必死に動かそうとしながら叫ぶ。
このままじゃアリアナ先輩が殺されてしまうと思ったとき、わたしの体は勢いよく走り出した。そしてそのままの勢いで、嗜虐的な笑みを浮かべるカイルさんへと抱き着いた。
「……っ!」
クリストファーさんが息を呑む音が耳に届く。
けれど、わたしは意識的にそっちを見ないようにして言葉を紡いだ。
「一緒に、……一緒に行きます」
「…………そんなに彼らが大事?」
カイルさんの服にしがみ付いてぎゅっと力を込める。しばらく閉口していたカイルさんの口から出た言葉は、意外にも悲痛な色に染まったものだった。
びっくりして思わず下から顔を覗き込むと、見られたくないのかぷいっと顔を逸らされた。
「カティはそうやっていつも誰かを庇うために自分を犠牲にする」
「わたしは犠牲なんかになるつもりはありません。少なくとも今回は! ……わたしは孤児だから、普通の家族ってものを知りません。けど、シリルくんと一緒に暮らして――カイルさんがしょっちゅう遊びに来て。少し普通とは違ってますけど、こういう生活もいいなって思ったんです」
――――だから、
「だからわたしは一緒に行きます。カイルさんとシリルくんと一緒に!」
カイルさんの瞳が大きく開かれる。
走り出す瞬間、多分シリルくんの力で背中を押された感覚があったけど、今話したのはわたしの本当の気持ち。
カイルさんが言うように自己犠牲でもなく、その場凌ぎの返事でもない、本当の。
ついでにもごもごと「さっきのカイルさんは少し怖かったですけど」と抗議しておく。一緒に住むとしても、怖いカイルさんよりいつもの穏やかな彼がいい。
言っている間は必死だったから気にする余裕もなかったけど、クリストファーさんたちの存在を思い出すと途端に顔に熱が集まった。
こんな風に自分の気持ちを話すことなんてなかなかないから恥ずかしくて――……って、よく考えたらクリストファーさんたちからしたら今の台詞は完全な裏切り発言じゃないだろうか。
赤くなったと思えば今度は一気に血の気が引いたわたしの顔をどう思ったのか、混乱から回復したらしいカイルさんがふっと笑みを零した。
「自分を選んでくれるのがこんなに嬉しいなんてね。ちょっと余計なものがくっ付いてたけど、そっちは追追」
「カティ! また一緒に住めるんだねっ」
シリルくんが嬉しそうに後ろから抱き着いてきて、わたしは悪魔のサンドイッチ状態。
カイルさんはどこか納得いってないような口調だったけど、表情は喜んでくれているみたいだから、あまり深くは考えないでおく。
「それじゃ、カイルさん。あの……ジーナさんを」
「うん。ちゃんと約束は守るよ」
カイルさんが彼女の方を向くと、力が入っていた腕がだらんと下に下げられた。だけどまだ体の自由は利かないみたいで、アリアナ先輩の後ろに立ったまま苦しげな表情を浮かべた。
「完全に解放するのは俺たちが去ってからね。準備はいい?」
「ちょっとだけ待ってください。えっと……こんな形で去ることになってしまってすみません。騙されていたんだとしても、やっぱりわたしは皆と一緒に仕事が出来てよかったと思います。短い間でしたが、その……お世話になりましたっ!」
最後に頭を下げた瞬間、わたしの視界が真っ白に変わる。
貧血で倒れる寸前のような、突然の感覚に不安になったけど、わたしを前後から包む温度にそれも長くは続かなかった。
次にカイルさんに促されて瞳を開けたとき、わたしは全く違う景色のなかに立っていた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
10秒で読めるちょっと怖い話。
絢郷水沙
ホラー
ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる