新米エクソシストは転職したい

鈴花

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「――ぐっ、……駄目だ、カティ! 行くんじゃない!」

 びっくりして思わず開けた口を閉じるのと、カイルさんが忌々しげに舌打ちするのは同時だった。

「もう喋れるようになるなんてね。やっぱり殺しとこうか」
「ちょ、ダメですよ! 殺すなんて……」
「……カティは優しいね。シリルと生活してたのだって元はその女を助けるためだし、自分が利用されていたと知っても庇うんだ」

 優しいなんて言っておきながら、カイルさんのその目はわたしを憐れむもので、飛び出しそうになったわたしを抱き着く形で抑え込んだシリルくんの腕に力が入ったのが分かった。

「……本当は、君の意思で着いて来て欲しかったんだけどな…………」
「え?」
「もしカティが着いて来ないと言うなら、こいつらを殺すよ。そして逃げられないように閉じ込めて、一生飼ってあげる。さぁ、どうする?」
「ええっ!? ちょっと、ちょっと待っ――ジーナさん!?」

 いきなりのヤンデレ発言に衝撃を受けていると、視界の隅でジーナさんがふらりと動き出した。そしてそのままアリアナ先輩の傍に寄ると、後ろから首元にそっとナイフを添える。
 アリアナ先輩の顔に恐怖の色が浮かぶ。

「ジ、ジーナさん! どうしてっ――これカイルさんがしてるんですか!? 止めて! そんなことしなくても……!」
「まずはあの女から。全員殺し終わるまでに君の気が変わればいいけど」
「や、止めろ! ジーナさん正気に戻るんだ!!」

 虚ろな瞳のジーナさんが、ナイフを持つ手に力を込めるのが分かった。
 クリストファーさんが未だ動かない体を必死に動かそうとしながら叫ぶ。
 このままじゃアリアナ先輩が殺されてしまうと思ったとき、わたしの体は勢いよく走り出した。そしてそのままの勢いで、嗜虐的な笑みを浮かべるカイルさんへと抱き着いた。

「……っ!」

 クリストファーさんが息を呑む音が耳に届く。
 けれど、わたしは意識的にそっちを見ないようにして言葉を紡いだ。

「一緒に、……一緒に行きます」
「…………そんなに彼らが大事?」

 カイルさんの服にしがみ付いてぎゅっと力を込める。しばらく閉口していたカイルさんの口から出た言葉は、意外にも悲痛な色に染まったものだった。
 びっくりして思わず下から顔を覗き込むと、見られたくないのかぷいっと顔を逸らされた。

「カティはそうやっていつも誰かを庇うために自分を犠牲にする」
「わたしは犠牲なんかになるつもりはありません。少なくとも今回は! ……わたしは孤児だから、普通の家族ってものを知りません。けど、シリルくんと一緒に暮らして――カイルさんがしょっちゅう遊びに来て。少しとは違ってますけど、こういう生活もいいなって思ったんです」

 ――――だから、

「だからわたしは一緒に行きます。カイルさんとシリルくんと一緒に!」

 カイルさんの瞳が大きく開かれる。
 走り出す瞬間、多分シリルくんの力で背中を押された感覚があったけど、今話したのはわたしの本当の気持ち。
 カイルさんが言うように自己犠牲でもなく、その場凌ぎの返事でもない、本当の。
 ついでにもごもごと「さっきのカイルさんは少し怖かったですけど」と抗議しておく。一緒に住むとしても、怖いカイルさんよりいつもの穏やかな彼がいい。
 言っている間は必死だったから気にする余裕もなかったけど、クリストファーさんたちの存在を思い出すと途端に顔に熱が集まった。
 こんな風に自分の気持ちを話すことなんてなかなかないから恥ずかしくて――……って、よく考えたらクリストファーさんたちからしたら今の台詞は完全な裏切り発言じゃないだろうか。
 赤くなったと思えば今度は一気に血の気が引いたわたしの顔をどう思ったのか、混乱から回復したらしいカイルさんがふっと笑みを零した。

「自分を選んでくれるのがこんなに嬉しいなんてね。ちょっと余計なものがくっ付いてたけど、そっちは追追」
「カティ! また一緒に住めるんだねっ」

 シリルくんが嬉しそうに後ろから抱き着いてきて、わたしは悪魔のサンドイッチ状態。
 カイルさんはどこか納得いってないような口調だったけど、表情は喜んでくれているみたいだから、あまり深くは考えないでおく。

「それじゃ、カイルさん。あの……ジーナさんを」
「うん。ちゃんと約束は守るよ」

 カイルさんが彼女の方を向くと、力が入っていた腕がだらんと下に下げられた。だけどまだ体の自由は利かないみたいで、アリアナ先輩の後ろに立ったまま苦しげな表情を浮かべた。

「完全に解放するのは俺たちが去ってからね。準備はいい?」
「ちょっとだけ待ってください。えっと……こんな形で去ることになってしまってすみません。騙されていたんだとしても、やっぱりわたしは皆と一緒に仕事が出来てよかったと思います。短い間でしたが、その……お世話になりましたっ!」

 最後に頭を下げた瞬間、わたしの視界が真っ白に変わる。
 貧血で倒れる寸前のような、突然の感覚に不安になったけど、わたしを前後から包む温度にそれも長くは続かなかった。
 次にカイルさんに促されて瞳を開けたとき、わたしは全く違う景色のなかに立っていた。
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