聖女であることを隠しているのに、なぜ溺愛されてるの私?

延野 正行

文字の大きさ
51 / 74
第四章

第45話

しおりを挟む
 戦場に白い羽根が雪のように舞い散る。
 さらに大きな翼がひと羽ばたきすると、周囲を覆っていた黒煙と炎をなぎ払った。
 雲間から見えたのは、一条の月光だ。
 その優しげな光は、ボロボロの戦場に希望を見出すかのようだった。

 私は力強く羽ばたく神鳥の姿を、うっとりと見つめる。
 10年前に出会った時となんら変わらない。
 手を伸ばしたくなるような柔らかで真っ白な羽毛。
 クリッとした人懐っこい青い瞳。
 かつて私たちに向けられた嘴は、この時もやはり鋭く光っていた。

「久しぶり、ムルン!!」

 私は地上に降りてきてたムルンに飛びつく。
 はわ~。柔らかい。しかも、なんか温かいし、お日様の匂いがする。
 このまま寝ちゃいそう。ぐぅ~。

『久しぶり、ミレニア。やっとボクの名前を呼んでくれたね』

「仕方ないでしょ。あなたの存在を感知できたのは、ホントついさっきだったんだから」

『一応それとなく存在は出していたんだけどね』

「精霊厩舎のこと?」

 おそらく精霊厩舎の精霊たちは私に怯えていたわけじゃない。
 たぶん、私に貼り付いていたムルンに驚いていたのだろう。

『気付いていたの?』

「それもさっき気付いたの。でも、精霊厩舎の精霊を脅かすなんて……。ムルンらしくもない」

『だって……、ミレニアと最初に契約するのは、ボクだって決めてたから』

 急にムルンは頬を膨らます。
 もしかして、精霊厩舎で精霊を探していた私に嫉妬していたとか。
 神様の鳥が? ふふ……。ムルンにも子どもっぽいところがあるのね。
 1000年以上も生きているのに。

「心配しなくても、私も最初の契約はあなたって決めていたわよ」

『本当に?』

「もちろん」

『ありがとう、ミレニア。嬉しいよ』

 自分から顔をすり寄せてくる。
 バタバタと羽ばたきながら、無邪気に喜んでいた。
 これが1000年前、黒死鳥と呼ばれた魔王の幹部なんて誰が思うだろうか。

『さて、感動の再会はここまでかな……』

「え?」

 ムルンは顔を上げ、キリッと目を釣り上げる。
 急に空気が重くなる。差し込んでいた月光の力が弱くなり、辺りはまた闇に包まれた。
 直後聞こえてきたのは、銅鑼の音に似た心音だ。
 空気を震わせるその音は、再び戦場に恐怖を振りまく。
 やがて広がったのは、厄災竜ジャガーノートの翼だった。

「そんな……」

 ムルンの攻撃をまともな防御もなしに受けたのに、生きてるなんて。

『ミレニア、あれは普通の厄災竜ジャガーノートと思っちゃいけない。いや、むしろ君たち人類が見てきた厄災竜ジャガーノートが偽物。今、ボクたちの目の前にいるのが、本物の厄災竜ジャガーノートなんだよ』

「どういうこと……」

 その質問の答えを聞く前に、私は奇跡を目撃することになる。
 ムルンの攻撃で、完全に折れ曲がった厄災竜ジャガーノートの身体が黒いマグマのような塊に覆われると、ほんの数秒で回復してしまったのである。

 完全回復した厄災竜ジャガーノートは何事もなかったように起き上がった。
 小刻みに口を震わせると、私たちを嘲笑う。

『すでに神鳥シームルグと獣魔契約を交わしているとはな。さすがは転生者といったところか』

 ウソ! 私が転生者ということまで知っているの。
 ムルンやアーベルさんのように意識を融合でもしない限り、私の正体なんてわからないはずなのに……。

『ミレニア、落ち着いて聞いて』

 ムルンの焦りを含んだ声が聞こえる。
 どうやら神鳥の彼でも、目の前の厄災竜ジャガーノートは恐ろしい竜らしい。

『おそらくだけど、あの厄災竜ジャガーノートは神と関係しているようだ』

「神様と! じゃあ、あれは――――」

『早とちりしないでほしい。君がこの世界に寄越した神は無関係だと思う。少なくとも別神だ。たぶん、厄災竜ジャガーノートを世界に寄越したのは、悪神だ』

「悪神??」

『人に善人と悪人がいるように、神様にも善神と悪神がいる。君が知る神様は善神、そしてこの厄災竜ジャガーノートを送り出したのが悪神だ』

「どうして? 神様が世界を壊すようなことをするの?」

『悪いけど、それは神鳥のボクにもわからない。ボクは神の獣――神獣だ。より高度な存在である神様の頭脳を知るヽヽことは不可能なんだ。例え、善神であろうとね』

 ムルンは突然私の方に嘴を向ける。
 私の襟元を掴むと、翼を大きく開いた。
 ひと羽ばたきすると、一気に上昇する。

 直後、厄災竜ジャガーノートの炎が閃いた。

 ムルンの力によって収まっていた火が周囲を覆い、再び黒煙が立ち上る。
 再度地獄の光景を見ながら、私は目を見張った。

「ありがとう、ミレニア」

『どういたしまして……。しかし、失礼なヤツだな。折角、ボクが代わりに説明してあげているのに』

『ふん。お喋りな神鳥め。人間に知恵を与えて罰を与えられたことを忘れたのか?』

 厄災竜ジャガーノートは口端から火を吹き出しながら、ゆっくりと空を見上げる。
 黄金色の瞳を光らせた。

『ご忠告どうも。でも、今ボクはミレニアの使い魔なんだ。彼女が望むことを実行し、彼女が望む知恵を与える。それがボクの今の役目なんだよ』

 ムルンは挑発する。
 厄災竜ジャガーノートはふんと息を吐いた。
 怒っているように見える。あまり不必要なヘイトは貯めない方がいいのだけど、相手がだから仕方がない。

 それよりも空から見て、理解した。
 ムルンの初撃で受けた傷が完全に治っている。

「本物の厄災竜ジャガーノートは不死なの?」

 神様が遣わしたのだ。その可能性はある。

『その通りだ。我は悪神の化身にして終末の獣――誰も我を傷つける事などできん』

 再び厄災竜ジャガーノートは炎を吐く。
 ムルンは紙一重で避けていく。どうやらスピードではムルンの方が勝っているらしい。
 厄災竜ジャガーノートの動きはどちらかと言えば鈍重で、ムルンの動きについていけてないように見える。

 確かに炎と不死は脅威だ。
 第一師団が敗れたのも、ごり押し可能な圧倒的な制圧力おかげなのだろう。
 でも、このまま逃げ回っていれば、少なくとも命は安心だ。
 あと、この不死の化け物をどうやって倒すかだけど。

「ムルン、あいつを倒せる?」

『ミレニア、ボクが神鳥シームルグということを忘れたのかい? 勿論、厄災竜ジャガーノートの弱点も熟知しているよ』

「さすが、知恵者シームルグ! それでどこが弱点なの?」

『……残念ながら、今の戦力じゃ無理だね。撤退を勧めるよ』

「ちょ! そんな諦めが早くない??」

 私は周囲を見る。
 再び紅蓮に染まった戦場。王宮の正面の壁は激しく凹んでいる。
 そこにはまだ第一師団の魔術師たちが倒れていた。

 厄災竜ジャガーノートは未だに健在。しかもピンピンしている。
 放置すれば、被害は広がる。
 意識があるかどうかもわからないゼクレア師団長や、ラディーヌ副長が死んでしまう。
 今逃げれば、私は私を許すことはできないだろう。

『わかってほしい、ミレニア。ボクにとって契約主の安全が最優先されるんだ』

 ムルンの言うこともわかる。
 このまま戦えば、きっとムルンが傷付くことになる。
 それでも…………せめて私に、昔のような聖女の力があれば。

(馬鹿だ、私は……。チートがいらないなんて、神様に願ったから)

 昔のようにチートなスキルがあれば、厄災竜ジャガーノートだろうと悪神であろうと私は勝てたはず。

 なのに、私は自分の命ほしさに……。

「最低だ……。私……」

 ギュッと拳を握り、私は痛む胸に置いた。


 いいえ。聖女様、あなたは間違っていない……。


 優しげな風が、私を慰めるように頬を撫でていく。
 八方から吹き込んだが風は徐々に厄災竜ジャガーノートに集約していくと、一瞬にして巨竜をバラバラに切り裂いた。

 胃の中から聖剣や神剣といったもので切り裂いたみたいに厄災竜は弾ける。

「すごい……。厄災竜ジャガーノートを一瞬で」

 暴力的な風の魔術の力。
 しかし、私たち祝福するように渦を巻いた風は実に穏やかだ。
 こんな素敵な魔術の力を使うのは、私は1人しか思い付かない。

「こんにちは、聖女様」

 振り返ると、そこには今世の勇者アーベル・フェ・ブラージュが微笑んでいた。 
しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。

あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。 宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。 対極のような二人は姉妹。母親の違う。 お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。 そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。 天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。 生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。 両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。 だが……。運命とは残酷である。 ルビアの元に死神から知らせが届く。 十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。 美しい愛しているルビア。 失いたくない。殺されてなるものか。 それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。 生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。 これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、すれ違いの末に離れ離れになった夫婦の物語。 再会したとき、二人が選ぶのは「離婚」か、それとも「再構築」か。 妻を一途に想い続ける夫と、 その想いを一ミリも知らない妻。 ――攻防戦の幕が、いま上がる。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

処理中です...