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第四章
第45話
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戦場に白い羽根が雪のように舞い散る。
さらに大きな翼がひと羽ばたきすると、周囲を覆っていた黒煙と炎をなぎ払った。
雲間から見えたのは、一条の月光だ。
その優しげな光は、ボロボロの戦場に希望を見出すかのようだった。
私は力強く羽ばたく神鳥の姿を、うっとりと見つめる。
10年前に出会った時となんら変わらない。
手を伸ばしたくなるような柔らかで真っ白な羽毛。
クリッとした人懐っこい青い瞳。
かつて私たちに向けられた嘴は、この時もやはり鋭く光っていた。
「久しぶり、ムルン!!」
私は地上に降りてきてたムルンに飛びつく。
はわ~。柔らかい。しかも、なんか温かいし、お日様の匂いがする。
このまま寝ちゃいそう。ぐぅ~。
『久しぶり、ミレニア。やっとボクの名前を呼んでくれたね』
「仕方ないでしょ。あなたの存在を感知できたのは、ホントついさっきだったんだから」
『一応それとなく存在は出していたんだけどね』
「精霊厩舎のこと?」
おそらく精霊厩舎の精霊たちは私に怯えていたわけじゃない。
たぶん、私に貼り付いていたムルンに驚いていたのだろう。
『気付いていたの?』
「それもさっき気付いたの。でも、精霊厩舎の精霊を脅かすなんて……。ムルンらしくもない」
『だって……、ミレニアと最初に契約するのは、ボクだって決めてたから』
急にムルンは頬を膨らます。
もしかして、精霊厩舎で精霊を探していた私に嫉妬していたとか。
神様の鳥が? ふふ……。ムルンにも子どもっぽいところがあるのね。
1000年以上も生きているのに。
「心配しなくても、私も最初の契約はあなたって決めていたわよ」
『本当に?』
「もちろん」
『ありがとう、ミレニア。嬉しいよ』
自分から顔をすり寄せてくる。
バタバタと羽ばたきながら、無邪気に喜んでいた。
これが1000年前、黒死鳥と呼ばれた魔王の幹部なんて誰が思うだろうか。
『さて、感動の再会はここまでかな……』
「え?」
ムルンは顔を上げ、キリッと目を釣り上げる。
急に空気が重くなる。差し込んでいた月光の力が弱くなり、辺りはまた闇に包まれた。
直後聞こえてきたのは、銅鑼の音に似た心音だ。
空気を震わせるその音は、再び戦場に恐怖を振りまく。
やがて広がったのは、厄災竜の翼だった。
「そんな……」
ムルンの攻撃をまともな防御もなしに受けたのに、生きてるなんて。
『ミレニア、あれは普通の厄災竜と思っちゃいけない。いや、むしろ君たち人類が見てきた厄災竜が偽物。今、ボクたちの目の前にいるのが、本物の厄災竜なんだよ』
「どういうこと……」
その質問の答えを聞く前に、私は奇跡を目撃することになる。
ムルンの攻撃で、完全に折れ曲がった厄災竜の身体が黒いマグマのような塊に覆われると、ほんの数秒で回復してしまったのである。
完全回復した厄災竜は何事もなかったように起き上がった。
小刻みに口を震わせると、私たちを嘲笑う。
『すでに神鳥シームルグと獣魔契約を交わしているとはな。さすがは転生者といったところか』
ウソ! 私が転生者ということまで知っているの。
ムルンやアーベルさんのように意識を融合でもしない限り、私の正体なんてわからないはずなのに……。
『ミレニア、落ち着いて聞いて』
ムルンの焦りを含んだ声が聞こえる。
どうやら神鳥の彼でも、目の前の厄災竜は恐ろしい竜らしい。
『おそらくだけど、あの厄災竜は神と関係しているようだ』
「神様と! じゃあ、あれは――――」
『早とちりしないでほしい。君がこの世界に寄越した神は無関係だと思う。少なくとも別神だ。たぶん、厄災竜を世界に寄越したのは、悪神だ』
「悪神??」
『人に善人と悪人がいるように、神様にも善神と悪神がいる。君が知る神様は善神、そしてこの厄災竜を送り出したのが悪神だ』
「どうして? 神様が世界を壊すようなことをするの?」
『悪いけど、それは神鳥のボクにもわからない。ボクは神の獣――神獣だ。より高度な存在である神様の頭脳を知ることは不可能なんだ。例え、善神であろうとね』
ムルンは突然私の方に嘴を向ける。
私の襟元を掴むと、翼を大きく開いた。
ひと羽ばたきすると、一気に上昇する。
直後、厄災竜の炎が閃いた。
ムルンの力によって収まっていた火が周囲を覆い、再び黒煙が立ち上る。
再度地獄の光景を見ながら、私は目を見張った。
「ありがとう、ミレニア」
『どういたしまして……。しかし、失礼なヤツだな。折角、ボクが代わりに説明してあげているのに』
『ふん。お喋りな神鳥め。人間に知恵を与えて罰を与えられたことを忘れたのか?』
厄災竜は口端から火を吹き出しながら、ゆっくりと空を見上げる。
黄金色の瞳を光らせた。
『ご忠告どうも。でも、今ボクはミレニアの使い魔なんだ。彼女が望むことを実行し、彼女が望む知恵を与える。それがボクの今の役目なんだよ』
ムルンは挑発する。
厄災竜はふんと息を吐いた。
怒っているように見える。あまり不必要なヘイトは貯めない方がいいのだけど、相手がだから仕方がない。
それよりも空から見て、理解した。
ムルンの初撃で受けた傷が完全に治っている。
「本物の厄災竜は不死なの?」
神様が遣わしたのだ。その可能性はある。
『その通りだ。我は悪神の化身にして終末の獣――誰も我を傷つける事などできん』
再び厄災竜は炎を吐く。
ムルンは紙一重で避けていく。どうやらスピードではムルンの方が勝っているらしい。
厄災竜の動きはどちらかと言えば鈍重で、ムルンの動きについていけてないように見える。
確かに炎と不死は脅威だ。
第一師団が敗れたのも、ごり押し可能な圧倒的な制圧力おかげなのだろう。
でも、このまま逃げ回っていれば、少なくとも命は安心だ。
あと、この不死の化け物をどうやって倒すかだけど。
「ムルン、あいつを倒せる?」
『ミレニア、ボクが神鳥シームルグということを忘れたのかい? 勿論、厄災竜の弱点も熟知しているよ』
「さすが、知恵者シームルグ! それでどこが弱点なの?」
『……残念ながら、今の戦力じゃ無理だね。撤退を勧めるよ』
「ちょ! そんな諦めが早くない??」
私は周囲を見る。
再び紅蓮に染まった戦場。王宮の正面の壁は激しく凹んでいる。
そこにはまだ第一師団の魔術師たちが倒れていた。
厄災竜は未だに健在。しかもピンピンしている。
放置すれば、被害は広がる。
意識があるかどうかもわからないゼクレア師団長や、ラディーヌ副長が死んでしまう。
今逃げれば、私は私を許すことはできないだろう。
『わかってほしい、ミレニア。ボクにとって契約主の安全が最優先されるんだ』
ムルンの言うこともわかる。
このまま戦えば、きっとムルンが傷付くことになる。
それでも…………せめて私に、昔のような聖女の力があれば。
(馬鹿だ、私は……。チートがいらないなんて、神様に願ったから)
昔のようにチートなスキルがあれば、厄災竜だろうと悪神であろうと私は勝てたはず。
なのに、私は自分の命ほしさに……。
「最低だ……。私……」
ギュッと拳を握り、私は痛む胸に置いた。
いいえ。聖女様、あなたは間違っていない……。
優しげな風が、私を慰めるように頬を撫でていく。
八方から吹き込んだが風は徐々に厄災竜に集約していくと、一瞬にして巨竜をバラバラに切り裂いた。
胃の中から聖剣や神剣といったもので切り裂いたみたいに厄災竜は弾ける。
「すごい……。厄災竜を一瞬で」
暴力的な風の魔術の力。
しかし、私たち祝福するように渦を巻いた風は実に穏やかだ。
こんな素敵な魔術の力を使うのは、私は1人しか思い付かない。
「こんにちは、聖女様」
振り返ると、そこには今世の勇者アーベル・フェ・ブラージュが微笑んでいた。
さらに大きな翼がひと羽ばたきすると、周囲を覆っていた黒煙と炎をなぎ払った。
雲間から見えたのは、一条の月光だ。
その優しげな光は、ボロボロの戦場に希望を見出すかのようだった。
私は力強く羽ばたく神鳥の姿を、うっとりと見つめる。
10年前に出会った時となんら変わらない。
手を伸ばしたくなるような柔らかで真っ白な羽毛。
クリッとした人懐っこい青い瞳。
かつて私たちに向けられた嘴は、この時もやはり鋭く光っていた。
「久しぶり、ムルン!!」
私は地上に降りてきてたムルンに飛びつく。
はわ~。柔らかい。しかも、なんか温かいし、お日様の匂いがする。
このまま寝ちゃいそう。ぐぅ~。
『久しぶり、ミレニア。やっとボクの名前を呼んでくれたね』
「仕方ないでしょ。あなたの存在を感知できたのは、ホントついさっきだったんだから」
『一応それとなく存在は出していたんだけどね』
「精霊厩舎のこと?」
おそらく精霊厩舎の精霊たちは私に怯えていたわけじゃない。
たぶん、私に貼り付いていたムルンに驚いていたのだろう。
『気付いていたの?』
「それもさっき気付いたの。でも、精霊厩舎の精霊を脅かすなんて……。ムルンらしくもない」
『だって……、ミレニアと最初に契約するのは、ボクだって決めてたから』
急にムルンは頬を膨らます。
もしかして、精霊厩舎で精霊を探していた私に嫉妬していたとか。
神様の鳥が? ふふ……。ムルンにも子どもっぽいところがあるのね。
1000年以上も生きているのに。
「心配しなくても、私も最初の契約はあなたって決めていたわよ」
『本当に?』
「もちろん」
『ありがとう、ミレニア。嬉しいよ』
自分から顔をすり寄せてくる。
バタバタと羽ばたきながら、無邪気に喜んでいた。
これが1000年前、黒死鳥と呼ばれた魔王の幹部なんて誰が思うだろうか。
『さて、感動の再会はここまでかな……』
「え?」
ムルンは顔を上げ、キリッと目を釣り上げる。
急に空気が重くなる。差し込んでいた月光の力が弱くなり、辺りはまた闇に包まれた。
直後聞こえてきたのは、銅鑼の音に似た心音だ。
空気を震わせるその音は、再び戦場に恐怖を振りまく。
やがて広がったのは、厄災竜の翼だった。
「そんな……」
ムルンの攻撃をまともな防御もなしに受けたのに、生きてるなんて。
『ミレニア、あれは普通の厄災竜と思っちゃいけない。いや、むしろ君たち人類が見てきた厄災竜が偽物。今、ボクたちの目の前にいるのが、本物の厄災竜なんだよ』
「どういうこと……」
その質問の答えを聞く前に、私は奇跡を目撃することになる。
ムルンの攻撃で、完全に折れ曲がった厄災竜の身体が黒いマグマのような塊に覆われると、ほんの数秒で回復してしまったのである。
完全回復した厄災竜は何事もなかったように起き上がった。
小刻みに口を震わせると、私たちを嘲笑う。
『すでに神鳥シームルグと獣魔契約を交わしているとはな。さすがは転生者といったところか』
ウソ! 私が転生者ということまで知っているの。
ムルンやアーベルさんのように意識を融合でもしない限り、私の正体なんてわからないはずなのに……。
『ミレニア、落ち着いて聞いて』
ムルンの焦りを含んだ声が聞こえる。
どうやら神鳥の彼でも、目の前の厄災竜は恐ろしい竜らしい。
『おそらくだけど、あの厄災竜は神と関係しているようだ』
「神様と! じゃあ、あれは――――」
『早とちりしないでほしい。君がこの世界に寄越した神は無関係だと思う。少なくとも別神だ。たぶん、厄災竜を世界に寄越したのは、悪神だ』
「悪神??」
『人に善人と悪人がいるように、神様にも善神と悪神がいる。君が知る神様は善神、そしてこの厄災竜を送り出したのが悪神だ』
「どうして? 神様が世界を壊すようなことをするの?」
『悪いけど、それは神鳥のボクにもわからない。ボクは神の獣――神獣だ。より高度な存在である神様の頭脳を知ることは不可能なんだ。例え、善神であろうとね』
ムルンは突然私の方に嘴を向ける。
私の襟元を掴むと、翼を大きく開いた。
ひと羽ばたきすると、一気に上昇する。
直後、厄災竜の炎が閃いた。
ムルンの力によって収まっていた火が周囲を覆い、再び黒煙が立ち上る。
再度地獄の光景を見ながら、私は目を見張った。
「ありがとう、ミレニア」
『どういたしまして……。しかし、失礼なヤツだな。折角、ボクが代わりに説明してあげているのに』
『ふん。お喋りな神鳥め。人間に知恵を与えて罰を与えられたことを忘れたのか?』
厄災竜は口端から火を吹き出しながら、ゆっくりと空を見上げる。
黄金色の瞳を光らせた。
『ご忠告どうも。でも、今ボクはミレニアの使い魔なんだ。彼女が望むことを実行し、彼女が望む知恵を与える。それがボクの今の役目なんだよ』
ムルンは挑発する。
厄災竜はふんと息を吐いた。
怒っているように見える。あまり不必要なヘイトは貯めない方がいいのだけど、相手がだから仕方がない。
それよりも空から見て、理解した。
ムルンの初撃で受けた傷が完全に治っている。
「本物の厄災竜は不死なの?」
神様が遣わしたのだ。その可能性はある。
『その通りだ。我は悪神の化身にして終末の獣――誰も我を傷つける事などできん』
再び厄災竜は炎を吐く。
ムルンは紙一重で避けていく。どうやらスピードではムルンの方が勝っているらしい。
厄災竜の動きはどちらかと言えば鈍重で、ムルンの動きについていけてないように見える。
確かに炎と不死は脅威だ。
第一師団が敗れたのも、ごり押し可能な圧倒的な制圧力おかげなのだろう。
でも、このまま逃げ回っていれば、少なくとも命は安心だ。
あと、この不死の化け物をどうやって倒すかだけど。
「ムルン、あいつを倒せる?」
『ミレニア、ボクが神鳥シームルグということを忘れたのかい? 勿論、厄災竜の弱点も熟知しているよ』
「さすが、知恵者シームルグ! それでどこが弱点なの?」
『……残念ながら、今の戦力じゃ無理だね。撤退を勧めるよ』
「ちょ! そんな諦めが早くない??」
私は周囲を見る。
再び紅蓮に染まった戦場。王宮の正面の壁は激しく凹んでいる。
そこにはまだ第一師団の魔術師たちが倒れていた。
厄災竜は未だに健在。しかもピンピンしている。
放置すれば、被害は広がる。
意識があるかどうかもわからないゼクレア師団長や、ラディーヌ副長が死んでしまう。
今逃げれば、私は私を許すことはできないだろう。
『わかってほしい、ミレニア。ボクにとって契約主の安全が最優先されるんだ』
ムルンの言うこともわかる。
このまま戦えば、きっとムルンが傷付くことになる。
それでも…………せめて私に、昔のような聖女の力があれば。
(馬鹿だ、私は……。チートがいらないなんて、神様に願ったから)
昔のようにチートなスキルがあれば、厄災竜だろうと悪神であろうと私は勝てたはず。
なのに、私は自分の命ほしさに……。
「最低だ……。私……」
ギュッと拳を握り、私は痛む胸に置いた。
いいえ。聖女様、あなたは間違っていない……。
優しげな風が、私を慰めるように頬を撫でていく。
八方から吹き込んだが風は徐々に厄災竜に集約していくと、一瞬にして巨竜をバラバラに切り裂いた。
胃の中から聖剣や神剣といったもので切り裂いたみたいに厄災竜は弾ける。
「すごい……。厄災竜を一瞬で」
暴力的な風の魔術の力。
しかし、私たち祝福するように渦を巻いた風は実に穏やかだ。
こんな素敵な魔術の力を使うのは、私は1人しか思い付かない。
「こんにちは、聖女様」
振り返ると、そこには今世の勇者アーベル・フェ・ブラージュが微笑んでいた。
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