聖女であることを隠しているのに、なぜ溺愛されてるの私?

延野 正行

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第四章

第51話

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 ちょ……。

 ちょちょ……!

「ちょっとぉぉぉおおおおおお!! どういうことよ!! これ!!」

 前門には逃げ道、後門には厄災竜ジャガーノートって、どういう状況なの?
 それに火を付けたように激おこだし。実際、口から炎を噴いてるしぃ!!
 なになになに?? 私、そんな怒らせるようなことを言った?
 倒したから、ご飯のおかずにするぐらいの程度のことしか言ってないんだけど。

 終末の竜のプライドを傷付けたってことかしら。
 これだから獣の言うことはわからないのよね。

 そして、さっきからめちゃくちゃ厄災竜ジャガーノートに追いかけ回されているけど、誰も助けに来ないのは何故? それどころか称賛されているような声が聞こえているんだけど。

「いいぞ! 新人!!」
「そのまま真っ直ぐ突き進め!!」
「お前の仇はオレがとってやる」
「あとのことは任せろ!」

 称賛どころか、私死ぬ運命になるようなことになってるんですけど。
 何を言ってるの、この人たちは。
 私の死を受け入れるよりも、助けてほしいのだけど。

 はっ! これはもしかして新手の吊し上げ?
 毒、火刑と来て、今度は生け贄ってことですか?
 ちょっと! これじゃあまたデッドエンドじゃないの!

 折角、勇者様、友達、さらに1000年前に封印した魔王との幹部とだって、仲良くなれた。世界の終焉にだって、聖女としてではなく、普通の新人団員として参戦していただけだ。
 うまくいってたと思ったのに、最後の最後で大逆転なんて聞いてないわよ、私!

『ミレニア、大丈夫??』

 ヒュッと風を切って、私の前に出たのはムルンだ。
 さすが我が相棒。私の窮地に真っ先に駆けつけてくるなんて。
 結局、持つべきは優秀な使い魔ということかしら。

「ありがとう、ムルン。早速、私を――――」

『ひとまず勇者と繋ぐよ』

 ムルンは使い魔の情報伝達網を通じて、アーベルさんの声を伝えた。

『せい――――ミレニア! 大丈夫かい?』

 アーベルさんの焦った声が、頭の中に響いた。

「アーベルさん、な、何とか厄災竜ジャガーノートを――――」

『わかっている。君が挑発で引きつけ、僕たちが本体を攻撃しやすいようにしてくれたんだろ?』

「へ??」

 なんのこと??

『まさか……。そこまでしてくれるなんて。さすが聖――ミレニアだ……。君はとても慈悲深く…………やさし……ぃ……』

 な、なんかアーベルさん泣いてる?
 泣きたいのは、こっちなんだけど。
 というか、アーベルさんも勘違いしてない? そもそも本体って何んのこと?

『ミレニア、やっぱりボクの説明を何も聞いてなかったんだね』

 私の横を飛びながら、ムルンはジト目で睨んだ。
 え? 何か説明が入っていたの?
 いや、こっちだって、色々考えていたのよ。
 聖女じゃない時、私は何をすればいいかってさ。
 くだらないと思うかもしれないけど、私にとっては超重要案件だったんだから。

『あのね、もう1度説明すると――――』

 私はムルンの説明を聞く。

「はっ! 厄災竜ジャガーノートの本体は地下にある??」

『そっ! で、どうやってその本体を釣りだそうか考えていたところに、君が厄災竜ジャガーノートを挑発し、身を挺して擬態を誘導することに成功したというわけだ』

「待って! 偶然そういう展開になったことは喜ばしいけど、大前提として私は〝身を挺して〟なんて思ってないわよ」

 世界のためとか、民衆の安寧のためとか、八つ当たりとか、嫉妬とかで殺されるのは真っ平ごめん。この世界に来て、もう何千回と言ってるかもしれないけど、私はただ単に普通に暮らしたいだけなのよ。

『まあ、君の気持ちはわかる。けれど、厄災竜ジャガーノートを倒すには今のところ、君が逃げるのが1番だ』

 そりゃね。昔から鍛えていたから体力には自信があるわよ。
 一応、こういう事態を想定して、野山を駆けまわってきたんだし。
 でも、私が犠牲になるシチュエーションなんて全く考えていなかったわ。
 自己の破滅のために逃げ足を鍛えたわけじゃないのよ、こっちは!!

『ミレニアさん、あなたの献身はきっと将来に語り次がれるだろう』
『あなたのような優秀な新兵を失うのは心苦しい』
『墓石に良い酒を送るよ、ひよっこ娘』

 私が葛藤してる間にも、師団長たちがまるで別れの言葉みたいな台詞を言ってくる。
 なんかもう私、絶対死ぬみたいな認識になってるじゃない。

『ミレニア、ぐすっ! あたいは、あんたのこと……ぐすっ!』
『忘れない……ずる』
『短い間だけど、あんた1番の親友だった』
『駄目です、ミレニアさん! ……生きて! 生きて帰って来て下さい!!』

 最後にカーサの絶叫が聞こえる。
 マレーラたちだ。全員すでに大泣きしている。
 話を聞いて、カーサ以外は私が亡くなる前提になっていた。

『ミレニア・ル・アスカルド……』

 ピリッと塩味が利いた声が聞こえてくる。
 ゼクレア師団長の声だ。全く聞いたことのない沈痛な声だった。
 その気配が漏れてくるような……。

『お前には色々言い過ぎたこともあった』

「いや、ちょっと待って、ゼクレア師団長」

『だが、誤解されたままにしておくのは気持ち悪いので、これだけは言っておく。お前には辛く当たったかもしれないが――――』


 俺は、お前のことが嫌いではなかった……。


 思わず固まった。
 ……な、なななな、何よ、それ。
 その言い方は。

 ズルい! ズル過ぎる!
 こんな状況で、そんな爆弾発言をするなんて。
 ていうか、もうなんか愛の告白みたいになってるじゃない。

『どうしたの、ミレニア。顔が赤いけど』

「む、ムルンは黙ってて!!」

 いや、ちょっと何よ、これ。

 ゼクレア師団長だけじゃない。
 アーベルさんも、他の師団長さんたちも、友人たちも。
 私の英雄的行為を認めている。
 そして悲しんでいる。

 よく考えたら、前世とは違う。
 あの時は、民衆の罵詈雑言の中にいた。
 子どもに石だって投げられ、普段優しい老婆がしわくちゃになりながら私を罵倒しているのを見ていた。

 それが前世と今回のデッドエンドと大きく違うところ。
 死は死でも、みんなから愛される死。
 よく考えたら、悪くないかもしれない……。

 そうよ。また転生すればいい。
 神様にもっと良い世界を見つけてもらって、人生をやり直せばまた済むのだから。

「ムルン、ごめん。私…………」

『ミレニア……』

「やっぱり、私……死にたくないわヽヽヽヽヽヽヽ

 イヤ! やっぱりイヤだわ!

 だって、この〝生〟で私は様々な人に出会った。
 家族も、友人も、上司も、尊敬できる人にも会った。
 そして、その今全員が私のことを考えてくれている。

 こんなに優しい世界を私は手放したくない。

 今、立ち止まっても、目の前の厄災竜ジャガーノートを対峙することになっても……。

「私は生きるために戦う。……この世界のために」

『ミレニアなら、そういうと思っていたよ』

「そう? なら、さすが私の相棒ね。勿論、手伝ってくれるよね」

『そうしたいのは山々なんだけどさ』


 厄災竜ジャガーノートを倒すと、世界は終わっちゃうよ。
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