聖女であることを隠しているのに、なぜ溺愛されてるの私?

延野 正行

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第四章

第56話

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 厄災竜ジャガーノートが反応する。
 今まで帳のような真っ暗な闇が、徐々に晴れて、雲の中にいるようなぼんやりとした明るさになっていく。
 ずっと井戸の底の水に浸かっていたような冷たさは消え、周囲にたゆたっていた殺意や怒気も霧散していた。

『ぼくが好き? 本気で言ってるの、それ?』

「勿論!」

『でも、ぼくは――――』

「怖いなら無理やり出てこなくていい。あなたが傷付くようなことは私も望んでない。けど、あなたがこの手を取ってそこから出たいなら、私は全力であなたを守る」

 私は銅鑼を叩くように自分の胸を叩いて、さらに続けた。

「確かにあなたがやったことで、多くの人があなたを恨んでるでしょう。でも、今あなたの周りを囲んでいる人たちは違う」

『どうして言い切れるの?』

「優しくて、良い人たちばかりなの。でも、これはあくまで私の感想……。あなたが出す答えじゃない。そもそも私もわからないの。この世界の人が、みんな何故優しいのか? だから、一緒に答えを見つけない?」

 わからない者同士……。
 世界の命運をかけた者同士……。

『騙されるな!!』

 白く晴れていく空間の中で、大音声がこだまする。
 誰と聞かなくてもわかった。
 擬態側の声。つまり、純粋に厄災竜ジャガーノートとしての役目を担う側の声だ。

 今の私にはわかる。
 本体側が震えていること、怯えていることがわかった。

『そいつはお前をそこから引きずりだして、首を刎ねるつもりだ。騙されるな』

「そんなことしないわ」

『嘘だ!』

「嘘じゃないわ。――――ていうか、あなたもいい加減、今の自分に嘘を吐くのをやめたらどう?」

『我が嘘を吐くだと……』

「いーい! 心なんて簡単に切り離せるものじゃないの。あなたは世界の終焉を告げる役目を担う厄災竜ジャガーノートで、それを悲しむのも厄災竜ジャガーノートなの!!」

『我は悲しんでいるなど……』

「じゃあ、なんであなたは私と出会った時に、私に何故泣いているかヽヽヽヽヽヽヽヽを尋ねたの?」

 確かに厄災竜ジャガーノートは私に言った。
 何故、泣いているのか?
 そんなこと彼にとってどうでもいいはずなのに。
 彼はこれまで人間を絶望の底に落としてきた。
 泣き顔など、いくらでも見てきたはずだ。

 じゃあ、何故問うたのか?

「あの時、私だけじゃなく、あなたもまた泣いていた……。だから、その意味を知りたくて厄災竜ジャガーノート……私に質問したんじゃないの?」

 厄災竜ジャガーノートは赤ん坊みたいなものなのかもしれない。
 誰かに気付いてほしくて、必死に叫びながら、心のどこかで常に問いかけている。
 厄災竜かれらにとって必要なのは、それを一緒になって考えてくれる親や家族なのかもしれない。

 擬態の気配が徐々に弱まっていく。
 ピンと張り詰めた空気が緩むと同時に、目の前が晴れていった。
 現れたのは、あの球根形の本体だ。
 その外殻が1枚、また1枚と剥がれていく。

『いいのか、聖女』『ぼくたちは厄災竜ジャガーノート』『世界の終焉を告げる邪竜』

「あなたたちが邪竜かどうかはともかくとして、命にも限りがあるように、世界にだって終わりがある。永遠にあるものなどない。それを教えてくれるだけでも、あなたたちは貴重な存在じゃないかしら。それに人間は過ちを犯すものよ。取り返しの付かないことをした時、思いっきり叱り付ける存在も必要だわ」

『ふん。聖女とは随分剛胆だな』

「懐が深いって言ってよ。まあ、私はもう聖女じゃないんだけどね」

 いや、聖女であった私なら厄災竜ジャガーノートを払っていたかもしれない。
 事実、私はこの厄災竜ジャガーノートと以前戦っている。
 竜を滅することを、前世の私は疑問に思わなかった。
 それが私の役目だからだ。

 厄災竜ジャガーノートを受け入れたい。

 こんな気持ちになれたのも、きっと今世で私に関わった人たちのおかげね。

「わかった? 殻に閉じこもる必要もない。心を分かつ必要もない。厄災竜じぶんを閉じ込めたり、厄災竜じぶんを切り貼りする行為は結局、厄災竜じぶんを傷付けるだけよ。心の健康によくないわよ。それよりも、私と楽しいことをしましょう!」

『楽しいこと? それはなんだ?』

「友達と一緒に仕事をして、一緒にご飯を食べて、一緒に遊ぶことよ」

 私はもう1度、球根形の本体に手を差し出す。
 すでに球根は剥ききり、中の本体が露出していた。
 そこに眠っていたのは、あの厄災の竜とは思えない小さな小さな竜だった。

 竜は翼を広げて、ゆっくりと飛び立つ。
 パタパタと羽を動かし、私の手を取るのではなく、その手の平に降り立った。

「よろしくね、厄災竜ジャガーノート

『よ、よろしく』

 ちょっと照れくさそうに厄災竜ジャガーノートは初めて挨拶するのだった。
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