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1章
プロローグ(後編)
しおりを挟むその一言は、ルブルヴィムはおろか他の仲間2人も驚かせた。
ルブルヴィムを倒すために神に選ばれ、その生涯の大半を費やし、厳しい特訓にも弱音一つ吐かずに耐えてきた勇者の口から、敗北を認める申し出があったのである。
「ちょ! ロロ!! あんた、何を言っているのよ!!」
「聞いての通りだ。僕は降参する事に決める」
「負けを認めるというのですか?」
普段冷静沈着なクリフトですら、声を上擦らせた。
「ロロ! 考え直して! あんたが負けを認める。それは人類全体が、この魔王に敗北を認めるということなのよ」
リヴェンナは思い留まるよう説得するが、ロロの気持ちは変わらなかった。
「僕はね、リヴェンナ。たとえ人類がルブルヴィムに屈しても、さほどひどい世界にはならないと思う」
「ど、どうしてそんなことを……」
「君も知っているだろう。ルブルヴィムは戦う者すべてに対して、尊敬の念を抱いている。おそらくその気持ちは、僕たち人間以上だ。しかし、仮に魔族が人間を滅ぼしたらどうなる? 彼に対して挑戦しようとする者がいなくなる。それはルブルヴィムも本意ではないだろう。そうだろう、ルブルヴィム?」
「ん? 何か言ったか?」
失意に沈んでいたルブルヴィムは、急に話しかけられて頭を上げた。
どうやら、全く聞いてなかったらしい。
ロロは苦笑しながら、ルブルヴィムに尋ねた。
「ルブルヴィム、僕たちは降参する。まあ、全体の総意というわけじゃない。おそらく今から各国の偉い人が集まって協議し、そして結論を出すことになる。だが、少なくとも僕はもうお前とは争わないことに決めた」
「我とは戦わないというのか、『蒼天の勇者』」
ロロはゆっくりと首を振る。
子供に話し聞かせるように告げた。
「争わないというだけで、戦わないというわけじゃない。ただ関係性が少し変わるだけだ。敵としてではなく、友として君と戦う」
「魔王である我を、友と呼ぶのかい?」
「気に障ったなら謝るよ」
「いや、悪くない。お前と戦っている時が、我が2番目に幸福であった時だからな」
「そいつは嬉しいな。ちなみに1番は?」
「むろん、回復魔術の修行をしている時だ」
ルヴルヴィムは真顔で答える。
その答えに、他の者は苦笑を浮かべるのが、精一杯だった。
「……なあ、ルブルヴィム。教えてくれ。お前は世界征服して、その後どうする? その望みは一体何なんだ?」
「世界征服になど興味はない」
「じゃあ――――」
「だが、望みならある」
「ほう。魔王の望みか。興味があるな」
クリフトは眼鏡を釣り上げた。
「教えてくれないか?」
「言ったところで、お前たちに叶えられるものかどうか?」
「友達だろ? 俺たちは……」
ロロは手を広げ、戦意がないことを改めて示す。
すると、ルブルヴィムは自分の顎を撫でながら答えた。
我は人間になりたい……。
意外な申し出に、ロロも他の2人も絶句した。
皆が固まる横で、ルブルヴィムは訥々と理由を語る。
「我はすべての術理を極めてきた。剣術、槍術、弓術、拳闘術、そして魔術……。だが、神聖術――つまり、回復魔術に関しては、終ぞ極めることができなかった」
ルブルヴィムは悔しそうに肩を落とす。
ロロの側でリヴェンナが「十分だと思うけど」とぼそりと呟く。
「原因はおそらく我が魔族だからだろう。魔族の身体と、神聖術は相性が悪い。だが、人間になることができれば、回復魔術を極めることができるはずだ!」
最後には力強く断言する。
ややポカンとしながら説明を聞いていたロロは、気を取り直した。
後ろを振り返り、ロロは仲間たちに献策を求める。
だが、良案は生まれない。
すると、闇で満たされていた魔王の間が、突如光に満たされる。
現れたのは、金髪を翻した天女であった。
「聖使女ルヴィアム様!!」
それはロロを選定し、力を与えた神の使徒の1人であった。
ルヴィアムはルブルヴィムの前に立ちはだかる。
「ほう……。貴様が神か? 強いのか?」
ルブルヴィムは興味津々だ。
一方、ルヴィアムは微笑を浮かべるだけだった。
「私にはあなたのような武力はありません。ご期待に添えないかと」
「そうか。それは残念だ」
「しかし、あなたを人間に転生させることは可能です」
「転生だと……!」
「転生の法を受けてみますか?」
「受ける! 回復魔術を極めるためなら、我はなんだってするぞ」
ルブルヴィムは即決した。
仮に彼が転生し、この世からいなくなれば、一体どんなことが起こるのか。
それすらルブルヴィムにとって、眼中にないらしい。
一瞬、聖使女ルヴィアムの口端が歪んだような気がした。
「ルブルヴィム、本当にいいのか?」
ロロは尋ねた。
だが、ルブルヴィムは子供のように笑う。
「勇者ロロ、貴様との戦いは実に楽しかった。お前ほど戦い甲斐のあるヤツはいなかっただろう」
「…………光栄だね」
ロロは一抹の不安を払い、最後に笑顔を見せた。
「強くなれ、ロロ。我はもっと強くなる。そして、いつか再び相まみえよう。その折には、必ずや完璧な回復魔術を披露すると約束しよう」
「ああ……。それは楽しみだ」
「では、さらばだ!!」
そしてルブルヴィムは、聖使女ルヴィアムが放った転生の法の中に、消えていく。
その表情は、魔王とは思えないほど快活な笑顔であった。
「行ったな……」
「なんか鬱陶しい魔王様だけど、いなくなると寂しいわね」
リヴェンナの目は、かすかに潤んでいた。
同時に聖使女の姿も消える。
魔王のいなくなった部屋が広がるだけだった。
「これで良かったのですか、ロロ」
クリフトが尋ねる。
「いいですよ。僕の友の長年の夢が叶ったのだから。……ただ僕たちは、僕たちの務めを果たすだけです」
「務め……?」
すると、ロロは振り返り、そして苦笑した。
「あのルブルヴィムを倒すために、僕たちも強くなるんです」
友と再び相まみえるために……。
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今日はあと2話投稿予定です。
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