上 下
2 / 71
1章

プロローグ(後編)

しおりを挟む

 その一言は、ルブルヴィムはおろか他の仲間2人も驚かせた。

 ルブルヴィムを倒すために神に選ばれ、その生涯の大半を費やし、厳しい特訓にも弱音一つ吐かずに耐えてきた勇者の口から、敗北を認める申し出があったのである。

「ちょ! ロロ!! あんた、何を言っているのよ!!」

「聞いての通りだ。僕は降参する事に決める」

「負けを認めるというのですか?」

 普段冷静沈着なクリフトですら、声を上擦らせた。

「ロロ! 考え直して! あんたが負けを認める。それは人類全体が、この魔王に敗北を認めるということなのよ」

 リヴェンナは思い留まるよう説得するが、ロロの気持ちは変わらなかった。

「僕はね、リヴェンナ。たとえ人類がルブルヴィムに屈しても、さほどひどい世界にはならないと思う」

「ど、どうしてそんなことを……」

「君も知っているだろう。ルブルヴィムは戦う者すべてに対して、尊敬の念を抱いている。おそらくその気持ちは、僕たち人間以上だ。しかし、仮に魔族が人間を滅ぼしたらどうなる? 彼に対して挑戦しようとする者がいなくなる。それはルブルヴィムも本意ではないだろう。そうだろう、ルブルヴィム?」

「ん? 何か言ったか?」

 失意に沈んでいたルブルヴィムは、急に話しかけられて頭を上げた。
 どうやら、全く聞いてなかったらしい。

 ロロは苦笑しながら、ルブルヴィムに尋ねた。

「ルブルヴィム、僕たちは降参する。まあ、全体の総意というわけじゃない。おそらく今から各国の偉い人が集まって協議し、そして結論を出すことになる。だが、少なくとも僕はもうお前とは争わないことに決めた」

「我とは戦わないというのか、『蒼天の勇者』」

 ロロはゆっくりと首を振る。
 子供に話し聞かせるように告げた。

「争わないというだけで、戦わないというわけじゃない。ただ関係性が少し変わるだけだ。敵としてではなく、友として君と戦う」

「魔王である我を、友と呼ぶのかい?」

「気に障ったなら謝るよ」

「いや、悪くない。お前と戦っている時が、我が2番目に幸福であった時だからな」

「そいつは嬉しいな。ちなみに1番は?」

「むろん、回復魔術の修行をしている時だ」

 ルヴルヴィムは真顔で答える。
 その答えに、他の者は苦笑を浮かべるのが、精一杯だった。

「……なあ、ルブルヴィム。教えてくれ。お前は世界征服して、その後どうする? その望みは一体何なんだ?」

「世界征服になど興味はない」

「じゃあ――――」

「だが、望みならある」

「ほう。魔王の望みか。興味があるな」

 クリフトは眼鏡を釣り上げた。

「教えてくれないか?」

「言ったところで、お前たちに叶えられるものかどうか?」

「友達だろ? 俺たちは……」

 ロロは手を広げ、戦意がないことを改めて示す。
 すると、ルブルヴィムは自分の顎を撫でながら答えた。


 我は人間になりたい……。


 意外な申し出に、ロロも他の2人も絶句した。
 皆が固まる横で、ルブルヴィムは訥々と理由を語る。

「我はすべての術理を極めてきた。剣術、槍術、弓術、拳闘術、そして魔術……。だが、神聖術――つまり、回復魔術に関しては、終ぞ極めることができなかった」

 ルブルヴィムは悔しそうに肩を落とす。

 ロロの側でリヴェンナが「十分だと思うけど」とぼそりと呟く。

「原因はおそらく我が魔族だからだろう。魔族の身体と、神聖術は相性が悪い。だが、人間になることができれば、回復魔術を極めることができるはずだ!」

 最後には力強く断言する。
 ややポカンとしながら説明を聞いていたロロは、気を取り直した。

 後ろを振り返り、ロロは仲間たちに献策を求める。
 だが、良案は生まれない。

 すると、闇で満たされていた魔王の間が、突如光に満たされる。
 現れたのは、金髪を翻した天女であった。

「聖使女ルヴィアム様!!」

 それはロロを選定し、力を与えた神の使徒の1人であった。

 ルヴィアムはルブルヴィムの前に立ちはだかる。

「ほう……。貴様が神か? 強いのか?」

 ルブルヴィムは興味津々だ。
 一方、ルヴィアムは微笑を浮かべるだけだった。

「私にはあなたのような武力はありません。ご期待に添えないかと」

「そうか。それは残念だ」

「しかし、あなたを人間に転生させることは可能です」

「転生だと……!」

「転生の法を受けてみますか?」

「受ける! 回復魔術を極めるためなら、我はなんだってするぞ」

 ルブルヴィムは即決した。
 仮に彼が転生し、この世からいなくなれば、一体どんなことが起こるのか。
 それすらルブルヴィムにとって、眼中にないらしい。

 一瞬、聖使女ルヴィアムの口端が歪んだような気がした。

「ルブルヴィム、本当にいいのか?」

 ロロは尋ねた。
 だが、ルブルヴィムは子供のように笑う。

「勇者ロロ、貴様との戦いは実に楽しかった。お前ほど戦い甲斐のあるヤツはいなかっただろう」

「…………光栄だね」

 ロロは一抹の不安を払い、最後に笑顔を見せた。

「強くなれ、ロロ。我はもっと強くなる。そして、いつか再び相まみえよう。その折には、必ずや完璧な回復魔術を披露すると約束しよう」

「ああ……。それは楽しみだ」

「では、さらばだ!!」

 そしてルブルヴィムは、聖使女ルヴィアムが放った転生の法の中に、消えていく。
 その表情は、魔王とは思えないほど快活な笑顔であった。

「行ったな……」

「なんか鬱陶しい魔王様だけど、いなくなると寂しいわね」

 リヴェンナの目は、かすかに潤んでいた。

 同時に聖使女の姿も消える。
 魔王のいなくなった部屋が広がるだけだった。

「これで良かったのですか、ロロ」

 クリフトが尋ねる。

「いいですよ。僕の友の長年の夢が叶ったのだから。……ただ僕たちは、僕たちの務めを果たすだけです」

「務め……?」

 すると、ロロは振り返り、そして苦笑した。

「あのルブルヴィムを倒すために、僕たちも強くなるんです」


 友と再び相まみえるために……。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


今日はあと2話投稿予定です。
しおりを挟む

処理中です...