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1章

第6話 はじめての彼女(ともだち)

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「ご機嫌よう、皆さん」


 Fクラスの扉を開け、我は最高のスマイルを浮かべる。
 だが、クラスメイトから景気の良い挨拶が返ってくることはない。

 我が扉を開ける直前まで騒がしかったはずだ。
 なのに我が教室に入ってきた瞬間、水を打ったように静まり返り、ピンと緊張感が張り詰めていく。
 今から戦争に向かう学徒のように、皆が顔を強ばらせていた。

 もうすぐ授業が始まるのだ。
 これぐらい緊張感があって然るべきだろう。
 だが、我は1度も同じ屋根の下で勉学を取る同窓の友と、語り合ったことはなかった。

 こんな状況が、入学して5日過ぎている。

 同じ聖女を目指す者同士。
 話が弾むであろうと、楽しみにしていたのだが……。

 よもや人間に転生してまで、人間に恐れられるとは思わなかった。

 同窓の友たちと仲良くなれずとも、我が回復魔術を極めるという目標は変わらぬ。
 しかし、良い鍛錬とは環境も大事だ。
 このまま捨て置くのも、我としては居心地が悪い。

 なんとか、この状況を打破する方法はないであろうか。


 ◆◇◆◇◆


「友達を作りたい!?」

 相談したのは、我の母マリルだった。
 娘の銀髪を丁寧に梳きながら、素っ頓狂な声を上げる。
 今は実家だ。
 聖クランソニア学院には、寮もあるが、我は実家から通うことにした。

 我は寮でも良かったのだが、まだ我が5歳ということもって、心配したマリルが通学を希望したのである。
 アレンティリ領の実家と王都は、馬車で3日という距離にあり、通学は難しい。

 なので、我は次元魔術を使い、こっそり元々住む予定だった寮の部屋と実家を繋げたのだ。
 これによって、我は寮にも行き来できるようになったのである。

「ルヴルちゃん、もしかしていじめられているの?」

 ブラシを動かす手を止め、マリルは顔を真っ青にする。

「母上、ご心配なく。いじめられてなどいません」

 恐れられてはおるようだがな。

「そうなの。良かった。マリルちゃんはまだ5歳だから。年上の人にいじめられているのかと」

「努力はしているのですが、これがなかなか……。話しかけようと思っても、タイミングが難しくて」

「わかるわぁ。初めての学校だと、なかなか難しいわよねぇ」

「何か良いお知恵はありませんか、母上?」

「ふっふーん。任せて、ルヴルちゃん」

 ほう……。
 マリルのヤツ、自信満々のようだ。

 すると、マリルはこそこそを耳打ちする。
 別に今は、2人しかいないのだから、耳打ちする必要などないのだが……。
 相変わらず思考が読めない母上である。
 我はすべてを聞き終えたのだが、浮かんできたのは疑念であった。

「それで良いのか?」

「ルヴルちゃんは可愛いから。それでイチコロよ」

 シャキーン、とばかりにマリルは親指を立てるのだった。


 ◆◇◆◇◆


 次の日――。
 我はマリルのアドバイスを実行するべく、校舎の入口に待ちかまえていた。
 ターゲットは、同じFクラスのハートリーだ。
 この前は逃がしてしまったが、今日という今日こそ、彼女と友達になってみせる。

 やがてハートリーがやってきた。
 やや俯き加減で、いつも肩身が狭そうに歩くのは、癖になっているのだろうか。
 いや、そんなことはどうでもよい。
 我はハートリーと友達になってみたいのだ。

「ハートリー!」

「ひっ! ジャ――――じゃなかった、ルヴルさん?」

 我はハートリーとの距離を詰める。
 ハートリーは後ろに下がったが、身体能力がいまいちなのか、足が縺れると、尻餅をつく。
 倒れた同級生に我は手を差し伸べなかった。
 代わりにハートリーの耳の横で両手を突き、馬乗りになって顔を近づける。
 ハートリーはかちかちと歯を鳴らし怯えた。

 我の銀髪が、銀砂のように落ちて、ハートリーの顔にかかった。

「おい! ジャアクに女子生徒が襲われているぞ」
「誰か助けてやれよ」
「いや、無理だろ。この前、ガルデン先輩に勝ったんだぞ」
「……でも、ちょっと萌えるかも」

 外野の声がうるさかったが、我はすべて無視した上で、ハートリーに声をかける。
 昨日マリルに丁寧に梳いてもらった銀髪を垂らし、赤い瞳をできるだけ真摯に向けた。

「いたたたたた……」

 ハートリーは苦痛を訴える。
 どうやら倒れた時に、お尻を打ったらしい。
 これはすまぬ。


 今すぐ回復させてやろう


 我は回復魔術を使う。
 ハートリーは全回復した。
 苦痛を訴えるよりも、何故急に我が回復魔術を使ったのか不思議に思っているようだ。

 そのハートリーに我は迫る。

 今にも泣きそうなハートリーの頬を撫でる。
 自然と震えが収まり、ハートリーもまた眼鏡越しに我を見つめた。

「ハートリー……」

「は、はひ……」

「私の友達になってよ」

「え?」


 え???


 ハートリーだけではない。
 周りからも同じ言葉が聞こえた。

 そのハートリーの顔がみるみる赤くなっていく。
 身体を身じろぎさせ、モジモジさせながらかすれるような声で言った。

「…………よ」

「聞こえなかった……。もう1度――」

「…………い、いいよ」

「ありがとう」

 我はハートリーを思いっきり抱きしめた。

 やった!
 マリル、我は成功したぞ。
 ついに我に友達ができたのだ!




 ――と喜ぶ、ルヴルだったが、聖女を押し倒したことにより、その“ジャアク”という渾名はさらに混迷を深め、そしてハートリーは“ジャアク”の彼女おんなと言われるようになったという。



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ここまでお読みいただきありがとうございます。
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