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1章

第13話 2人目の友

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「おはようございます、ルヴルの姐さん」

 登校日の朝。
 いつも通り寮を出ると、入口に背の高いエルフが待っていた。
 我を見つけるなり、頭を下げて挨拶する。

「おはようございます、ネレム」

 昨日から友達になったネレムだ。
 どうやら、我を待っていてくれていたらしい。
 ところでさんというのは、何だろうか。
 ネレムの方が年上だと思うが、我5歳だし。

 いや、魔王の時から数えると、姉と言えるか。
 まあ親愛を示してくれていると思えば、いいだろう。

「一緒に登校してもよろしいでしょうか?」

「え? いいんですか?」

「もちろんです」

 おお!
 我にもう1人友達が……。

「ルーちゃん、おはよう!」

 ハートリーが声をかけてくる。
 側にいるネレムに気付いて、一瞬小さく「ひっ」と悲鳴を上げると、我の背中に隠れた。

「ルーちゃん、こちらの方は?」

「昨日、友達になったネレム・キル・ザイエスさんです」

「と、友達になったの?」

 うむ。ネレムとは拳で語り合った仲だ。

「ハートリー・クロースさんですね。ネレムといいます。ルヴルの姐貴には、お世話になっています。以後、お見知りおきを」

 ネレムはハートリーの前に進み出る。
 挨拶をすると、丁寧に頭を下げた。

「よ、よろしくお願いします」

 恐る恐るといった感じで、ハートリーは挨拶を返す。

「ハーちゃんは私の友達です。だから、仲良くしてくださいね、ネレム」

「はい。勿論です。ちなみにハートリーさん」

「は、はい……」

「ハートリーの姐貴と呼ばせてもらってもいいですか?」

 さらに1歩、ネレムは進み出る。
 顔が近い。
 今にも接吻でもしそうな勢いだ。

 ハートリーはちょっと涙を流しそうになっていた。
 おそらくハートリーも、友達ができて感極まったのだろう。
 うんうん。良いぞ。
 喜んでくれて何よりだ。

「い、いいですけど……。どうして、姐貴?」

「ハートリーの姐貴は、ルヴルの姐さんのこれだと聞いているので」

 そう言って、ネレムは小指を立てる。
 なんだ、その意味深なポーズは?
 何かの符丁か。

 だが、ハートリーにはわかったらしい。
 急に顔を赤らめた。
 そのまま我らを振り切り、校舎へ全力ダッシュする。

 どうしたのだろうか、ハートリー。

 あ。そうか。
 早く勉学に励みたいということか。
 我らとお喋りするぐらいなら、早く勉強したいということだな。

 さすが、我が友。
 なかなかストイックだ。
 我も見習わなければ。

「私たちも早く校舎に行きましょう、ネレム」

「はい」

 と言うわけで、我らは一緒に登校することにした。

 しかし、いざネレムと登校してみると緊張する。
 ネレムはハートリーとは違って、無口だしな。
 初めて並んで歩くから、話題に困る。

 そう言えば、他の生徒たちは何を喋って登校しているのだろうか。
 魔術でそれとなく探ってみた。

「なあ、聞いたか?」
「あのネレムさんが、ジャアクに下ったってよ」
「マジ? あの暴れん坊の聖女が?」
「もしかして、ジャアク……。聖クランソニア学院全部をしめるつもりか?」

 驚いたことに、我とネレムが友達になったことを知られていた。
 しかも、話題になっているらしい。
 早いものだな。
 昨日のことだというのに……。

 ところで我が学院をしめるヽヽヽってなんだ?
 我が学院の扉を全部閉めて何が起こるというのだ。
 興味があるので、今度やってみよう。

 自分の話題ではあまり参考にならんな。
 我とネレムが友人同士であることは、話題にするまでもないことだし。
 さらに我は会話を聞く。
 我の話題を除けば、日常の他愛のない会話ばかりだ。
 特に天気の話題が多いらしい。
 どれ――我も、小粋に天気の話題をしてみるか。

「お前たち、そこをどけ!」

 我が話しかけようとすると、ネレムが胴間声を上げた。
 腹に響くような声が、通学路に響く。
 学生たちは振り返り、我とネレムの姿を認めると、鼠の如く道の端に寄る。

 その後も、ネレムは生徒たちに声をかけ続けた。
 初めは注意と思っていたが、それはもはや恐喝に近い。
 どうやら我のことを慮って、ネレムは生徒たちに道を空けるように促しているようだが……。


 なんか……。我が知っている登校とは違うような気がする。


 すると、複数人の女子生徒が押し合いへし合いしながら、じゃれあっていた。
 1人の女子生徒が突き飛ばされ、我の方へと寄りかかる。
 我の姿を見て、女子生徒は「ひっ」と悲鳴を上げた。
 顔をみるみる青くなっていく。

 だが、女子生徒にとって恐怖はそれだけに終わらない。

「お前、何をやってんだ!」

「ひぃいぃいいぃぃいい! ごめんなさい」

「お前のために言ってるんだ! じゃないと、死ぬぞヽヽヽ!!」

 ぬぬ? し、死ぬ?
 え? そこまでか?
 いや、確かに当たり所が悪ければ死ぬかもしれないが……。
 ネレム、少々大げさじゃないか?

 いや、違う。
 ネレムはこんな我でも友達になってくれた得がたい人物だ。
 きっと相当優しいのだろう。
 些細な危険にも注意する――そんな厳格な娘なのだ。

 素晴らしい……。
 聖女の鑑といってもいいだろう。
 我も見習わなければな。

 我は完全に怯えて切っている女子生徒の肩を掴む。
 やや厳しめに表情を曇らせると、我は宣言した。

「気を付けてくださいね。じゃないと、死にますよヽヽヽヽヽ

 どうもネレムよりは厳しく言えないな。
 遠慮が出てしまうのだ。
 お嬢さまっぽくなってしまう。
 これもターザムの訓練のせいだな。

「ん?」

 見ると、女子生徒は白目になって気絶していた。
 しかも、魂が出かかっている。
 いかんいかん。
 本当に死んではいかんぞ。

 仕方ない回復してやろう。

 こっちは注意しただけなのに、なんでこうなったんだろうか。


 ◆◇◆◇◆  ネレム side  ◆◇◆◇◆


 や、やっぱり恐ろしい人だ。
 眼付けだけで、人間を気絶させてしまうなんて。

 守らねば……。

 あたいの使命はルヴル・キル・アレンティリから学院を守ること。
 だから、これ以上の犠牲を出さないようにしないと。
 明日からは、もっと厳しめに他の生徒に注意することにしよう。

 それが正しいことですよね、ゴッズバルトさん。

 ネレムは顔を上げ、お星様――ではなく、朝の燦々とした太陽を望むのであった。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~

ネレムの勘違いは、いつ解かれるのだろうか……。
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