上 下
43 / 71
2章

第29話 お説教(前編)

しおりを挟む
 ダンジョンから帰った翌日。
 我とハートリー、ネレムが学院長室に呼び出された。
 理由は学院長室に向かう道すがら、呼びに来た副院長から告げられる。

「あなたたち、ダンジョンに潜ったそうですね。聖クランソニア学院の校則は知っていますか? 特別な理由がない限り、ダンジョンにおける協力者やそれに相当する役目、また金品の授受を禁止するとあります」

 神経質そうな顔をした副院長は、時折こめかみの辺りをピクピクさせて、忠告する。

 副院長が我を嫌っているのは知っている。
 だが、今回の副院長の言葉は、ぐうの音も出ない正論だ。

「全員無事だったからいいものの、もし怪我でもしていたらどうするのですか?」

 ん?
 その時は、我が回復すればいいのではないか?

「大事なお子さんを我々は預かっている身です。これに懲りたら、冒険者遊びなんてやめるんですよ」

 相変わらず手厳しい。
 その後もくどくどと副院長のお説教は続く。
 それは学院長の部屋のドアの取っ手を握るまで、続いた。

「さあ、学院長にこってりと絞られてらっしゃい」

 部屋のドアを開ける。
 そこにいたのは、鞭を構え、鬼の形相をした学院長アリアンではなかった。
 我らが来たと同時に座っていた椅子から立ち上がると、「まあまあ」と近づき、我らを出迎えた。

 アリアンは我の手を取り、子どものように目を輝かせる。

 我も驚いていたが、横に立った副院長はさらに驚いていた。

「よく来たわね、ルヴルさん。それにハートリーさんと、ええっと…………」

「ね、ネレムです。この度はご迷惑をおかけし申し訳ありませんでした。つきましては、ルヴルの姐さんと、ハートリーの姐貴のことを許してくれないでしょうか。2人はあたいが誘っただけで、その……すべてあたいが悪いんです。どうかこの通り」

 ネレムはいきなりアリアンを前にして、まくし立てる。

「違いますよ、ネレム。これは私の責任です。そもそもネレムもハーちゃんも、私を探していて、ダンジョンに行ってないのでしょ?」

「ネレムさんが悪いなら、わたしも同罪だよ。校則違反ってわかってて、2人を止めなかったんだから」

「これはケジメです。実際、誘ったのは――――」

「おほほほほ……」

 突然、アリアンが笑い出した。
 ギョッと副院長も含めて、我らは驚く。
 校則違反という罪を犯したにも関わらず、『大聖母』といわれるアリアンの顔は、いつも通り穏やかだった。

「あなたたち、とっても仲がいいのね」

 そ、そう見えるか?

 不謹慎ながら我は目を輝かせずにはいられなかった。
 だって他人から見ても、我らが仲の良いということは、それだけ仲が良いということだ。
 我としては、これ以上の喜びはない。
 強い絆で結ばれているということであろう。

「良い友達をもちましたね、ルヴルさん」

「はい。アリアン様の教えがあったからです」

「そう……。立ち話は疲れるでしょう。どうぞお入りなさい、副院長も」

 アリアンは部屋に招き入れる。
 紅茶の芳香がすでに満ち満ちていた。
 大聖母アリアンから漂う優しい匂いと一緒だ。

「おかけなさい」

 部屋の一角にあるソファに、我らは腰を下ろす。
 アリアンはニコニコしながら、我らと同じくソファに座る一方、副院長はやや複雑な表情を浮かべたままその後ろに控えた。

「どうして、私があなた方を呼んだかわかりますか?」

「私たちが校則違反をした件ですね」

 我は身を乗り出し答える。
 すでに謝る準備は出来ている。
 校則違反したのは、事実だからだ。

 すると、アリアンは「ふふ……」と楽しそうに笑った。
 1度紅茶を含み、舌を濡らすとアリアンは語り始めた。

「勿論、それもあるわ。でも、すでに副院長にたっぷり灸を据えてもらったでしょ? 私がお話ししたいのは、そのことではないの」

「え? では――――」

 アリアンはティーカップを皿に戻し、柔和な笑顔を我に向けた。

「ルヴルさん、お手柄だったわね」

「はっ?」

 何が何だか我にはわからない。
 ただただ首を傾げるばかりだ。
 お手柄だと? 手柄を立てたつもりはないが……。

「あなたと一緒に行動していた冒険者ね。罪状については控えるけど、有名な悪い冒険者だったの」

「な、なにいぃいぃいいいぃい!?」

 我は思わずソファから立ち上がった。
 目を丸くする我を見て、アリアンは「ほほほ」と雅に笑う。
 対して、副院長は「落ち着きなさい」とばかりに、眉間に皺を寄せて、我を睨んだ。

 慌てて我は着席する。

「すみません」

「気にすることないわ。私はいつもあなたに驚かされてばかりだけど、今回はあなたを驚かせることができたようね」

 やや意地悪なことを言う。
 優しく見えるアリアンだが、意外と子どもっぽいのかもしれぬ。
 まあ、我から見れば人間など、皆赤子も同然ではあるがな。



※ 後編へ続く
しおりを挟む

処理中です...