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3章

第33話 たとえ王女であろうとも(前編)

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 今、確かに言った。
 ハートリーが王女と……。
 それはつまり、ハートリーがセレブリヤ王国の姫ということか?

 信じられぬ。
 そもそもハートリーは下町の商家の娘だと聞いていたが。
 違うというのか?

「あ、あの……。だ、誰かと間違っているんじゃ……」

 ハートリーも戸惑っている。
 腰を退き、目線を突如現れた優男と我の方を言ったり来たりさせている。
 だが、その心根を見透かすように、優男は微笑んだ。

「その反応……。どうやら何か知っているようですね。――失礼」

 優男はハートリーに向かって腕を伸ばす。
 その前に、我が立ちはだかった。

「お待ち下さい、紳士。どこのどなたもわからぬ方に、私の大切な友達を触れさせるわけにはいきません」

 優男を睨む。
 【邪視ジャック】を使って支配する。
 だが、優男には通じない。

「何?」

「魅了の魔術か。通じないよ」

 優男は笑う。
 全力の0.1%にも満たない程度ではあったにせよ、我の【邪視ジャック】から抗するとは……。
 こやつ、出来るな。

 すると、優男は優雅に膝を突く。
 我とハートリーの前で頭を垂れた。

「僕の名前は、ユーリ……。ユーリ・ガノフ・セレブリヤ」

「セレブリヤって……」

 ハートリーがゆらりと1歩後ろに退がる。
 我もまた驚きを禁じ得なかった。
 ラストネームにセレブリヤと付く一族は、世界広しといえど、一家族しかあり得ない。

 つまり、このユーリというのも、王族だということだ。

 だが、驚くのはまだ早かった。

「そして…………」

 何もないところから鞘に収まった剣が現れる。
 豪奢の鞘細工に相応な雰囲気のある剣。
 刃幅は広く、かつ数多くの魔術増幅エンチャントを感じる。
 一代で鍛え上げられたものではないであろう。
 数世代、つまり数百年かけて編み出された珠玉の名剣だ。

 現世界において、これほどの力を持つ剣は1つしか心当たりがない。

 すなわち聖剣である。
 それも、あのミカギリとかいう小僧が持っていたレプリカとは全く違う。
 鍛え上げられた刀身、緻密に編み上げられた魔術式、そして存在を多層化させた年代物。
 どれを取っても一級品を超えた超一級品だ。

 そして、その剣を無造作に構えることができるこやつは。

「聖剣使い……」

 聖騎士の中の聖騎士。
 学院で『八剣エイバー』だとなんだと騒いでいる山猿どもが、目指す先にいる男ということだろう。

 まさか王子で、聖剣使いとはな。
 随分と大層な肩書きを持つ王子だ。
 それ故に、さっきからきな臭くてたまらない。

 すると、ユーリは聖剣を引っ込める。
 爽やかに笑うと、改めて我らに語りかけた。

「そう僕は聖剣使い。そして、ハートリーの兄に当たる。これで僕が怪しい者ではないのはわかってくれたかな」

「いえ。残念ですがまだです」

「ハートリー、君は随分と疑り深い友達を持ったのだね」

 ユーリは肩を竦める。
 早くも兄妹風を吹かし始めた。
 ハートリーが答えることはなかったが、我が続けざまに語る。

「王族であるあなたが、何故わざわざハーちゃ――ハートリーさんを迎えにきたのですか? 王族であるなら使いの者を寄越すはず」

「もっともだね。ただ最近何かと物騒でね」

「なるほど……。最近王族が次々と殺されているという噂は本当だったのですね」

「え?」

 俯きげだったハートリーの顔が上がる。
 どうやら知らなかったらしい。
 とはいえ、ターザムの話は貴族の中でしか出回らない風聞ではあったがな。

 だが、1番大きく反応したのは、目の前のユーリであった。
 笑顔を絶やさぬ二枚目王子の顔から、笑みが消える。

「どこで聞いたのかな?」

「王都です。噂で聞きました」

「そうか。もう噂になっているのか」

 やれやれと首を振る。
 そしてユーリは重い口を開くのだった。



※ 後編へ続く
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