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3章

第34話 友達の部屋(前編)

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 我に回復魔術の深奥を紐解くことは、生涯においてもっとも優先すべき課題だ。
 そのために魔王であることを捨て、人間になり、今聖クランソニア学院の生徒として、日々精進している。
 本来であれば、勉学に没頭し、教官から語られる至高の教えに耳を傾けなければならない。

 だが、我はその日――初めて授業をサボった。
 何故か……。
 それは友のため。
 ハートリー・クロースのことについて、改めるヽヽヽためだ。

 我はハートリーについてよく知っている。
 Fクラスに通う、優しい学生。
 演劇が好きで、特に『鬼、滅ぼすべし刃』の鬼死というキャラクターが好きだ。
 他には宝石について、目利きができること。
 マリルのシチューが好きであること。

 様々なハートリーを、我は知っている。

 だが、我は彼女の家族のことをあまり知らない。
 下町で商家をやっているということ以外はだ。
 兄姉はいるのか、両親の仲は良好か、家ではどんな風に過ごしているのか。
 我は何1つ知らない。

 意図的に話さなかったのか。
 それとも話したくなかったのか。
 今となってはわからぬ。

「だから、知りにいくのです。ハーちゃんのことを」

 やってきたのは、ハートリーの商家だ。
 聞き込みと探索魔術を使えば、造作もない。
 最近、王家の王章が付いた馬車を見かけなかった、と聞いたら、すぐに回答が帰ってきた。

「それにしても、ネレム。あなたは付き合う必要はなかったのですよ」

 我は同じく今日の授業をサボったネレムを睨む。

「何を言ってるんですか、ルヴルの姐さん。あたいだって、ハートリーの姐貴の友人ですよ。ほっとけるわけがないじゃないですか(本当に放っておけないのは、ルヴルの姐さんの方だけど)」

「そうですか。ネレムもハートリーが心配なんですね」

「当然です!(本当に心配なのは、何をしでかすかわからないルヴルの姐さんだけど)」

「何か言いましたか?

「何でもないです! 行きましょう!!」

 ハートリーの生家は間違いなく商家だった。
 看板にクロース商会と書かれている。
 下町にあるだけあって、如何にも見窄らしい木造平屋の建物だ。
 だが、今玄関には鍵がかかっていた。

「留守ですかね?」

「いえ。人の気配がします」

 我は【戌瞳クドム】という探索魔術で中を探る。
 少なくとも1人いる。
 机の前で微動だにしていない。
 まさか怪我? あるいは病気か。

「中に人がいますね。全く動きませんが……」

「ええ! えっと……。どこか他の出入り口を探して」

「探している暇はありません。ネレム、私の肩に触りなさい」

「は、はい」

 【閾歩ディスン】を使い、我は空間を飛ぶ。
 見事、クロース商会の中に侵入した。
 突然のことに対応できなかったのか、ネレムは「痛ッ!」と尻餅を付く。
 続いて、顔をしかめる。

「酒臭い……」

 睨んだのは、机に突っ伏した男だった。
 少々下品な鼾が聞こえてくる。
 机と、その下にも転がった酒の空き瓶から察するに、酔いつぶれたのだろう。
 さらに机には、十数枚ほどの金貨が残っていた。

 状況から察するに、ハートリーの父親だろうか。
 娘が連れていかれたショックで、飲んだくれたのか。
 それとも、報酬をもらって喜んでいたのか。
 判断がつかぬな。

「この金貨……。まさかハートリーを売ったのか?」

 ネレムは怒髪天に衝くとばかりに、髪を逆立たせる。

「くっそ! 子どもを売るなんて! 親の風上におけねぇ! 1発殴ってやる!!」

「落ち着きなさい、ネレム」

「むしろなんでルヴルの姐さんが落ち着いていられるんですか?」

「子どもを売る親なんて案外いるものですよ」

 まして戦時であれば、特にな。
 我は昔のことを思い出して言った。

「ん? あれ? 君たちは……」

 ハートリーの父親が目を覚ます。
 赤くなった顔をこちらに向けた。

 我とネレムは挨拶する。
 ハートリーの友達だというと、父親は目を輝かせた。

「そうか。娘にもこんな友達がいたんだな。……いや、もう私の娘ではなくなったが」

「事情をお聞かせいただけないでしょうか?」

 すると、ハートリーの父親は訥々とこれまでの経緯を話し始めた。



※ 後編へ続く
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