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3章

第35話 魔王、入城する

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 ハートリーに会いに行く。
 その決断に迷いはない。
 問題はどうやって王宮に入るかだ。

 いくら王宮のプロテクトが硬いといえど、我なら造作もない。
 軽くノックしてやればいいだけのこと。
 まあ、その場合たちまち衛兵に囲まれるであろうがな。

 そういうジャアクヽヽヽヽ的なやり方は、我の好むところだ。
 我は大魔王ルヴルヴィム。
 人類から命を、財を奪ってきた人間風に言えば、悪魔なのだ。
 魔王としては、本筋といえる。

 だが、我はもう魔王でも、ジャアクでもない。
 アレンティリ家の貴族令嬢にして、聖女候補生だ。
 人を傷つけるのではなく、人を癒やすべき立場に転生した。

 友達に会いに行くのだ。
 そのご家族に粗相があってはならぬであろう。
 ならば、正々堂々正面から王宮に入る方法を考えねばならぬ。

「どうしたの、ルヴルちゃん? 食欲ないの?」

 マリルの声に、我はハッと顔を上げた。
 目の前には我の大好物であるプリンが、それはもう財宝のように輝いている。

「もしかして、悩み事とか? そういえば、前に恋文をもらっていたけど、あの子とはどうなったのかしら?」

 ぶっ!! と食後の珈琲を吹いたのは、ターザムだった。
 服に盛大に珈琲がかかる。
 しかし、構わずターザムは我に詰め寄った。

「恋文!? どこの馬の骨だ! 貴族であろうな? もしかして、平民とか言うまいな。あー、だからいやだったのだ。聖クランソニア学院に入学させるのは……。あそこは平民も受けて入れているからな」

「ターザム。そんな風に言うのは失礼よ。ハートリーちゃんだって、平民の出なんだから」

「別に平民を差別してるわけではない。平民の男と、うちのルヴルを結婚させるつもりはないと言っているのだ! せめて伯爵か、いや侯爵の三男でも……」

「そんなこと言って……。実はルヴルちゃんが可愛くて、お嫁に行かせたくないのではないですか、ターザム」

「そ、そんなことはないぞ!」

「仕方ないわよねぇ。ルヴルちゃん、こう見えてまだ5歳だもん。親としては、まだまだ愛でていたいですものね。こんなに可愛く育ったんだから」

 マリルは我を背後から抱きしめる。
 慈しみ、尊い……。
 マリルの、母親の匂いがする。
 おかげで、我の精神が幾分落ち着いた。

 思えば、ハートリーはこうやって母親の愛情を受けて育ったのだろうか。
 いつか王宮に返り咲く……。
 商家で会った父親の話から、何か怨念めいた意志を感じたが、その事にハートリーはどう思っているのだろうか。

 色々聞くべき事が多そうだな。

「父上……。王宮に召し抱えられるためには、どうしたらいいですか?」

 ぶほっ! またターザムは珈琲を吹く。

「お、お前! 今、召し抱えられると言ったか? 王宮で働きたい、と?」

「はい。私、王宮に入りたいのです。出来れば、今すぐ――」

「今すぐ? それは無理だ。それこそお前が……いや、待てよ。後宮ならあるいは……」

「後宮! 駄目よ。そんな破廉恥なところ。あそこは王様が乱○するところでしょ」

 珍しくマリルが反対する。
 しかも目くじらを立てて……。

「マリルよ! お前はどういうイメージを持っておるのだ。子どもの前で……ごほん。後宮は王様に次代の世継ぎを作ってもらう国としても、民にも重要な場所なのだ。乱痴気騒ぎをする場所ではない」

 ターザムは釘を差す。
 さらに説明を続けた。

「それにあそこは貴族にとっても権力闘争の場所。何せ自分の娘に王の子を産ませることができれば、王の親族として扱われる。一気に公爵になることも夢ではないからな」

 そもそも後宮というシステム自体、王政にはあまり見られないものらしい。
 だが、セレブリア王国は他国と比べて版図が大きい。
 そこには様々な種族や部族が住んでおり、貴族の領地もそうした種族・部族で区分けされている。

 一種族、一部族に世継ぎが偏っては、貴族の内乱に発展する可能性が高い。
 それ故、後宮の中で競わせるのだそうだ。

「ならば、私を後宮に送って下さい」

「ルヴルちゃん?」

「母上……。すみません。どうしても私は王宮に行かなければならないのです」

 我は真摯に訴える。
 両親に理を説くのは難しい。
 手塩にかけた子どもを後宮に送るのだ。
 それは理ではなく、我の強い意志を伝えるしかない。

「……ルヴルちゃんがそこまで言うのは、何か事情があるのね」

「はい。今は明かせませんが……」

「わかったわ。解決したら教えてね」

「その時は、何なりと……」

 マリルは納得する。

「待て待て。まだ俺の話は終わっていないぞ」

「どういうことですか、父上」

「後宮は確かに貴族の権力闘争の場というが、それはもっと爵位が上の方の貴族の話だ。だいたい後宮に行く娘は、すでに王の親族である公爵家、低くて伯爵家だ。貧乏田舎貴族の子爵家なぞ、相手にもしてもらえぬ」

「じゃあ、ルヴルちゃんが後宮に行くのは難しい?」

「当たり前だ……。まあ、伯爵……いや侯爵以上の推薦状と、多額の持参金さえあれば、入れないわけではないが……」

「…………」

「ルヴルちゃん」

「こら! ルヴル! 笑顔が昔みたいに戻っておるぞ」

 おっといかん。
 思わず邪悪な笑みを浮かべてしまったようだ。

 侯爵の推薦状。
 多額の持参金。

 くくく……。
 このアレンティリ家にはないが、我にはあるではないか。
 その両方が……。
 早速、行動に移そうか。


 ◆◇◆◇◆


 瀟洒な馬車が1台、城門をくぐる。
 それを迎えたのは、王宮を守る近衛たちだ。
 全員が客人を迎えるために正装している。
 その周りには、使用人を含む王宮で働く家臣たちが集まっていた。

 すでに陽は沈んでいる。
 本来であれば、この時間に城門が開くことはない。
 夜に城門が開かれるのは、特別な催しがある時か、特別な人物を迎え入れる時だけだ。

「この次期に輿入れ?」
「王様はもうお歳では?」
「立て続けに王子王女が亡くなったばかりだというのに」
「いや、それよりも見ろ! あの家紋……」

 天蓋が付いた馬車には大きな家紋が彫られていた。
 猛々しい獅子が口を開けている横顔である。
 それは有名な家紋であった。
 カシス戦役において1000匹の魔物を屠った元大将。
 伝説の英雄と呼ばれる男の家紋だったからである。

「ドラクルニア家が輿入れ?」
「ゴッズバルド様は、貴族の権力闘争に興味がなかったのでは?」
「いや、噂によればどこかの子爵の娘らしい」
「山盛りの持参金をもって、推薦したんだとか」
「田舎貴族になんでそんな金が……」
「はは……。どんな大根娘が出てくるか見てやろうぜ」
「カーテンが敷かれてて見えないな」

 やがて馬車は王宮の入口に付けた。
 客車のドアが開き、まさしくヴェールに包まれた貴族令嬢が姿を現す。

 ふわり……。

 星屑が流れるように銀髪がなびく。
 来ているドレスは純白。
 それは非常にシンプルであったが、少女が持つ処女性にぴったりと合っていた。

 肌は羊の乳のように白く、線は細い。
 胸は豊かで、歩くと果実のように揺れ、男たちの視線を誘った。
 迎えに来た後宮の担当者ですら、息を呑むほどの美しさである。

 当然、周囲もまたその美しさに惹かれて、沈黙していた。

「ゴッズバルド・フォー・ドラクルニア様のご推薦で参りました。アレンティリ家ターザムの娘、ルヴルでございます。どうかお見知り置きを……」

 ルヴルはスカートを摘む。
 担当官は思わず身を退いた。

 ルヴルに宿る赤い瞳の強さに、押されたのだ。
 それほど少女の目は苛烈に燃え上がっていた。

 すると少女は不敵に笑う。

「潜入成功……」


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~

まさかの伏線……。
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