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3章

第40話 わたしの友達です

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 ユーリは近衛たちに連行されていった。
 一応我が見立てた人間の近衛だ。
 さらにユーリから魔族としての力を奪い、普通の人間ぐらいにしておいた。

 しばらく悪さはできぬであろう。

 とはいえ、ヤツが改心し、強くなれば、いずれまた悪さをするかもしれぬ。
 だが、それを止めるのは、我の仕事ではなくこの国を守る者の役目であろう。
 我は聖女。
 今のように悪を叩き潰したり、誰かを守るために戦う者ではない。
 本来の役目は、人を癒やすことだ。

 その本懐を忘れてはならぬ。

 ま……。
 もしあの者が再び我の前に立ちはだかるというなら、全力を以て相手するつもりだ。
 その時には、我が極めた回復魔術によって、ヤツを癒やし尽くしてやろう。

 襤褸雑巾のようになったユーリを見送りながら、我は少し気になっていたことを尋ねた。

「ハーちゃん、いつからあやつの企てに気付いていたのだ?」

 ハートリーが王国の王女だというのは、ユーリが我をこの王宮に呼び寄せるためのものだった。
 そのためにあやつは、ハートリーとその家族、さらに国王たちにも偽の記憶を植え付け、偽の王女に仕立てあげた。

 大方、我がハートリーを気に入っているのを見て、そのままハートリーを王妃にでも据えるつもりだったのであろう。
 いや、待て……。
 我は一応、今は人間の女だ。
 ならば、王妃は…………うん? ややこしくなってきた。

 ま、まあ良いか。

 今更、あの愚か者の思考を読んでも遅い。

 だが気になるのは、いつハートリーがユーリの企てに気付いたかだ。
 仮にハートリーが偽の記憶をそのままにして、我の元を去るのであれば、きっとあのアクセサリーを置いていっただろう。

 ハートリーは優しい娘だ。

 自分の事は忘れてくれ。
 そういうメッセージを残すために、アクセサリーを置いたはずである。
 だが、ハートリーはアクセサリーを持っていった。

 友を忘れたくない思いもあったかもしれない。
 でも、我には別のメッセージがあるようで仕方なかった。

 そして、ハートリーのヽヽヽヽヽヽ父を調べヽヽヽヽ偽の記憶であヽヽヽヽヽヽることを知っヽヽヽヽヽヽたのだヽヽヽ

 偽の記憶を知った我は、王宮に侵入し、友に会いに来た。
 そして案の定、巨悪と出会ったのである。

 仮にハートリーがアクセサリーを置いておれば、我は王宮にまでいかなかったかもしれないし、偽の記憶にも気付かなかったであろう。
 その場合、ユーリの計画も破綻していたはずだ。
 結果的に、ヤツはハートリーに助けられたわけである。

 そのハートリーはパチパチと瞬いた後、苦笑した。

「ルーちゃんのおかげだよ」

「ん?」

「王宮に連れていかれる朝。わたし、ルーちゃんの回復魔術で癒やしてもらったでしょ?」

「そ、そうでしたね」

「その時に、多分ユーリさんがかけていた記憶改竄の魔術の効果が消されて、元の記憶を取り戻すことができたんだよ」

 な、なんと!

 我の回復魔術はハートリーの記憶まで回復させていたのか?!
 ぬぬぬ……。嬉しいやら。悲しいやら。
 我にはそんな意識はこれっぽっちもなかったのだが……。

「それなら早く深刻してもらえれば……」

「ごめん。初めは何か変だなって程度だったし、その後ユーリさんが来て、動揺してて。でも、家に帰ってみるとお父さんが自分の娘じゃないとか言い出すし。これは変だって思って。そこで魔術の中に記憶改竄するものがあったことを思い出したんだよ」

 なるほど。そういうことだったのか。
 確かに自分が王女だという記憶があったとしても、妄想ぐらいにしか思わぬだろうからな。

「じゃあ、ハートリーの姐貴が宝石の類いに詳しかったのは?」

 話をずっと聞いていたネレムが、割り込んだ。
 興奮するハートリーの横で、我は冷静に答えた。

「おそらくその頃には、あの者によって記憶を改竄させられていたのかもしれません」

 今回の功労者は、もしかしてハートリーかも知れぬな。
 あのユーリが長年かけた計画の裏を掻いたのだ。
 我をこの城へと導いたのだ。

 つまり、大魔王ルヴルヴィムを出し抜いたということになる。

 まさに稀代の策士であろう。
 なんとも頼もしい友人だ。

「ルヴルの姐さんも凄いけど、ハートリーの姐貴も凄い」

 わあ、と歓声を上げつつ、ネレムは我の元へと近寄る。
 だがそれを阻んだのは、近衛たちだった。

「下がりなさい、君!」

「な、なんだよ、あんたたち!」

「君も聞いていただろう、ネレム君」

 やや殺気立った近衛の横で、口を開いたのはゴッズバルドだった。

「まさかお伽噺に出てくる大魔王が、今目の前にいるとは」

「ちょっ! ゴッズバルドさん! あのユーリの話を信じるんですか?」

 ネレムは声を張りあげた。
 ゴッズバルドは彼女の憧れだと聞いている。
 たとえそうだとしても、友人である我が大魔王とは思えぬのだろう。

「私とて信じられぬ。だが、聖剣を圧倒する強さを見せられてはな」

「違います!」

 その声は凜と王宮の中庭に響いた。
 我の前に出て、大きく手を広げたのはハートリーだ。
 槍を向けている近衛の前に、勇敢に踊り出る。
 ジリジリと近づきつつあった近衛たちは、少女の涙を見て、怯んだ。

「ルーちゃんは魔王なんかじゃありません。彼女の名前はルヴルヴィムじゃない! ルヴル・キル・アレンティリ!! わたしの大切なお友達です!!!!」

 ハートリーは見事を言い切った。
 その力強い言葉に、皆が固まる。
 我も同様だった。

 最初の人生において、我は1000年以上生きてきた。
 数々の強敵や勇者と言われる者を前にしてきた。

 だが、今日ほど己を昂ぶらせたことはない。
 どんな賛辞よりも、ハートリーの言葉は嬉しかった。

 これほど明確に我を友といってくれた者は、あのロロ以外いなかったのだから。

「あ……姐さん…………」

 ネレムが呆然としながら、言葉を絞り出す。
 気付いた時には我は泣いていた。
 頬を伝い、わずかに孤を描くようにして流れていく。
 ぽつりと地面に落ちた時、まるで星屑のように煌めいていた。

 我の涙を見て、息を呑む。

 先に動いたのはネレムだった。

 我を背にし、ハートリーと同様に手を広げた。

「姐さんは、ルヴルの姐さんです。あたいの恩人で、友達です。魔王なんかじゃない」

「ネレムくん……」

「たとえ、ゴッズバルドさんの言うことでも聞けません。今回は勘弁して下さい」

 ネレムは頭を下げた。

「お願いします。わたしから友達を取り上げないで下さい」

 ハートリーも頭を下げる。
 2人の聖女が、伝説と呼ばれる英雄の前に立ちはだかるのだった。


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まだもうちょっと続きます。
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