「さあ、回復してやろう」と全回復させてきた魔王様、ついに聖女に転生する

延野 正行

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3章

第43話 秘密の食卓(前編)

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 アレンティリ家に3人の娘たちの悲鳴が響き渡る。
 いち早く反応したのは、2階で執務を取っていたターザムだ。

「何事だ!?」

 バンと荒々しくドアを開く。
 玄関ホールが見渡せるところまでやってくると、鋭い目を光らせた。
 一糸纏わぬ我が子を見て、たちまち目くじらを立てる。

「ルヴルぅぅうぅぅううう!! あれほど、浴室で着替えてから出てくるなと――」

「お父様のエッチ!!」

 ルヴルは反射的に魔術を使う。
 父親の眉間を見事射抜くと、転倒させることに成功した。

「例えお父様でも……。年頃の娘の裸を見せるわけにはいきませんわ。淑女として」

「お前…………まだ……5、さい…………がくっ……」

 そのままターザムは意識を失った。

「やれやれ……」

「ルーちゃん!!」

 肩を竦めるルヴルを思いっきり抱きしめたのは、ハートリーだった。
 まだ満足に水滴も拭い切れていないにも関わらず、ルヴルの大きな胸に埋まるようにハートリーは親友との再会を喜ぶ。

「良かった……。本当に良かった…………」

 横でネレムも涙を流し、やがて嗚咽を上げる。

「ハーちゃん……。ネレムまで…………」

 一方、ルヴルは困惑気味だ。
 自分の胸で泣きじゃくるハートリーの頭を撫でるのが、精一杯だった。

「あらあら……。こんな時間にお客様? まあ、ハートリーちゃんじゃない」

 マリルが騒ぎを聞いて、奥からやってくる。

「母様……」

 ルヴルは目で助けを求めた。
 マリルはクスリと笑うと、手を差し出す。

「立ち話もなんだから上がってちょうだい。ちょうどおいしいシチューができたところよ」

「ハートリー、ネレム、夕飯を食べていって」

「いいんですか、姐さん?」

「断ったら帰ってくれるのかしら、ネレム」

 ルヴルは挑戦的な視線を向け、ニヤリと笑った。

「それはその……」

 ネレムは「エヘヘヘ」と誤魔化した。

「ハートリーも……。母様が作るシチュー、好きでしょ」

「うん……。御相伴に預かります」

 ようやくハートリーはルヴルから離れる。
 それでも、手を離すことはなかった。
 離せばまたどこかに行ってしまいそうな気がしたからだ。

「母様。お父様を起こしてきましょうか?」

「大丈夫よ。たまには女の子同士で、男には秘密の話をしましょ」

 マリルは口元に指を当てて、「ふふふ」と不敵に笑うのだった。


 ◆◇◆◇◆


 マリルの特製シチューに、3人の少女は舌鼓を打つ。
 優しく、温かく、まるでマリルそのものが宿ったシチューに、一同の心は癒された。
 ルヴルは「マリルのシチューは最強の回復魔術だ」と讃える。

 それを食べ終わった後、ようやく本題の話になった。

「良かった……。本当に良かった。ルーちゃんが戻ってきてくれて。わたし、一生戻ってこないかと思ってたよ」

「そんな訳ないでしょ」

 家着に着替えたルヴルは、自分の大きな胸の谷間に手を突っ込む。
 取りだしたのは、親友の証であるネックレスだった。

「私がみんなからお別れする時は、このネックレスを置いて立ち去るはずでしょ。ねっ、ハーちゃん」

「ルーちゃん……!」

 ハートリーは顔を赤くする。
 その目は輝き、うんと1つ頷いた。

「言われてみれば、そうっすね。ところでこの3日間、どこへ行っていたんですか?」

「世界中ですよ」

「「「世界中!!!!」」」

 ハートリーに、ネレム、さらにマリルまで大きな声を上げる。
 どうやら、マリルも初耳らしい。
 一方、ルヴルの方は事も無げに話を続けた。

「ええ……。さすがに疲れました」

「世界中って……。何をしに?」

「簡単です。人間の身体に潜伏している魔族に、おしおきしてきました」

「魔族に……!!」
「おしおき!!」

 再びハートリーとネレムは素っ頓狂な声を上げる。
 口をあんぐりと開けたまま、動かなくなる。

「苦労しました。全員を見つけるのは……」

「ええ? 魔族全員におしおきしてきたの?」

「それってかなり難しいんじゃ」

「そうです。本当に大変でしたよ。魔族が開発した転生魔術はなかなか用意周到な魔術でした。私が初見でユーリの正体を見破れなかったぐらいですからね。……と言っても、対応策を瞬時に構築して、見分けられるようになりましたが……。それにしても、なんと言っても、数の多さです。全盛期以上ではありませんでしたが、それと同じぐらいの魔族を探さなければなりませんでした」

 ふう、とルヴルは息を吐く。
 さすがにお疲れらしい。

 だが、聞いている方が疲れる話でもあった。

「どれだけの数の魔族をおしおきしたんだ、姐さんは」
「相変わらず、途方もないね」

 ネレムとハートリーは苦笑する。

「ようやく終わって、家に帰って、お風呂から上がってきたところに、ハーちゃんたちがやってきたというわけです。でも驚きました。夜分にノックを鳴らすから、撃ち漏らしまぞくが残っていたのではないかと」

「な、なるほど」
「それで裸だったんだ」

「骨は折れましたが、まあ責務を全うできたことは良いことです」

「責務?」

「大魔王としての……。魔族の王としての責務ですね。折角、平和な世の中になったんです。それをわざわざかき乱す必要はないですから」

 ルヴルはふうと息を吐くのだった。


※ 後編へ続く
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