「さあ、回復してやろう」と全回復させてきた魔王様、ついに聖女に転生する

延野 正行

文字の大きさ
66 / 71
3章

第44話 ダブルお母さん

 良い食卓である。
 我は戦場の血の匂いや、学院の古びた紙の匂いも好きだ。
 だが、1番好むべきはアレンティリ家の食卓の匂いである。
 領内で出来た野菜の匂い。
 摘み立ての紅茶の芳香。
 古びた木の香り。

 アレンティリ家の様々なそこにしかない匂いが、この家を形作っている。
 それを作ったのは、ターザムとマリルだ。
 さすが我が父と我が母……。
 いや、それ故にか。

 落ち着く……。
 帰ってきたという気分になるのだ。
 我は大魔王ルヴルヴィム。
 1000年座していた玉座すら記憶から霞むほどに、今の環境が精神に安寧をもたらしてくれる。

 そこに友も駆けつけてくれたとなれば、これ程心強いことはない。

 良かった……。

 心の奥底では心配だったのだ。
 我を大魔王であると知って、友達をやめるのではないか。
 これまで出会ってきたほとんどの人間のように、恐怖と絶望に彩られ、離れていくのではないか、と。

 でも、戻ってきてくれた。
 我の元に……。

 ありがとう、ハーちゃん。
 感謝する、ネレム。

 また再び回復魔術の深奥を…………のぞ…………こ……。


 ◆◇◆◇◆


 カチャン!

 ティーカップが割れる。
 同時に入っていた紅茶が床に広がった。

 食堂にいた一同は驚き、身を震わせる。
 ルヴルを除いてだ。

「わっ! びっくりした!」

「あれ? 姐さん?」

 ルヴルの対面に座っていたネレムが気付く。
 背もたれにもたれかかるようにルヴルは、目を閉じていた。

「ルーちゃん?」

 何事かと思い、ハートリーは立ち上がる。
 素早く駆け寄ると、誤って割れたティーカップの破片を踏んでしまった。

「痛ッ!」

「あらあら。大丈夫、ハートリーちゃん」

 その中でも、マリルは一番落ち着いていた。

「大丈夫です。これぐらい自分で……。それよりもハーちゃんが……」

「大丈夫よ」

 すると、マリルは食堂に吊していたカーディガンを持ってくる。
 そっとルヴルの肩にかけた。
 よく耳を澄ますと、規則正しい寝息が聞こえてくる。
 眠ってしまったのだ。

 その寝顔を見ながら、マリルは幸せそうに笑った。

「食事中に眠るなんて……。子どもみたいでしょ?」

「いえ。でも、多分ルヴルちゃんよっぽど疲れてたんじゃ」

「ふふふ……。しょっちょうあることなのよ。この子、鍛錬であちこち走り回ってるからね。多分、魔族を倒してきたのも、鍛錬の一環ぐらいにしか思っていないんじゃないかしら」

「鍛錬の一環……」
「す、すげぇ」

「でも、疲れてしまうと、食事中でも寝ちゃうの。たまにお風呂場でも。子どもみたいでしょ。仕方ないわ。ルヴルちゃん、まだ5歳だから」

「「ご、ご、ご……5歳!!」」

 ハートリーとネレムは絶叫する。
 仕方ないことだろう。
 何せ同い年と思っていた少女が、まだ5歳というのだから。

「あら……。ルヴルちゃん、まだ2人には打ち明けてなかったのね。きっと子ども扱いされたくなかったからだわ」

「ま、まあ、そりゃあね。中身は大魔王様だからね」

 ネレムが言うと、ハートリーも苦笑で返すしかない。

「2人は信じる?」

「ハーちゃんの無茶苦茶なところは何度も見てきましたから」
「5歳だとしても、姐さんならあり得るかなって」

「ルヴルちゃん、良かったわねぇ。こんないい友達ができて。2人とも今日はもう遅いから泊まっていってちょうだいな。親御さんには私から事情をしたためた手紙を送っておくから」

「い、いいんですか?」

「むしろこっちがお願いしたいぐらいよ」

 マリルは満面の笑みを浮かべる。

 2人の両親は心配するだろうが、それでも今日は特別だ。
 マリルの厚意に甘えることにした。

「じゃあ……」
「よろしくお願いします」

 マリルに向かって頭を下げる。

「こちらこそ。まあまあ、今夜は娘が2人に増えた気分だわ」

 と、マリルは笑うのだった。



 ルヴルの部屋に使われなくなったベッドを入れた。
 それを元からあったルヴルのベッドと合体させ、3人で寝られるようにする。
 ルヴルを挟んで川の字になると、ハートリーとネレムは、アレンティリ家の天井を見つめた。

 横ではスースーとルヴルが眠っている。
 ベッドを入れる時、結構な物音がしていたにも関わらず、起きる気配はない。
 やはり相当疲れているのだろう。

 ハートリーとネレムは、ルヴルの片方の手を取り、握る。
 しばしその温もりを感じながら、余韻に浸っていた。

「ふふ……」

「どうしました、ハートリーの姐貴」

「なんかこうしてると、親子みたいだね」

「親子?」

「そうか。ネレムさんは知らないのね。下町の親子ってね。家が小さいから、こうやって川の字になって眠るんだよ」

「へぇ……。じゃあ、ハートリーの姐貴はお母さんですか?」

「わたしがお母さんでいいの?」

「ルヴルの姐さんは子どもで、あたいは――――お母さんでいいかな」

「お母さん、2人もいるの?」

「いいじゃないですか。この子どもは、母親が2人必要なほど手が掛かるんですから」

「ふふふ……。確かに!」

 というと、ハートリーとネレムは揃って笑った。

 すると――――。

「ハーちゃん…………。ネレム…………」

 ルヴルが声を発する。
 起きたのかと思ったが、銀髪の少女の瞼は閉じられたままだ。
 どうやら寝言らしい。

 わずかに口元が緩み笑っている。
 月光を受けた銀髪は美しく、唇はサクランボのように淡い。
 天使のようというよりは、天使そのものであった。

「幸せそうな寝顔……」

「ですね。この人が、学院で『ジャアク』って呼ばれているなんて、誰も思わないっすよ」

「だね。でも、わたしたちはルーちゃんの秘密を知ってる」

「それと比べたら、『ジャアク』の方がよっぽど子どもじみてます……けど…………ね」

 やがてネレムからも寝息が聞こえてくる。
 その頃には、ハートリーも瞼を閉じて眠っていた。
 2人にとっても、この3日間は大変な3日間だったのだ。
 ごろりと、ハートリーとネレムが動く。

 まるで子どもを守るようにルヴルの方を向くと、3人の娘たちは眠りにつくのだった。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~

はあ……。てぇてぇ……。
感想 0

あなたにおすすめの小説

短編)どうぞ、勝手に滅んでください。

黑野羊
恋愛
二度も捨てられた聖女です。真実の愛を見つけたので、国は救いません。 あらすじ) 大陸中央にあるルオーゴ王国で、国を守る結界を維持してきた聖女ロザリア。 政略のため王太子と婚約していた彼女は、突如『真の聖女』が現れたとして婚約を破棄され、聖女の座を追われてしまう。さらに、代わりに婚姻しろと命じられた聖騎士からも拒絶され、実家にも見捨てられたロザリアは、『最果ての修道院』へと追放された。 けれど彼女はそこで、地位や栄光、贅沢などとはほど遠い、無条件に寄り添ってくれる『真実の愛』と穏やかな日々を手にいれる。 やがて聖女を失った王国は、崩壊へ向かっていき――。 ーーー ※カクヨム、なろうにも掲載しています

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

捨てられた聖女、自棄になって誘拐されてみたら、なぜか皇太子に溺愛されています

h.h
恋愛
「偽物の聖女であるお前に用はない!」婚約者である王子は、隣に新しい聖女だという女を侍らせてリゼットを睨みつけた。呆然として何も言えず、着の身着のまま放り出されたリゼットは、その夜、謎の男に誘拐される。 自棄なって自ら誘拐犯の青年についていくことを決めたリゼットだったが。連れて行かれたのは、隣国の帝国だった。 しかもなぜか誘拐犯はやけに慕われていて、そのまま皇帝の元へ連れて行かれ━━? 「おかえりなさいませ、皇太子殿下」 「は? 皇太子? 誰が?」 「俺と婚約してほしいんだが」 「はい?」 なぜか皇太子に溺愛されることなったリゼットの運命は……。

追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?

タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。 白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。 しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。 王妃リディアの嫉妬。 王太子レオンの盲信。 そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。 「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」 そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。 彼女はただ一言だけ残した。 「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」 誰もそれを脅しとは受け取らなかった。 だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。

ハズレスキル『自動販売機』を授かって婚約破棄されましたが、 実は回復薬も魔力食も出せる最強スキルでした

暖夢 由
ファンタジー
十八歳の成人儀式で授かったのは、誰も聞いたことのない《自動販売機スキル》。 役立たずと嘲られ、婚約者レオンには即座に婚約を破棄され、人生が崩れ落ちたように思えた。 だがそのスキルには、食べ物を作り、摂取すれば魔力を増やし、さらに“治癒効果”を付与できるという隠された力があった。 倒れた母を救い、王都の名門・ヴァルセイン伯爵夫人を救ったことで、カミーラは“呪詛”という闇の存在を知る。伯爵邸で出会った炎の力を持つ公爵家次男レグナスとの出会いが、彼女の運命を大きく変えていく。 やがて王都全体に“謎の病”が蔓延。カミーラは治癒スープの炊き出しを行い、人々を次々と回復へ導く。 一方、病の裏で糸を引いていたのは………。 “無価値”と嘲られたスキルが、いま世界を癒し、未来を照らす光となる――。