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3章

第44話 ダブルお母さん

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 良い食卓である。
 我は戦場の血の匂いや、学院の古びた紙の匂いも好きだ。
 だが、1番好むべきはアレンティリ家の食卓の匂いである。
 領内で出来た野菜の匂い。
 摘み立ての紅茶の芳香。
 古びた木の香り。

 アレンティリ家の様々なそこにしかない匂いが、この家を形作っている。
 それを作ったのは、ターザムとマリルだ。
 さすが我が父と我が母……。
 いや、それ故にか。

 落ち着く……。
 帰ってきたという気分になるのだ。
 我は大魔王ルヴルヴィム。
 1000年座していた玉座すら記憶から霞むほどに、今の環境が精神に安寧をもたらしてくれる。

 そこに友も駆けつけてくれたとなれば、これ程心強いことはない。

 良かった……。

 心の奥底では心配だったのだ。
 我を大魔王であると知って、友達をやめるのではないか。
 これまで出会ってきたほとんどの人間のように、恐怖と絶望に彩られ、離れていくのではないか、と。

 でも、戻ってきてくれた。
 我の元に……。

 ありがとう、ハーちゃん。
 感謝する、ネレム。

 また再び回復魔術の深奥を…………のぞ…………こ……。


 ◆◇◆◇◆


 カチャン!

 ティーカップが割れる。
 同時に入っていた紅茶が床に広がった。

 食堂にいた一同は驚き、身を震わせる。
 ルヴルを除いてだ。

「わっ! びっくりした!」

「あれ? 姐さん?」

 ルヴルの対面に座っていたネレムが気付く。
 背もたれにもたれかかるようにルヴルは、目を閉じていた。

「ルーちゃん?」

 何事かと思い、ハートリーは立ち上がる。
 素早く駆け寄ると、誤って割れたティーカップの破片を踏んでしまった。

「痛ッ!」

「あらあら。大丈夫、ハートリーちゃん」

 その中でも、マリルは一番落ち着いていた。

「大丈夫です。これぐらい自分で……。それよりもハーちゃんが……」

「大丈夫よ」

 すると、マリルは食堂に吊していたカーディガンを持ってくる。
 そっとルヴルの肩にかけた。
 よく耳を澄ますと、規則正しい寝息が聞こえてくる。
 眠ってしまったのだ。

 その寝顔を見ながら、マリルは幸せそうに笑った。

「食事中に眠るなんて……。子どもみたいでしょ?」

「いえ。でも、多分ルヴルちゃんよっぽど疲れてたんじゃ」

「ふふふ……。しょっちょうあることなのよ。この子、鍛錬であちこち走り回ってるからね。多分、魔族を倒してきたのも、鍛錬の一環ぐらいにしか思っていないんじゃないかしら」

「鍛錬の一環……」
「す、すげぇ」

「でも、疲れてしまうと、食事中でも寝ちゃうの。たまにお風呂場でも。子どもみたいでしょ。仕方ないわ。ルヴルちゃん、まだ5歳だから」

「「ご、ご、ご……5歳!!」」

 ハートリーとネレムは絶叫する。
 仕方ないことだろう。
 何せ同い年と思っていた少女が、まだ5歳というのだから。

「あら……。ルヴルちゃん、まだ2人には打ち明けてなかったのね。きっと子ども扱いされたくなかったからだわ」

「ま、まあ、そりゃあね。中身は大魔王様だからね」

 ネレムが言うと、ハートリーも苦笑で返すしかない。

「2人は信じる?」

「ハーちゃんの無茶苦茶なところは何度も見てきましたから」
「5歳だとしても、姐さんならあり得るかなって」

「ルヴルちゃん、良かったわねぇ。こんないい友達ができて。2人とも今日はもう遅いから泊まっていってちょうだいな。親御さんには私から事情をしたためた手紙を送っておくから」

「い、いいんですか?」

「むしろこっちがお願いしたいぐらいよ」

 マリルは満面の笑みを浮かべる。

 2人の両親は心配するだろうが、それでも今日は特別だ。
 マリルの厚意に甘えることにした。

「じゃあ……」
「よろしくお願いします」

 マリルに向かって頭を下げる。

「こちらこそ。まあまあ、今夜は娘が2人に増えた気分だわ」

 と、マリルは笑うのだった。



 ルヴルの部屋に使われなくなったベッドを入れた。
 それを元からあったルヴルのベッドと合体させ、3人で寝られるようにする。
 ルヴルを挟んで川の字になると、ハートリーとネレムは、アレンティリ家の天井を見つめた。

 横ではスースーとルヴルが眠っている。
 ベッドを入れる時、結構な物音がしていたにも関わらず、起きる気配はない。
 やはり相当疲れているのだろう。

 ハートリーとネレムは、ルヴルの片方の手を取り、握る。
 しばしその温もりを感じながら、余韻に浸っていた。

「ふふ……」

「どうしました、ハートリーの姐貴」

「なんかこうしてると、親子みたいだね」

「親子?」

「そうか。ネレムさんは知らないのね。下町の親子ってね。家が小さいから、こうやって川の字になって眠るんだよ」

「へぇ……。じゃあ、ハートリーの姐貴はお母さんですか?」

「わたしがお母さんでいいの?」

「ルヴルの姐さんは子どもで、あたいは――――お母さんでいいかな」

「お母さん、2人もいるの?」

「いいじゃないですか。この子どもは、母親が2人必要なほど手が掛かるんですから」

「ふふふ……。確かに!」

 というと、ハートリーとネレムは揃って笑った。

 すると――――。

「ハーちゃん…………。ネレム…………」

 ルヴルが声を発する。
 起きたのかと思ったが、銀髪の少女の瞼は閉じられたままだ。
 どうやら寝言らしい。

 わずかに口元が緩み笑っている。
 月光を受けた銀髪は美しく、唇はサクランボのように淡い。
 天使のようというよりは、天使そのものであった。

「幸せそうな寝顔……」

「ですね。この人が、学院で『ジャアク』って呼ばれているなんて、誰も思わないっすよ」

「だね。でも、わたしたちはルーちゃんの秘密を知ってる」

「それと比べたら、『ジャアク』の方がよっぽど子どもじみてます……けど…………ね」

 やがてネレムからも寝息が聞こえてくる。
 その頃には、ハートリーも瞼を閉じて眠っていた。
 2人にとっても、この3日間は大変な3日間だったのだ。
 ごろりと、ハートリーとネレムが動く。

 まるで子どもを守るようにルヴルの方を向くと、3人の娘たちは眠りにつくのだった。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~

はあ……。てぇてぇ……。
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