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3章

第45話 鍛錬をしよう

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「ふぅ……」

 我は朝日を浴びながら、汗を拭った。
 今日もつつがなく日課を終えて、今はアレンティリ家の水場にいる。
 汗が残ったまま上がると、「淑女が汗を掻いて家に上がるものではないのだ」とやや無茶ぶりともいえるターザムの怒号を聞くことになるからだ。

 だから、こうして水場で顔を洗い、水滴を拭い、軽く髪が乾くまで待っていた。

 冬場は冷たいが、夏は気持ちいい。
 秋と春はその中間といったところだろう。

 ところで今日は起きてから驚くべきことがあった。
 気が付いたら、横にハートリーとネレムが寝ていたのだ。
 しかも一緒に手を繋いで……。

 我は嬉しさと驚きで、思わず世界消滅の魔術を使うところを何とか堪えた。

 自分が何も気付かず寝入っていたことには、驚きだが、よもや友とはいえ、これほど人に無防備なところをさらすとは、まだまだ我も未熟だ。
 少々たるんでいるかもしれぬ。
 鍛錬をもう少し増やす必要があるかもしれぬな。

 朝食までまだ少しある。
 もうちょっとだけ、鍛錬をするか。

「あ。ルーちゃんいた!」
「ルヴルの姐貴、探しましたよ」

 ハートリーとネレムがこちらにやってくる。
 どうやら我を探していたらしい。

「びっくりしたよ。朝起きたら、いなくなっていたんだもん」
「またどっかに行ったのかと、ハートリーの姐貴が心配していたんですよ」

「それは……。驚かせてごめんなさい」

 2人が気付かなかったのも無理はあるまい。
 ハートリーとネレムを起こさないように、時間停止の魔術を使って寝室を抜け出してきたのだからな。

「ところで何をしているんですか?」

 尋ねたのはネレムだ。

「朝食までまだ少しあるので、鍛錬を続けようかと」

「え? まだ鍛錬するの?」

「無理すると、身体が壊れちゃいますよ、姐さん」

「別に無理はしてませんよ。5年前から続けていることなので」

 というか。これでも抑えている方だ。
 人間の身体はかなり脆いからな。
 あまり厳しすぎると、ネレムの言う通り壊れてしまう。
 魔王であった頃は、今の1000倍はやっていたはずだ。

「もし良かったら、私の鍛錬に付き合いませんか? 難しいことはありませんよ。単なる実戦形式の組み手です」

「組み手……? えっと……。それって危なくない?」

「大丈夫です。ちょっと地形が変わるぐらいですから」

「地形が変わる?」

「はい! どうですか?」

 我はにこやかにハートリーとネレムを誘う。
 そう言えば、友達と鍛錬したことはないことを今思い出した。
 模擬戦の時、クラスの同級生たちと鍛錬する機会も逸したままだ。

 むしろハートリーとネレムを誘うには絶好の機会だろう。

 ところが……。

「い、いいよ。ルーちゃんの邪魔になったら悪いし」
「あ、あ、あ、あああたいも遠慮しておくっす」

 ハートリーとネレムが血相を変えて首を振った。
 ん? どうして、そんなに怖がっておるのだ。
 また我、なんかした?

「た、鍛錬には付き合えないけど、見学ぐらいなら」

「そ、そうっすね。見学なら」

 まだ夏でもないのに、2人は汗を垂らしている。
 春の朝。肌寒いぐらいだというのに、ハートリーとネレムの反応がおかしい。
 もしかして、病気か?
 なるほど。それで鍛錬を断って、見学すると言っているのか。

「2人とも何か病気ですか? 私の回復魔術がいりますか?」

「だだだだ、大丈夫だよ、ルーちゃん」
「あたいも問題ないッス! 馬鹿は風邪引かないっすよ」

「そうですか……」

 ちょっと残念だ。
 2人に回復魔術いいところを見せるチャンスだったのに。

 だが、それは今からの鍛錬を見てもらってからでも遅くはあるまい。

 我は【閾歩ディスン】を使って、移動する。
 ハートリーとネレムを鍛錬場へと連れてきた。
 そこはアレンティリ領から遥かに離れた盆地だ。
 山に囲まれた平たい大地が広がっている。

「そう言えば、ルヴルの姐さん。組み手と言ってましたね。誰と相手するんですか?」

「ご心配なく……。もうすぐ来ると思いますよ」

 すると、やってきたのは20代前半の男だった。
 明るい黄色の髪に、緑色の瞳をしている。
 筋肉は隆々としているが、タンクトップと動きやすそうなパンツだけで、武器や防具は一切身に着けていない。

「あら、ヴァラグ……。まだ鍛錬していたのですね」

「はっ! それよりもルヴル様、鍛錬を終えたのでは?」

 ヴァラグという男は、我の前に膝を突いた。
 その恭しい態度を見てか、ハートリーとネレムは首を傾げる。

「ルーちゃん、その方は?」

 ハートリーが尋ねると、ヴァラグは目線を動かした。
 その冷たい視線に驚いたのか。
 思わずハートリーは「ひっ!」と悲鳴を上げる。

「ヴァラグ、そんな態度をとってはいけません。2人は私の友達ですよ」

「失礼しました」

「ごめんね、ハーちゃん。まだヴァラグは慣れてなくて」

「いえ。わたしこそ……。それでえっと――――」

「この人はヴァラグ。私の稽古お友達です」

「と、友達?」
「姐さんの?」

「で――」


 魔族です。


 …………。

「ま、ま、ま……」
「ままままま……」


 魔族ぅぅぅぅううううううううううううう!!!!


 2人の絶叫が響き渡るのだった。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~

理由は次回……。
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