上 下
69 / 71
3章

第47話 すごいよ、ルーちゃん!

しおりを挟む
 鍛錬する魔族を見て、ハートリーは質問した。

「なんで、こんなところで魔族の皆さんが、鍛錬をしてるの?」

「私を倒すためですよ?」

 当然とばかりに我は答える。
 なのにハートリーもネレムはギョッと瞼を開いた。

 ん? そんなに意外なことであっただろうか。

 確かに魔族の中には、人類に対して敵対心を持つ者は少ない。
 だが、すべてではない。
 今でもヴァラグのように人類勢力に対して、虐げられた恨みを忘れていないものもいる。

 しかし、往々にしてそういう国粋主義者というか、魔族主義者は、形式というものにこだわる。異様にだ。
 我からすれば、面倒くさいことこの上ないのだが、意外とこういうヤツらは御しやすい。

 我に人間を虐げられる意志がないと知ると、我の方に刃を向けた。
 正直に言うと、そっちの方が我は楽だ。
 だから、こう言ってやったのだ。


『ならば、我を倒してみよ。その者が魔王となって、「人間を殺せ」と命令すればよい』


「――とな……」

「…………」
「……とな、って……」

 ハートリーとネレムは口を開けたまま固まっていた。
 いや、我――そんなに難しいことを言っているだろうか。
 普通のことを言っているつもりなのだが……。

 もしかして、我のことを案じているのか?
 我が負けると?

 友達として心配してくれるのは嬉しいが、我も見くびられたものだ。

 いや、でも聖女としては、我はまだまだ未熟。
 皆、その姿しか見ていないから心配しているのだろうか。
 王宮での一戦の時も、1万分の1ぐらいしか力を発揮していなかったからな。

 まあ、さすがに我の全力を見せるのはNGだがな。

 今の世界では滅びかけん。

 我はハートリーたちと談笑していると、外で鍛錬していた魔族たちが戻ってきた。
 皆、よく陽に焼けて、さらに筋肉がムキムキだ。
 頼まれていないのに、謎のポージングをしている者もいる。

 そして歯が異常に白い……。

「な、何あれ? あれも魔族なの?」
「そ、そう見たいっすね」

 輝いた笑顔と謎のポージングを見せる魔族を見て、ハートリーとネレムは若干顔を青ざめさせていた。

「おお! ルヴルヴィム様」
「また鍛錬に戻ってきたのですか?」

「私のことはルヴルと呼びなさいと言ったでしょ。それよりも鍛錬の成果はでていますか」

「もちろんですよ! この前、ようやく世界1週する時間が、2時間を切りました」

「甘い。1時間ぐらい簡単に切れるようになってからが本番ですよ」

「やっと3000メル級の山を持ち上げることができました」

「なら今度は、8000メル級の山を持ち上げられるようになりなさい」

「手を振ったら、海が割れました」

「人類の迷惑になっていないならば、なかなかの成果です」

 うむ。
 皆、ちゃんと真面目に鍛錬をやっているようだな。
 感心、感心。

 我はくるりと振り返った。

「「――――ッ!!」」

 友達2人が、口を開けて、目を見開いていた。
 さっきからずっとそんな顔をしているのだが、最近流行なのか?
 3日、学院を開けているだけで、一体何が起こったのだろうか。

 ……待て。もしかしてあれもまた、顔面を鍛える鍛錬なのかもしれない。
 2人ともそんなところまで鍛えているとは。
 さすがは我が親友たちだ。

 我も見習わなければ……。

「では、失礼します!」
「ルヴルヴィム様、後で一戦よろしくお願いします」
「ごゆっくり~」

 人類の皮を被った魔族たちは、再び鍛錬へと戻っていく。

 それを見送った後、ネレムは我の耳元で囁いた。

「大丈夫なんすか、ルヴルの姐さん。無茶苦茶化け物に育ってるじゃないですか?」

「え? 全然ですよ。まだまだみんな鍛錬が足りていません」

「あ、あれでですか?」

 ネレムは息を飲む。

 いや、我から言わせれば、わざわざ息を飲む程ではないのだが……。

 一方、ハートリーの反応は違う。

「ルーちゃん、すごいよ!」

「「へっ?」」

 半ば興奮したようなハートリーの反応に、我はネレムと一緒に変な声を上げてしまった。

「今の魔族の皆さんの顔を見た? 皆さん、すっごくいい顔をしていたよ。あれなら、人類に対するわだかまりもなくなるんじゃないかな。ほら、よく言うじゃない。健全な魂は健全な肉体に宿るって……。ルーちゃんは、魔族の皆さんを更正しようとしているんだよ」

 ふんと鼻息を荒くして力説する。
 眼鏡を曇らせたハートリーに対して、我とネレムは「お、おう」と若干引き気味に応じた。

 それはちょっと思い込みが激しくないだろうか、ハートリーよ。

 健全な魂は健全な肉体に宿るという理論でいうなら、魔族の健全はどちらかというと、人間を滅するという方だと思うがな。

 だが、あながち間違ってはいない。
 この鍛錬を通して、人類に復讐することをやめた魔族はいるからな。

「え? 本当にいるんですか?」

「やっぱり! すごい、ルーちゃん!!」

 2人は称賛する。
 その時だった。


「ぎゃああああああああああああああああ!!」


 断末魔の悲鳴に似た叫びが聞こえた。
 1匹の魔族が目の前の鍛錬場となった山から下りてくる。
 目を血走らせて、山から離れて行く。
 全速力でだ。

「脱走者だ!」
「捕まえろ!」
「逃がすな!!」

 それを他の魔族が追いかける。

「いやだ! こんなところにいるぐらいだったら、もう復讐なんていい!」

「そうはいかん!」
「打倒魔王を志したではないか」
「お前も筋肉に溺れろ!」
「大丈夫。痛くしないから」

 結局、他の魔族に回り込まれる。
 取り囲まれると、あえなく御用となった。
 その間も、脱走者は暴れ、喚き続ける。

 それを見ながら、再びハートリーとネレムは顔面を鍛えていた。

 突然の捕り物劇を見ても、己を鍛えるとは。
 ストイックだな。
 さすがは我が友人だ。

「うむ。ハーちゃんの言う通り、更正できているようですね」

「う、うん……。そうだね」

「さ、さすがルヴルの姐さんっす(一体、どんな鍛錬をしてるんだよ……)」

 2人は口の端をピクピク動かした。

「興味があるなら、2人もどうだ?」

 ぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶる……。

 ハートリーとネレムは、水を被った犬みたいに首を振る。

「い、いいよ。やっぱり見てるから」

「み、右に同じっす」

 そうか。
 残念だ。
 でも、いつか2人と鍛錬できる日が来るといいなあ。

 我は輝かしい朝日を望むのであった。

~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~

この話を読んで、「お前が言うな」って思わなかった人はいるのだろうか。
しおりを挟む

処理中です...