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3章

最終話 それぞれの道……。

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 学院長室に行く間、副院長の口数は少なかった。
 以前は頭蓋に響くような金切り声を上げて、我を叱っていたものだ。
 なのに、今日は借りてきた猫又のように大人しくなっている。

 いや、大人しいは少々大人しいヽヽヽヽ表現だったかもしれぬ。
 前を歩きながら、頻りに我の方に視線を向けている。
 その表情は多少なりとも強張っているようにみえた。

「何か副院長様、おかしくありませんか、ハーちゃん」

「うん。この前、学院長様に怒られたかな?」

 そう言えば、廊下で声を上げてお説教するな、と学院長に説教されていたな。

「こほん……」

 唐突に副院長は咳払いをした。
 それ以上何も言わなかったが、副院長はそのまま歩き続ける。
 学院長室に近づくと、副院長は小声でこう言った。

「ルヴル・キル・アレンティリ……」

「は、はい」

「あなた、何をしたの?」

 強い詰問口調でもなければ、冷淡な尋問でもない。
 言葉尻に、やや心配げな感情を付けて、副院長は学院長室のドアをノックした。

『お入りなさい』

 学院長の声が聞こえる。
 副院長がドアを開けて、我らを招き入れた。
 立っていたのは、ネレムだ。

「姐さん……」

「ネレムさんも呼ばれたのですね」

「え、ええ……」

 良かった、とばかりにネレムはホッと胸を撫で下ろす。
 すると、今度は学院長が穏やかな笑みを浮かべて、我の方に進み出た。

「大事な授業があるのに、3人とも呼び出してごめんなさいね」

「いえ。大聖母様のお呼び出しとあれば」

 我は膝をつき、手を胸の前で交叉させて、ルヴィアム教の挨拶の姿勢を取った。
 それを見て、ハートリーたちも慌てて倣う。
 若き聖女候補生の姿を満足そうに見つめた学院長は、さらにえくぼを深めた。

「わたくしから色々とお話ししたいことはいっぱいあるのだけれど、ルヴル・キル・アレンティリ」

「はい」

「あなたにお客様よ」

 部屋の一角に設えられたソファから立ち上がる者がいた。
 視線を動かすと、白髭を撫でる老人の姿があった。
 纏った赤い外套には、セレブリヤ王国の紋章が金糸で刺繍されていた。

「「「国王様!」」」

 我とハートリー、ネレムは声を揃える。
 慌てて、頭をそちらに向けて、膝をついた。

 セレブリヤ王国国王リュクレヒト・マインズ・セレブリヤだ。
 王宮で出会った時と同じく、人の良さそうな顔を浮かべて、「ほっほっほっ」と肩を震わせていた。

「良い。楽にせよ」

 言われ、我らは立ち上がる。

「どうして、国王様が学院に……」

「普通、召喚に応じて王宮で謁見するはずですが」

 子爵の息女であるネレムが解説する。

「王宮では、ちと話しにくいことなのでな。学院長に無理を言って、ここに来させてもらった」

「無理を言ってなど、とんでもありません、国王様」

「居心地が良ければ、どうぞゆっくりなさって下さい」

 大聖母は嬉しそうに笑う。
 国王もまた口を大きく開き、機嫌よさげに笑った。

「ほっほっほっ……。冗談に聞こえぬよ、アリアル。ここにはそなたを含めて、可愛い娘が多いからなあ」

「まあ、国王様ったら」

 アリアルも国王も楽しそうだ。

「なのに、宮廷の者たちは実に慎重でな。お主と会うことを最後まで止められた。ここにはお忍びで来ておる」

「他言無用ということですね。そうまでして、何故学院に?」

「今も言ったじゃろ? お主と会うためじゃ、ルヴル・キル・アレンティリ。いや、大魔王ルヴルヴィムと呼ぶべきか」

「国王様……」

「お主が聖クランソニア学院に戻ってくると聞いてな。余、自ら出向かねばと思ったのじゃ。すでに首は入念に洗っておるよ。お主の選択を聞きたい」

 それはつまり、自身の死を覚悟しているということだ。
 まさか死ぬために、ここにやって来たというのか。
 人類の王とは、なんたる潔いのか。
 いや、これが君主として当然の形なのかもしれぬ。

 我には縁遠いものではあったがな。

「本気ですか?」

「むろん……。そなたら魔族を騙し、滅ぼしたのだ。そして、今その大将たるあなたが我々の前に現れたのだ。責を負うのが王の役目……。許してくれとはいわぬ。一生、我が首の前で呪詛を吐いてくれてかまわぬ。どうか余の首1つで、国……いや、愚かであった人類を許して欲しい」

 先ほどまで穏やかな空気がピンと張りつめた。
 誰も何も言わない。
 ハートリーとネレムは事情を知っている。
 ギョッとした顔をしていたが、王の行動を止めようとはしなかった。

 学院長にしても同じだ。
 事情を国王から聞いたのかどうかはわからない。
 ただ黙ってやりとりを見ていた。

 3人が何もしなかったのは、恐らく国王の意志がそれだけ固いと見えたからだろう。
 許しを請う言葉、そして泰然とした佇まい……。
 我にはまるで、大魔王に降伏を願い出た勇者ロロのように見えた。

 なるほど。

 これが人の王であるのか。
 我にこの強さヽヽヽヽはない。
 求める強さのベクトルが違うしな。
 この姿こそが王道というなら、我が亡き後、魔族が滅んだというのも頷けるというものだ。

 しかし、それでも人類は我に勝てなかった。
 ロロがいくら修行し強くなろうが、国王が君主として覇道を極めようが、我はそれらすべてを上回っていることは事実。

 暴力と一言で括れば、安い言葉に思うだろうが、それは真理であった。

「リュクレヒトよ……」

 我は声をかける。
 大魔王として……。

「そなたは言ったな。我に自由を与えると……。後にも先にも、我に物をやったという君主はお前が初めてだ。我はもっぱら奪う側であったからな」

「それは光栄じゃな」

「だが、我に自由を与えておいて、自分の首をはねよと命を下すのは、ひどく矛盾した行動ではないのか?」

「…………っ!」

 国王はゆっくりと顔を上げる。

「そなたの生殺与奪もまた自由……。まあ、自由という供物は案外悪くはない。お前を倒して、次期国王が撤回したりしたら困るからな」

「では……」

「命などとらんよ。この国も滅ぼしたりなどもせぬ。そもそも我がほしい命は、お前のような老人の命ではない。我の魂を震わせるにたる強者の命だ」

 我はニヤリと笑った。
 恐らくその笑みは非常にジャアクであったのだろう。
 周囲の人間たちが、ぞっと顔を青くするのがわかった。

「こほん……。それに今の私はヽヽ大魔王ルヴルヴィムなどではありません。ターザムの娘ルヴル・キル・アレンティリですので」

 我は制服のスカートの端を摘み、改めて典雅に挨拶した。

「では、お主はこれからどうするつもりだ?」

「答えるまでもありません。回復魔術を極めるだけです」

「回復魔術を? 極める?」

 国王は戸惑いながら、学院長に助けを求めた。
 その学院長は肩を竦めて、微笑んだ。

「別に何も変わりませんよ、国王様。ただアレンティリの娘であることと、これまで通り学院を通学させていただきたいということ。そして――――」

 我はハートリーとネレムの手を繋ぐ。

「友達と一緒にいることを、望むだけです……」

 その時――。
 国王の目に映った銀髪の少女の顔は、薔薇でもスミレでもなく、道ばたで顔を上げる野花のように元気良く輝いていた。

「ほっほっほっ……。余らは何か勘違いをしていたのかもしれぬな」

 国王は1人納得したように頷いた。

「良かろう……。いや、余が許すまでもない。好きにするがよい、ルヴル・キル・アレンティリよ。そなたは、そなたの道を歩むがよい」

勿論むろんそのつもりですわそのつもりだ

 こうして我は一学生に戻った。
 大魔王ではなく、聖女として人生を再び歩き出す。
 かけがえのない友と一緒に……。

「良かったね、ルーちゃん」
「いつまでもついていきます、ルヴルの姐さn」

 うむ。

 2人がいれば、我も心強い。
 共に回復魔術の深奥を覗こうではないか……。




 これで我の話は終いだ。
 何? もっと読みたい? 話数が短いだと?

 ならば、全力でかかってくるがいい。
 その前に、HP・MPは満タンか、装備の貯蔵は十分であろうな。
 何――? それはいかん。
 我と相手するのだ。
 全力でなければ、困る。


 さあ、回復してやろう……。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~

これにて最終回となります。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
作者としては、時々ルヴルの破天荒ぶりに自分で笑いながら、
かなり楽しく書かせていただきました。

読者の皆様はいかがだったでしょうか?
感想などで教えていただけると嬉しいです。


ちなみに小説家になろうの方では、新作を投稿しております。
アルファポリスの方にも近日投稿を考えておりますので、
今しばらくお待ち下さい。

それではまたどこかにお目にかかりましょう。
ではでは(^o^)ノシ
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