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第17話
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ガヤガヤと言うよりは、ドカドカとかギャーギャーと言った方が相応しい騒ぎが廊下でしていた。
その騒ぎにハラダは読んでいた雑誌から顔をあげ、未だベッドの上で眠り続ける翔を確認した。
長年のカンからか、その騒動は自分の害になるものだとは思えない。
と言うよりは、聞こえてくる声に聞き覚えがありすぎて警戒心をわかす暇もないと言ったところだ。
「待てと言ってるだろう。こらっ勝手に入るんじゃない」
「うるさいなっ!ハラダさんとはダチなんだからいんだよ!邪魔すんなっ」
「なんだと、このやろっ…」
「あーあー、すいません~ごめんなさい~。こいつ気が立ってるんで。でも本当に知り合いなんすよ俺たち」
などと言う会話だ。
「あちらさんから来たか」
声を聞きながらハラダはにやりと微笑んだ。
「いい、通してやれ」
加賀屋がその中に割って入る。
「加賀屋さん…でも」
「いいんだ。探していたんだ、彼を。ボスのお探しの人物でな」
加賀屋の言葉に蒼真達を必死に止めていたお兄さん達はーはぁ…ーとあまり納得してなさそうだったが、加賀屋が言うのなら…と引き下がってくれた。
「岩沙さん、お待ちしてました。あちらの部屋です」
「と、言う事は、まだ無事なんですね」
「はい」
加賀屋は微笑んで蒼真の後ろに目を向ける。
「ユージが連れて来てくれたのか、ありがとうな」
ユージの部屋で受け取った連絡は、ハラダグミが誰かを探しているという情報だった。その情報を詳しく辿ってみたら、探しているのは内々情報で蒼真っぽいと言うことになり、今のタイミングならと乗り込んできたのだ。
蒼真は、ハラダグミが人を探してるという時点で自分だと確信はしていたが、今回ばかりは念には念をいれ、きちんと内密の中で自分だという情報もあったから来たのも事実だ。
「こちらです、どうぞ。ユージは悪いが別部屋になるがすまないな」
丁寧に説明してくれて、蒼真はまずここに世話になっていた時に使わせてもらっていた部屋に通され、ユージは隣の部屋に…と言われ、軽く手を振って別れた。
加賀屋に促されて入った部屋に入ると、奥のベッドに翔が寝かされていて、その前にハラダが立っていた。
「はぐれちまったのか?2人とも」
ハラダはそう言って蒼真を迎える。
「ええ、もう無理やりね」
蒼真も相当キていたので、嫌味にそう言ってキツい目を投げかけた。
翔の側から離れない蒼真に、用意されたワゴンからハラダ自らが茶を淹れてくれた。
翔のベッドのメディカルチェックに目を通し、ベッドの脇にひざまづいていた蒼真は、ハラダのー茶が入ったぞーの一言で漸く振り向く。
翔はどうやら前回の時と同じ薬で眠らされているらしかった。暫くは目を覚まさないだろうと判断して、蒼真は不安半分安心半分でハラダの前の席に着く。
「迷惑かけついでに、生理食塩水とブドウ糖を用意していただけますか。点滴ではなくエアシリンダーで」
ハラダではなく加賀屋に向かってそう言うと、加賀屋は一度ハラダの確認を取り、
「わかりました」
と部屋を出て行った。
「少し厄介な薬で眠らされているので、最低限の栄養…起きた時に多少身動きできるだけのものをいれておかないと、と思いまして」
ーいただきますーとお茶を口にする。口にしてみて少し笑みがこぼれたのは、鎮静作用があると言われているカモミールティーだったから。
今、翔を目の前に置いてだいぶ気が落ち着いたから思えるが、さっきまでの自分は随分酷い有様だったんだろうなと少し反省した。
「しかしな、明日の夕方には迎えが来るそうだぞ。今そんな物を翔くんに入れたところで関係なくないか?」
「明日の夕方…」
「ああ」
蒼真は思っていたこと過ぎてため息も出ない。
MBLから『アレ』が出てきたと聞いた時点では、翔はそのままMBLへ運び込まれると思っていたが、自分と翔を一緒に連れて行きたければ、自分が出てくるのを待つはずだと考えていた。
そして、あのジョイスがあれだけやられたことを考えると、不意打ちの上、喧嘩慣れしているものが介在していると想定したら、連れて行ったのはMBLの人間ではなくどこかの組織が絡んでいる事は明白である。
しかしなんだかうまく行き過ぎている感は否めないが、もう逃げ出すのは明日だ。自分の思考が勝ったと言うことにして、明日を無事に飛行機の中で終わらせたい。そのことだけを考えることにした。
…が、もしもあのまま翔がMBLへ運び込まれたとしたら、その時はその時で自分は迷わずにラボに向かうだろうから、そうしないで微かなチャンスでもくれたハワードをこの時ばかりは少しだけ感謝した。
そして今度は、ハラダと大人の駆け引きの時間が始まる。
「ハラダさん。今回翔を攫ったのは、MBLの依頼なんでしょう?」
カモミールをありがたくいただきながら、最初から確信をついてゆく。
「なんでそう思う?」
ハラダとしても、そう簡単には依頼人を晒してしまったら、この仕事はやってゆけない。
「今回の仕事にMBLから一名出たはずです。そいつが出たにも関わらず、翔が貴方のところに運び込まれたのを、あなたは不思議に思ってる……当たりでしょ」
ハラダは黙っている。
「俺がMBLの依頼だと思う理由はね、明日の夕方まで奴らが待つ原因が俺だと言うことが判っているからなんですよ」
ハラダの眉が上がった。
「まあ、大方そうだろうとは思ってはいたが、判ってて来たってことか…」
ソーサーにカップを置いて、それを蒼真はテーブルへ戻した。
「それについてだがな…お前達とMBLの関係ってのは一体どういう…」
蒼真は、ーまあそこはやっぱ気になるよなーとハラダの心情を理解し、これから非常識な願い事をしなければならない手前、話さないわけにはいかないだろうと踏む。
非常識な頼み、つまりハラダにはMBLとの契約を反故にしてもらわなければならないこと。
取り敢えず、前回チケットを取ってもらってあれからどうなったかをおおまかにハラダに説明をした。その中に圭吾とジョイスのことも盛り込んだが、刑事だと言う事は伝えたが、麻薬特捜部の人間だと言うことはあえて言わないでおいた。
「それで、俺たちとMBLの関係ですが…」
ハラダはお茶を口にしながら、興味深そうに話を聞いている。
「俺は、MBLの元職員です」
流石のハラダも驚いたようだ。まあ確かに先ほどの翔への体調チェックの怠りのなさはそれを彷彿させるものもあったが、そんな優秀な人材だとは……
「じゃあ、翔君もか?」
「いえ、翔は…なんていうか、患者というか、とあるプロジェクトに関わる…うん、まあ患者みたいな感じです。俺が担当してました」
蒼真にしてみれば、この話はユージや圭吾達にも話している事なので大した事は言っていないつもりなのだが、ハラダは言葉を失ったように蒼真を見つめ、お茶を飲む動作まで止まってしまっている。
「そのプロジェクトの実験材料…と敢えて言いますが、その翔を連れて俺は逃げたものだから、MBL(ラボ)はムキになって俺たちを追い回しているというわけです」
カモミールの香りと味は、確かに気持ちを落ち着かせてくれて、ハラダに話す内容も自分の中でちゃんと整理して話せていることに安堵した。
ハラダも蒼真の話で色々思うことがあったのか、
「そう…か、それは…」
と絞り出すように一言発しただけで、後は機械のようにカップを口に運ぶだけである。
「これで俺たちとMBLの関係は解っていただけたと思いますが…」
ハラダはずっと考え込んでいる。多分、なんと言って声をかけたらいいのか難しいのだろう。
「所でハラダさん、いつもお願い事ばかりで申し訳ないんですが、明日の午前中内に翔を俺の指定場所まで連れて来てはもらえないでしょうか」
蒼真もこの話はもう終わりたかったので、話題の転換に今日のメインを話だす。
その言葉には、ハラダの表情が動いた。
さっき蒼真が思っていたハラダにMBLとの契約を反故にしろという願い。
そう簡単にハラダが聞き入れるとは思ってもいないし、事実難しいとさえ思っている。だが、やってもらわねばならない。
「それは…今後の俺の信用にも関わって来る問題だな…」
ようやく紡げた言葉で、ハラダも難しい顔はしていたが声はどことなく面白そうな雰囲気を含んでいた。
「でかい儲け口をなくす代償はきちんと保証します」
「どうやって?」
「先日約束した『ピュア』2kgにプラスして3kg都合します。いかがですか?契約金よりだいぶ儲かる話じゃないですか?」
不敵に笑っている蒼真にハラダも悩む。確かに『ピュア』5kgあれば、ハラダのこれからの人生暮らしていけるだけの金額が手に入る。
MBLとの契約は、この世界の人間はどこもやってはいるが身入りが悪いことでも有名だ。だったら…
「損な話ではないはずです。MBLケチだし」
さりげなく同じ事をディスって蒼真は笑った。
が、ハラダも黙って蒼真の言いなりにはなってはいない。
「今回は“おまけ”はつかないのか?」
笑い返して細巻きの葉巻に火をつける。
蒼真は一瞬動きを止めて、今度は蒼真の思考タイムだ。
『ピュア』5kgのみで動かないところがハラダだよなぁ、とは蒼真も思う。この親分さんは、実益だけではどうにも動かないところがあるのだ。
ハラダ自身、既にこの状況に興味を持っていて、全てを知らなければ気が済まないとさえ思っている。
「何か他に入り用でしたらなんでも揃えさせていただきます。翔以外ならね」
些細な意地悪でちゃんと釘も刺しておいた。
「そう言われちまうと…」
ハラダも苦笑する。
「それに今回は、明日も早いので、俺自身も提供して差し上げられません…残念ですが…」
前回の手酷い…と言うか、良かったのだが体力の限り相手をさせられたことを思うと、今回はご辞退申し上げたい…。
それにはハラダも破顔して大笑いをした。
「それは俺も残念だな」
蒼真の少しも残念そうではない言葉の雰囲気に可笑しさを隠せない。
「それならばだ、一つ質問に答えてはくれないか。答えてくれたら明日、翔くんをお前の言うところへ届ける」
「ありがとうございます。答えられる限りのことはお答えします」
蒼真がそう答えた時、ノックの音がして加賀屋が顔を覗かせた。
「先ほどのものをお持ちしました」
加賀屋がトレイに乗ったブドウ糖と生理食塩水を持って入ってきたが、その後ろに元よりは小型なのであろうが、一般の家庭には馬鹿でかいマシンが続いて入って来る。
「え…供給機…?」
蒼真は割と馴染みのある機械ではあったが、普通入院患者へ使用されるもので、点滴のように針を刺して徐々に液体を体内へいれると言うものではなく、腕に巻いたベルトからゆっくりと体内へ取り込めるようになっている機械である。
「主治医に依頼したら、『ブドウ糖はいずれにしろ、生理食塩水をシリンダーで入れるのは良くない』といってこれを貸してくださって…」
加賀屋も少々困ったように笑っていた。
「あー、そっか…そうだよなぁ…」
と、ここでも蒼真は、自分が冷静さを欠いていたことが露呈する。
「ありがたいです。助かります」
「使い方は?」
一応加賀屋も聞いて来たのだろう。尋ねてみるが『大丈夫』と言う返答で、マシンの上に2つのパックを置き、ハラダの脇へポジションを戻した。
蒼真は慣れた様子でパックをマシンの所定の場所に納めると、ここへ運ばれた時点でバッテリーはフルだろうから、迷わずに電源を入れた。
それから、マシンに装備されているベルトを持って翔の側へゆくと、見慣れないジョイスのであろうシャツをめくり両の二の腕にそれぞれ巻きつけて、マシンで左右の量を調整してから元いた椅子へ戻ってくる。
一連の動きをハラダも加賀屋も感心して見つめていた。
「徐々にいれているのでどうなるかはわかりませんが、もし目が覚めたら消化の良い食事をさせてください。多分起きないと思うんですが、ブドウ糖を入れたのでどうなるか読めなくて。終わったら上のランプが赤くなるので、腕からベルトを外して電源を切っておいてください。で…質問て?」
ハラダは肘掛けについた腕で顎を支えた格好を解いた。
「今も見させてもらったが、お前と翔くんの関係がちょっと気になってな。実験材料?を持ち出したと言う関係だけにしては、翔くんに対する熱の入れようがすごいと思うんだが…」
蒼真はその問いに微笑んだ。
「ハラダさんはお子さんいますか?」
「娘が1人いるが…」
「今の俺の気持ちは、あなたのお嬢さんが誘拐未遂にあった時の貴方と同じ気持ちです…って言ったら、解ってもらえますか?」
「あん?」
突拍子もない言葉に、ハラダの声が裏返ってしまう。傍の加賀屋も困惑の表情だ。
「ん?それは…翔くんがお前の子供だって言う…こと…になるのか?んん?」
それはハラダも混乱する。どう見ても年は同じ様だし、蒼真が年上だったとしても子供ができる年齢差にも見えない。
蒼真はその慌てぶりに申し訳ないと思いながらも吹き出してしまった。
「いくらなんでも、0歳の時に子供は作れませんよ俺でも。でも、詳しいことは言えないけど、似た様なものなんです、俺たちの関係はね。だからハラダさん、前回俺に言ったこと、親父に向かって息子さんをくださいって言ったも同然な…」
『だから』の辺りから蒼真は可笑しさが止まらなくて、とうとう膝に突っ伏してしまった。
蒼真があまりに笑って言うものだから、ハラダと加賀屋は騙されてるのかとさえ思っている。
「ほんと、ごめんなさい…想像したら可笑しくて。でも本当に、0歳の時の子じゃあないですけど、息子みたいなもんなんですよ、翔は。後は俺が元MBL職員だったことを踏まえて勝手に想像してください」
いって蒼真は立ち上がった。
「帰ります。俺がいつまでもここにいたら、思惑通り一網打尽になってしまう。それこそMBLの思う壺なので。明日の朝まで翔をお願いします。連れて来ていただく場所は、夕方手紙として届けますのでよろしくお願いします」
ハラダの質問に対する蒼真の返答が要領を得ないが、蒼真は言うだけ言うと契約は成立したものとして話していた。
ハラダも立ち上がりはしたが、どこか不可解な顔をしている。
「何がなにやら…」
「ゆっくり考えてください。言っておきますけど、ここまで話したのはハラダさんが初めてですよ。信用してんですから…俺」
罪作りな笑顔でハラダの手を取って無理やり握手すると、軽い足取りでドアへ向かう。
「あ、ユージは隣の部屋ですよね」
振り向いて今度は加賀屋へ尋ねる。簡単に隣とは言っても微妙にニュアンスが違うのだ。
いついかなる時も命の危険に晒されているマフィアの親分さんの住処としては当然の間取り。
「案内しよう」
意に反してハラダ自らが案内してくれることに
「ありがとうございます」
と頭を下げ、蒼真は従っていった。
その騒ぎにハラダは読んでいた雑誌から顔をあげ、未だベッドの上で眠り続ける翔を確認した。
長年のカンからか、その騒動は自分の害になるものだとは思えない。
と言うよりは、聞こえてくる声に聞き覚えがありすぎて警戒心をわかす暇もないと言ったところだ。
「待てと言ってるだろう。こらっ勝手に入るんじゃない」
「うるさいなっ!ハラダさんとはダチなんだからいんだよ!邪魔すんなっ」
「なんだと、このやろっ…」
「あーあー、すいません~ごめんなさい~。こいつ気が立ってるんで。でも本当に知り合いなんすよ俺たち」
などと言う会話だ。
「あちらさんから来たか」
声を聞きながらハラダはにやりと微笑んだ。
「いい、通してやれ」
加賀屋がその中に割って入る。
「加賀屋さん…でも」
「いいんだ。探していたんだ、彼を。ボスのお探しの人物でな」
加賀屋の言葉に蒼真達を必死に止めていたお兄さん達はーはぁ…ーとあまり納得してなさそうだったが、加賀屋が言うのなら…と引き下がってくれた。
「岩沙さん、お待ちしてました。あちらの部屋です」
「と、言う事は、まだ無事なんですね」
「はい」
加賀屋は微笑んで蒼真の後ろに目を向ける。
「ユージが連れて来てくれたのか、ありがとうな」
ユージの部屋で受け取った連絡は、ハラダグミが誰かを探しているという情報だった。その情報を詳しく辿ってみたら、探しているのは内々情報で蒼真っぽいと言うことになり、今のタイミングならと乗り込んできたのだ。
蒼真は、ハラダグミが人を探してるという時点で自分だと確信はしていたが、今回ばかりは念には念をいれ、きちんと内密の中で自分だという情報もあったから来たのも事実だ。
「こちらです、どうぞ。ユージは悪いが別部屋になるがすまないな」
丁寧に説明してくれて、蒼真はまずここに世話になっていた時に使わせてもらっていた部屋に通され、ユージは隣の部屋に…と言われ、軽く手を振って別れた。
加賀屋に促されて入った部屋に入ると、奥のベッドに翔が寝かされていて、その前にハラダが立っていた。
「はぐれちまったのか?2人とも」
ハラダはそう言って蒼真を迎える。
「ええ、もう無理やりね」
蒼真も相当キていたので、嫌味にそう言ってキツい目を投げかけた。
翔の側から離れない蒼真に、用意されたワゴンからハラダ自らが茶を淹れてくれた。
翔のベッドのメディカルチェックに目を通し、ベッドの脇にひざまづいていた蒼真は、ハラダのー茶が入ったぞーの一言で漸く振り向く。
翔はどうやら前回の時と同じ薬で眠らされているらしかった。暫くは目を覚まさないだろうと判断して、蒼真は不安半分安心半分でハラダの前の席に着く。
「迷惑かけついでに、生理食塩水とブドウ糖を用意していただけますか。点滴ではなくエアシリンダーで」
ハラダではなく加賀屋に向かってそう言うと、加賀屋は一度ハラダの確認を取り、
「わかりました」
と部屋を出て行った。
「少し厄介な薬で眠らされているので、最低限の栄養…起きた時に多少身動きできるだけのものをいれておかないと、と思いまして」
ーいただきますーとお茶を口にする。口にしてみて少し笑みがこぼれたのは、鎮静作用があると言われているカモミールティーだったから。
今、翔を目の前に置いてだいぶ気が落ち着いたから思えるが、さっきまでの自分は随分酷い有様だったんだろうなと少し反省した。
「しかしな、明日の夕方には迎えが来るそうだぞ。今そんな物を翔くんに入れたところで関係なくないか?」
「明日の夕方…」
「ああ」
蒼真は思っていたこと過ぎてため息も出ない。
MBLから『アレ』が出てきたと聞いた時点では、翔はそのままMBLへ運び込まれると思っていたが、自分と翔を一緒に連れて行きたければ、自分が出てくるのを待つはずだと考えていた。
そして、あのジョイスがあれだけやられたことを考えると、不意打ちの上、喧嘩慣れしているものが介在していると想定したら、連れて行ったのはMBLの人間ではなくどこかの組織が絡んでいる事は明白である。
しかしなんだかうまく行き過ぎている感は否めないが、もう逃げ出すのは明日だ。自分の思考が勝ったと言うことにして、明日を無事に飛行機の中で終わらせたい。そのことだけを考えることにした。
…が、もしもあのまま翔がMBLへ運び込まれたとしたら、その時はその時で自分は迷わずにラボに向かうだろうから、そうしないで微かなチャンスでもくれたハワードをこの時ばかりは少しだけ感謝した。
そして今度は、ハラダと大人の駆け引きの時間が始まる。
「ハラダさん。今回翔を攫ったのは、MBLの依頼なんでしょう?」
カモミールをありがたくいただきながら、最初から確信をついてゆく。
「なんでそう思う?」
ハラダとしても、そう簡単には依頼人を晒してしまったら、この仕事はやってゆけない。
「今回の仕事にMBLから一名出たはずです。そいつが出たにも関わらず、翔が貴方のところに運び込まれたのを、あなたは不思議に思ってる……当たりでしょ」
ハラダは黙っている。
「俺がMBLの依頼だと思う理由はね、明日の夕方まで奴らが待つ原因が俺だと言うことが判っているからなんですよ」
ハラダの眉が上がった。
「まあ、大方そうだろうとは思ってはいたが、判ってて来たってことか…」
ソーサーにカップを置いて、それを蒼真はテーブルへ戻した。
「それについてだがな…お前達とMBLの関係ってのは一体どういう…」
蒼真は、ーまあそこはやっぱ気になるよなーとハラダの心情を理解し、これから非常識な願い事をしなければならない手前、話さないわけにはいかないだろうと踏む。
非常識な頼み、つまりハラダにはMBLとの契約を反故にしてもらわなければならないこと。
取り敢えず、前回チケットを取ってもらってあれからどうなったかをおおまかにハラダに説明をした。その中に圭吾とジョイスのことも盛り込んだが、刑事だと言う事は伝えたが、麻薬特捜部の人間だと言うことはあえて言わないでおいた。
「それで、俺たちとMBLの関係ですが…」
ハラダはお茶を口にしながら、興味深そうに話を聞いている。
「俺は、MBLの元職員です」
流石のハラダも驚いたようだ。まあ確かに先ほどの翔への体調チェックの怠りのなさはそれを彷彿させるものもあったが、そんな優秀な人材だとは……
「じゃあ、翔君もか?」
「いえ、翔は…なんていうか、患者というか、とあるプロジェクトに関わる…うん、まあ患者みたいな感じです。俺が担当してました」
蒼真にしてみれば、この話はユージや圭吾達にも話している事なので大した事は言っていないつもりなのだが、ハラダは言葉を失ったように蒼真を見つめ、お茶を飲む動作まで止まってしまっている。
「そのプロジェクトの実験材料…と敢えて言いますが、その翔を連れて俺は逃げたものだから、MBL(ラボ)はムキになって俺たちを追い回しているというわけです」
カモミールの香りと味は、確かに気持ちを落ち着かせてくれて、ハラダに話す内容も自分の中でちゃんと整理して話せていることに安堵した。
ハラダも蒼真の話で色々思うことがあったのか、
「そう…か、それは…」
と絞り出すように一言発しただけで、後は機械のようにカップを口に運ぶだけである。
「これで俺たちとMBLの関係は解っていただけたと思いますが…」
ハラダはずっと考え込んでいる。多分、なんと言って声をかけたらいいのか難しいのだろう。
「所でハラダさん、いつもお願い事ばかりで申し訳ないんですが、明日の午前中内に翔を俺の指定場所まで連れて来てはもらえないでしょうか」
蒼真もこの話はもう終わりたかったので、話題の転換に今日のメインを話だす。
その言葉には、ハラダの表情が動いた。
さっき蒼真が思っていたハラダにMBLとの契約を反故にしろという願い。
そう簡単にハラダが聞き入れるとは思ってもいないし、事実難しいとさえ思っている。だが、やってもらわねばならない。
「それは…今後の俺の信用にも関わって来る問題だな…」
ようやく紡げた言葉で、ハラダも難しい顔はしていたが声はどことなく面白そうな雰囲気を含んでいた。
「でかい儲け口をなくす代償はきちんと保証します」
「どうやって?」
「先日約束した『ピュア』2kgにプラスして3kg都合します。いかがですか?契約金よりだいぶ儲かる話じゃないですか?」
不敵に笑っている蒼真にハラダも悩む。確かに『ピュア』5kgあれば、ハラダのこれからの人生暮らしていけるだけの金額が手に入る。
MBLとの契約は、この世界の人間はどこもやってはいるが身入りが悪いことでも有名だ。だったら…
「損な話ではないはずです。MBLケチだし」
さりげなく同じ事をディスって蒼真は笑った。
が、ハラダも黙って蒼真の言いなりにはなってはいない。
「今回は“おまけ”はつかないのか?」
笑い返して細巻きの葉巻に火をつける。
蒼真は一瞬動きを止めて、今度は蒼真の思考タイムだ。
『ピュア』5kgのみで動かないところがハラダだよなぁ、とは蒼真も思う。この親分さんは、実益だけではどうにも動かないところがあるのだ。
ハラダ自身、既にこの状況に興味を持っていて、全てを知らなければ気が済まないとさえ思っている。
「何か他に入り用でしたらなんでも揃えさせていただきます。翔以外ならね」
些細な意地悪でちゃんと釘も刺しておいた。
「そう言われちまうと…」
ハラダも苦笑する。
「それに今回は、明日も早いので、俺自身も提供して差し上げられません…残念ですが…」
前回の手酷い…と言うか、良かったのだが体力の限り相手をさせられたことを思うと、今回はご辞退申し上げたい…。
それにはハラダも破顔して大笑いをした。
「それは俺も残念だな」
蒼真の少しも残念そうではない言葉の雰囲気に可笑しさを隠せない。
「それならばだ、一つ質問に答えてはくれないか。答えてくれたら明日、翔くんをお前の言うところへ届ける」
「ありがとうございます。答えられる限りのことはお答えします」
蒼真がそう答えた時、ノックの音がして加賀屋が顔を覗かせた。
「先ほどのものをお持ちしました」
加賀屋がトレイに乗ったブドウ糖と生理食塩水を持って入ってきたが、その後ろに元よりは小型なのであろうが、一般の家庭には馬鹿でかいマシンが続いて入って来る。
「え…供給機…?」
蒼真は割と馴染みのある機械ではあったが、普通入院患者へ使用されるもので、点滴のように針を刺して徐々に液体を体内へいれると言うものではなく、腕に巻いたベルトからゆっくりと体内へ取り込めるようになっている機械である。
「主治医に依頼したら、『ブドウ糖はいずれにしろ、生理食塩水をシリンダーで入れるのは良くない』といってこれを貸してくださって…」
加賀屋も少々困ったように笑っていた。
「あー、そっか…そうだよなぁ…」
と、ここでも蒼真は、自分が冷静さを欠いていたことが露呈する。
「ありがたいです。助かります」
「使い方は?」
一応加賀屋も聞いて来たのだろう。尋ねてみるが『大丈夫』と言う返答で、マシンの上に2つのパックを置き、ハラダの脇へポジションを戻した。
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それから、マシンに装備されているベルトを持って翔の側へゆくと、見慣れないジョイスのであろうシャツをめくり両の二の腕にそれぞれ巻きつけて、マシンで左右の量を調整してから元いた椅子へ戻ってくる。
一連の動きをハラダも加賀屋も感心して見つめていた。
「徐々にいれているのでどうなるかはわかりませんが、もし目が覚めたら消化の良い食事をさせてください。多分起きないと思うんですが、ブドウ糖を入れたのでどうなるか読めなくて。終わったら上のランプが赤くなるので、腕からベルトを外して電源を切っておいてください。で…質問て?」
ハラダは肘掛けについた腕で顎を支えた格好を解いた。
「今も見させてもらったが、お前と翔くんの関係がちょっと気になってな。実験材料?を持ち出したと言う関係だけにしては、翔くんに対する熱の入れようがすごいと思うんだが…」
蒼真はその問いに微笑んだ。
「ハラダさんはお子さんいますか?」
「娘が1人いるが…」
「今の俺の気持ちは、あなたのお嬢さんが誘拐未遂にあった時の貴方と同じ気持ちです…って言ったら、解ってもらえますか?」
「あん?」
突拍子もない言葉に、ハラダの声が裏返ってしまう。傍の加賀屋も困惑の表情だ。
「ん?それは…翔くんがお前の子供だって言う…こと…になるのか?んん?」
それはハラダも混乱する。どう見ても年は同じ様だし、蒼真が年上だったとしても子供ができる年齢差にも見えない。
蒼真はその慌てぶりに申し訳ないと思いながらも吹き出してしまった。
「いくらなんでも、0歳の時に子供は作れませんよ俺でも。でも、詳しいことは言えないけど、似た様なものなんです、俺たちの関係はね。だからハラダさん、前回俺に言ったこと、親父に向かって息子さんをくださいって言ったも同然な…」
『だから』の辺りから蒼真は可笑しさが止まらなくて、とうとう膝に突っ伏してしまった。
蒼真があまりに笑って言うものだから、ハラダと加賀屋は騙されてるのかとさえ思っている。
「ほんと、ごめんなさい…想像したら可笑しくて。でも本当に、0歳の時の子じゃあないですけど、息子みたいなもんなんですよ、翔は。後は俺が元MBL職員だったことを踏まえて勝手に想像してください」
いって蒼真は立ち上がった。
「帰ります。俺がいつまでもここにいたら、思惑通り一網打尽になってしまう。それこそMBLの思う壺なので。明日の朝まで翔をお願いします。連れて来ていただく場所は、夕方手紙として届けますのでよろしくお願いします」
ハラダの質問に対する蒼真の返答が要領を得ないが、蒼真は言うだけ言うと契約は成立したものとして話していた。
ハラダも立ち上がりはしたが、どこか不可解な顔をしている。
「何がなにやら…」
「ゆっくり考えてください。言っておきますけど、ここまで話したのはハラダさんが初めてですよ。信用してんですから…俺」
罪作りな笑顔でハラダの手を取って無理やり握手すると、軽い足取りでドアへ向かう。
「あ、ユージは隣の部屋ですよね」
振り向いて今度は加賀屋へ尋ねる。簡単に隣とは言っても微妙にニュアンスが違うのだ。
いついかなる時も命の危険に晒されているマフィアの親分さんの住処としては当然の間取り。
「案内しよう」
意に反してハラダ自らが案内してくれることに
「ありがとうございます」
と頭を下げ、蒼真は従っていった。
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内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
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零
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心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
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