89 / 265
89
しおりを挟む「やっと……久しぶりに福佐山都市に帰ってこれたんだから、少しは自宅に戻ってのんびりしたいような気がするんだけど」
有紗がそっと背伸びをしながら、柔らかな口調でつぶやく。その横で、純子が両手を腰に当ててうなずいた。
「そうよね。少しは休みを入れてもいいわよね?」
「さんせーい!」
沙耶が勢いよく手を挙げ、明るく賛同の声を上げる。三人の女子たちは、まるで申し合わせたように顔を見合わせ、笑みを浮かべた。
その雰囲気をぶち壊すように、明が眉をひそめて言い放つ。
「なんだよ。そんなん時間の無駄じゃねーか!」
純子が即座に睨み返し、腕を組んで一歩前に出る。
「あんた、馬鹿! 女の子は色々準備をすることがあるんだから。お休みももらって、色々買いそろえたいものだってあるのよ!」
明は目をそらしながら、つまらなそうにぼやく。
「そんなん、卓郎に『お取り寄せ』してもらえばいいじゃんか」
その一言に、純子の顔が一気に赤く染まる。
「お、おとこに見せられないものを買うことだってあるでしょう! 恥ずかしいこと言わせないでよ!」
言い終えるや否や、純子は頬を抑え、そっぽを向いた。
「……あっ、いや、ごめん」
さすがの明も、純子の反応にたじろいで視線を泳がせる。
その横で、沙耶がくすくす笑い、有紗がふんわりとした声で仲裁する。
「まあまあ、明君も。私たち、ちょっとだけ休んだら、すぐまた合流するから。ね?」
「……分かったよ。ちゃんと明日、時間通りに来いよ?」
「はーい!」
沙耶がぴょんと跳ねるように手を振った。
そして三人の女子たちは、それぞれの家路へと足を向ける。背中には軽い荷物、けれど、胸の中には何かときめく予定が詰まっているようだった。
残された卓郎と明は、ぼんやりとその背中を見送っていた。
「なあ卓郎……女子って、めんどくせぇな」
「……だな。でも、まあ……楽しそうではあるよな」
二人はふと顔を見合わせ、苦笑いした。
――純子・自宅
「はぁ……」
カチャリ、と鍵を閉める音と同時に、純子はその場に背をもたれかけた。壁にずるずると滑り落ちて床に座り込む。遠征から帰ったばかりの身体は鉛のように重たく、足の裏がじんじんと痛む。
「つっかれたぁ……もう、今日は何もしたくない……」
しばらくそのまま放心していたが、やがて「はっ」と我に返った。
「ダメダメ、こんなとこで寝てたらまた明日バタバタすることになるじゃん……」
立ち上がると、足元のブーツをようやく脱ぎ捨てて、リビング兼自室へ向かう。扉を開ければ、そこは淡いベージュのカーテンに、ラグが敷かれたささやかな空間。ぬいぐるみが並んだ棚の前には、戦闘用の弓と予備の矢束が無造作に立てかけられていた。
「……片付けるのも明日でいっか」
ベッドにダイブするように身体を投げ出す。ふかふかの毛布が肌に心地よい。けれど、脳裏にふと、戦闘中のある記憶がよみがえる。
「よし。まずは下着買いに行かなくちゃ……」
ぽつりとこぼれた言葉は、だんだんと熱を帯びていく。
「あのバカ男共の前でボロボロのまま戦ってたとか……もう、思い出すだけで泣きたい……!」
ぐるぐると布団に顔を埋めてじたばたしながら悶絶する。髪がぐちゃぐちゃになったのを感じて、しぶしぶ顔を出し、勢いよく跳ね起きた。
「もう我慢できない……!」
彼女はまるで一大決心をするかのようにクローゼットの扉を開け放った。中には、遠征中に酷使された衣類が無理やり詰め込まれている。どれもこれも、毛羽立ちやらほつれやら、見るも無残。
「っていうか、もう全部限界来てるじゃない……。遠征長すぎなんだっての!」
怒りまじりに服を引っ張り出しては、ベッドの上に次々と放り投げる。
そしてふと、手にしたシャツの柄に目を止めた。
「……これ、最初の討伐前に買ったやつだっけ」
指先で柄をなぞる。まだ冒険者になりたての頃、少しでも気分を上げたくて、勇気を出して選んだ、ちょっと可愛い服。
「……それに、ちょっと可愛い服も欲しいかも」
ぽつりと呟いて、鏡の前に立つ。乱れた髪を櫛でとかしながら、自分の顔を見つめる。
「いや、別に誰のためでもないけど? 自分のテンション上げるため!」
鏡の中の自分に言い聞かせるように笑い、だけどその頬はほんのりと赤い。
そう、戦うための準備だけじゃない。自分のために、ちゃんと整えたい。そんな当たり前のことを、ようやく思い出したような気がした。
――有紗&沙耶・自宅
「たっだいまーっ!」
玄関のドアを開けるや否や、沙耶の元気な声が響き渡った。その後ろから、有紗がふわりと微笑んで続く。
「ただいま、帰ったよ」
二人は靴を並べて脱ぎ、慣れた様子でリビングへと入る。家具は必要最小限だが、観葉植物や小さな雑貨が並ぶ室内には、姉妹の個性がバランスよく溶け込んでいる。
沙耶は荷物をそこら中に放り投げ、すぐにソファに倒れ込んだ。
「あー、つかれたぁ! でもーっ、ちょっと休んだら、買い物行くぞー! ね、姉さん?」
「うん。リスト作っておいたよ。矢羽根の補充と……あと、沙耶の爆竹もまた買うの?」
「もちろんでしょ! 今回はもっとドカーンってやつ買うんだから!」
沙耶は腕を振り上げて満面の笑み。有紗はそんな妹を見て、肩をすくめつつもどこか楽しげだった。
「……それと、少し可愛い服も見たいかな」
沙耶がぱちっと目を瞬かせた。
「へ? 姉さんが服にこだわるなんて珍しいじゃん!」
「……次の遠征、草原のほうに行くって言ってたから。風に揺れるような、軽い布の服があったらいいなって……」
有紗は視線を落としながら、髪を耳にかけてごまかす。
「べ、別に……気分転換よ。ただの」
――たとえば、何かの拍子に、あの人が見ていたら。
そんな考えが頭をよぎって、有紗の頬にほんのり朱が差す。
「ふーん……誰かに見せたいのかな? もしかしてぇ~……」
沙耶が意地悪く笑いながら、じりじりと距離を詰めてくる。
「ち、違うっ。誰にも見せないし、ただの自己満足!」
「ふーん……でも、似合うと思うよ。姉さん、そういうの」
沙耶はニッと笑ってソファに転がり直した。
その言葉に、有紗はちょっとだけ笑って――でも、すぐに表情を引き締めた。
二人の会話が続く中、台所からはポットの湯が湧きはじめる音が聞こえていた。
戦いの合間の、双子だけの穏やかな時間。言葉にせずとも、次の冒険に向けて、それぞれの心が静かに高まっていく。
11
あなたにおすすめの小説
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
レベル上限5の解体士 解体しかできない役立たずだったけど5レベルになったら世界が変わりました
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
前世で不慮な事故で死んだ僕、今の名はティル
異世界に転生できたのはいいけど、チートは持っていなかったから大変だった
孤児として孤児院で育った僕は育ての親のシスター、エレステナさんに何かできないかといつも思っていた
そう思っていたある日、いつも働いていた冒険者ギルドの解体室で魔物の解体をしていると、まだ死んでいない魔物が混ざっていた
その魔物を解体して絶命させると5レベルとなり上限に達したんだ。普通の人は上限が99と言われているのに僕は5おかしな話だ。
5レベルになったら世界が変わりました
チート魔力を持ったせいで世界を束ねる管理者に目を付けられたが、巻き込まれたくないので金稼ぎします
桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。
交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。
そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。
その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。
だが、それが不幸の始まりだった。
世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。
彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。
さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。
金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。
面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。
本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ
※月、水、金、更新予定!
異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める
自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。
その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。
異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。
定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。
転生先は上位貴族で土属性のスキルを手に入れ雑魚扱いだったものの職業は最強だった英雄異世界転生譚
熊虎屋
ファンタジー
現世で一度死んでしまったバスケットボール最強中学生の主人公「神崎 凪」は異世界転生をして上位貴族となったが魔法が土属性というハズレ属性に。
しかし職業は最強!?
自分なりの生活を楽しもうとするがいつの間にか世界の英雄に!?
ハズレ属性と最強の職業で英雄となった異世界転生譚。
元万能技術者の冒険者にして釣り人な日々
於田縫紀
ファンタジー
俺は神殿技術者だったが過労死して転生。そして冒険者となった日の夜に記憶や技能・魔法を取り戻した。しかしかつて持っていた能力や魔法の他に、釣りに必要だと神が判断した様々な技能や魔法がおまけされていた。
今世はこれらを利用してのんびり釣り、最小限に仕事をしようと思ったのだが……
(タイトルは異なりますが、カクヨム投稿中の『何でも作れる元神殿技術者の冒険者にして釣り人な日々』と同じお話です。更新が追いつくまでは毎日更新、追いついた後は隔日更新となります)
神の加護を受けて異世界に
モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。
その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。
そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる