91 / 265
91
しおりを挟む明と別れた後、俺は石畳の道をのんびり歩きながら、自宅へと向かっていた。頭上には雲ひとつない青空が広がっているのに、身体は鉛のように重かった。
途中まで一緒だった純子も、どこか疲れた様子で、歩く足取りがやや沈んでいた。無理もない。今回の旅は、あまりにも長かったのだ。
魔物を倒し、遺跡を踏破し、街と街を渡り歩いた。にもかかわらず、不自由なく過ごせたのは――あの『お取り寄せ』スキルのおかげだった。水も食料も、薬も、武器やその手入れ用品も、必要な物はすぐに取り寄せられる。便利すぎて、少し怖くなるほどだ。
その分、冒険はどこまでも続けられた。気づけば何日、いや何十日、家に戻っていなかったのだろう。
その成果か、今の俺には、百点ポイントが1万7500ポイントも貯まっていた。
スキルは増やそうと思えばいくらでも増やせる。だが、使いこなせなければ意味がない。すでに持っているスキルが多すぎて、実戦で完璧に扱うには経験が不足気味なのだ。だから、焦らず、必要なときに必要なものを選ぶ。それが俺の考えたやり方だった。それにしてもポイント貯まりすぎかな。
(……ま、悩むのは明日でもいいか)
自宅の扉を開けると、ほのかな木の香りが迎えてくれた。出発前に掃除したばかりだったから、埃もなく、どこか新鮮な空気が漂っている。昼下がりの光がカーテンの隙間から射し込み、床に淡い影を落としていた。
俺は靴を脱いで部屋に上がると、そのまま背伸びをするように大きく腕を広げた。
「ふあぁ……やっと帰ってきた……」
疲れがどっと押し寄せる。身体の芯まで重たくなって、気力がすぅっと抜けていく。
ベッドの傍までたどり着くと、もう何も考えずに、その上へと倒れ込んだ。ふかふかの布団が背中を包み込み、旅の間に張り詰めていた神経が一気にほぐれていく。
まるで体が布団に沈み込むように、視界がゆっくりと暗くなっていった。
(やっぱり、自分のベッドは最高だな。風呂に入って、ゆっくり飯食って……)
そう思ったところで、思考がふっと途切れる。
ベッドの上、まだ外は明るいというのに、俺はいつの間にか静かな眠りに落ちていた。
腹がすいて、目を覚ましたのは夜だった。まだ店は開いている時間。俺は久しぶりに、福佐山の繁華街に飯を食いに出かける。
福佐山の夜は、明かりと人の熱気に包まれていた。石畳の路地を歩くたびに、屋台の香ばしい匂いと、道行く人々の笑い声が風に乗って届く。旅の間に恋しくなっていた、活気と、平和の匂いだ。
「やっぱ……この街、好きだな」
そんなことを呟きながら、俺は横丁にあるお気に入りの飯屋を目指した。古びた木造の引き戸をくぐると、香ばしい焼き鳥の匂いが鼻をくすぐる。
「いらっしゃい!」
店主の元気な声に軽く会釈して、空いていたカウンター席に腰を下ろす。注文を伝えて一息ついた、そのときだった。
「おい、こっちは金払ってるんだぞ! さっさと酒持ってこいって言ってんだよ!」
怒鳴り声が、木の梁に反響するように店内に響き渡った。
静かだった空間に、ざわりと波紋が広がる。焼き魚を口に運んでいた隣の客が箸を止め、奥の席へ視線を送る。湯気立つ料理の香りすら、どこか遠のいて感じられるほど、空気が冷えた。
奥の一角、酔いに目を潤ませた中年の男が、若い店員に怒鳴っていた。着物の袖が乱れ、片方の肩がずり落ちている。顔は赤く、唾を飛ばしながら身を乗り出していた。
その前に立つのは、小柄で細身の少女。年の頃は十四、五。白い前掛けの上からでも分かる、硬くなった肩と引きつった顔。まるで、そこに立っているだけで精一杯のようだった。
「……またか、あの客」
カウンターの向こうで、店主が眉をひそめ、小さく吐き捨てるように呟いた。
どうやら、よくいる厄介な常連らしい。だが、店主も常連の機嫌を損ねるのが怖いのか、身動き一つしない。
少女は震える指で盆を持ったまま、一歩後ずさった。
「なぁに、気にするなよ。ちょっと飲みすぎただけだって!」
男が笑いを混ぜた口調で言いながら、乱暴にその細い腕をつかんだ。
その瞬間、俺は、立ち上がっていた。
自分でも、迷いがなかったことに驚いた。静かに食事をしていたはずの身体が、自然と動いていた。
椅子が軽い音を立てて後ろに引かれ、俺は奥の席に向かって歩き出す。
一歩ごとに、店内の視線がこちらへと集まってくるのを感じた。息を呑む音。誰もが気にはしているが、誰も止められなかった空気の中で、俺だけが歩いていた。
酔っぱらいの男が、女の子の肩に手をかけたまま振り返る。
「はぁ? なんだてめぇは?」
顔に浮かんだ不快そうな皺と、赤らんだ目。それでも、俺は一歩も引かず、まっすぐに男を見つめた。
「その子、困ってます。離してもらえませんか?」
声は静かだった。けれど、はっきりと通る声だった。怒りでも、威圧でもない。けれど、そこに揺らぎはなかった。
「関係ねぇだろ、ガキが!」
男が腕を振り上げかけたそのとき、俺はスキル『完全見切り』を発動する。
次の瞬間、男の動きが止まったように見えだす。男が殴りかかろうとするのを易々と躱し、女の子を後ろへとかばう。
「や、やめなさいよアンタ!」
背後で女の子の声が震える。
男が再び怒声を上げて詰め寄ろうとした、その瞬間。
「はい、そこまでにしましょうか」
店の奥から、屈強な体格の衛兵が二人現れた。どうやら、店主が裏でこっそり呼んでいたらしい。
「ちっ、覚えてろよ!」
男は連れられて店を出ていった。
店内に、ほっとした空気が戻る。
「……ありがとう」
か細い声がして、女の子が深々と頭を下げた。
「いえ、大したことじゃないですから」
俺は苦笑して席に戻った。
注文していた焼き鳥がちょうど届く。あつあつの肉にかぶりつくと、じゅわっと旨味が口いっぱいに広がった。
(やっぱり、こういうのも悪くないな)
騒ぎのあった店で、ふたたび人々の笑い声が戻ってきていた。
俺はその音を聞きながら、ゆっくりと、静かに箸を進めていた。
11
あなたにおすすめの小説
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
レベル上限5の解体士 解体しかできない役立たずだったけど5レベルになったら世界が変わりました
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
前世で不慮な事故で死んだ僕、今の名はティル
異世界に転生できたのはいいけど、チートは持っていなかったから大変だった
孤児として孤児院で育った僕は育ての親のシスター、エレステナさんに何かできないかといつも思っていた
そう思っていたある日、いつも働いていた冒険者ギルドの解体室で魔物の解体をしていると、まだ死んでいない魔物が混ざっていた
その魔物を解体して絶命させると5レベルとなり上限に達したんだ。普通の人は上限が99と言われているのに僕は5おかしな話だ。
5レベルになったら世界が変わりました
チート魔力を持ったせいで世界を束ねる管理者に目を付けられたが、巻き込まれたくないので金稼ぎします
桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。
交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。
そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。
その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。
だが、それが不幸の始まりだった。
世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。
彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。
さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。
金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。
面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。
本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ
※月、水、金、更新予定!
迷宮に捨てられた俺、魔導ガチャを駆使して世界最強の大賢者へと至る〜
サイダーボウイ
ファンタジー
アスター王国ハワード伯爵家の次男ルイス・ハワードは、10歳の【魔力固定の儀】において魔法適性ゼロを言い渡され、実家を追放されてしまう。
父親の命令により、生還率が恐ろしく低い迷宮へと廃棄されたルイスは、そこで魔獣に襲われて絶体絶命のピンチに陥る。
そんなルイスの危機を救ってくれたのが、400年の時を生きる魔女エメラルドであった。
彼女が操るのは、ルイスがこれまでに目にしたことのない未発見の魔法。
その煌めく魔法の数々を目撃したルイスは、深い感動を覚える。
「今の自分が悔しいなら、生まれ変わるしかないよ」
そう告げるエメラルドのもとで、ルイスは努力によって人生を劇的に変化させていくことになる。
これは、未発見魔法の列挙に挑んだ少年が、仲間たちとの出会いを通じて成長し、やがて世界の命運を動かす最強の大賢者へと至る物語である。
元万能技術者の冒険者にして釣り人な日々
於田縫紀
ファンタジー
俺は神殿技術者だったが過労死して転生。そして冒険者となった日の夜に記憶や技能・魔法を取り戻した。しかしかつて持っていた能力や魔法の他に、釣りに必要だと神が判断した様々な技能や魔法がおまけされていた。
今世はこれらを利用してのんびり釣り、最小限に仕事をしようと思ったのだが……
(タイトルは異なりますが、カクヨム投稿中の『何でも作れる元神殿技術者の冒険者にして釣り人な日々』と同じお話です。更新が追いつくまでは毎日更新、追いついた後は隔日更新となります)
転生先は上位貴族で土属性のスキルを手に入れ雑魚扱いだったものの職業は最強だった英雄異世界転生譚
熊虎屋
ファンタジー
現世で一度死んでしまったバスケットボール最強中学生の主人公「神崎 凪」は異世界転生をして上位貴族となったが魔法が土属性というハズレ属性に。
しかし職業は最強!?
自分なりの生活を楽しもうとするがいつの間にか世界の英雄に!?
ハズレ属性と最強の職業で英雄となった異世界転生譚。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
神の加護を受けて異世界に
モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。
その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。
そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる