103 / 265
103
しおりを挟む谷奥の祭壇に足を踏み入れると、いまだに、全身を刺すような冷気と、皮膚の内側を這うような悪寒を感じる。
祭壇の中心に、それは立っていた。立っていたというよりも、浮いていたというべきか。それの周囲は、光すら鈍く、灰色に濁っていた。地面は黒く腐蝕し、触れる草は音もなく崩れ落ちる。
人型を保ったまま崩れ落ちそうな骸が、瘴気に抱かれながら宙に浮いていた。骨と肉の隙間からは黒紫の煙があふれ、呼吸のたびに呪詛文字が空間に染み出す。
「我は、呪詛の王・ヴェルト=アナマス。よく……ここまで来たな……勇者、仁……そして……光の子らよ……」
その声は、生きた人間の声ではなかった。幾重にも重なる亡者の呻きが混じり合い、耳ではなく魂に直接届くような響きだった。
仁が剣を構えながら、一歩前に出る。
「お前が……ヴェルト=アナマスか。ここの瘴気も、アンデッドの軍勢も、全部お前の仕業だな?」
「仕業……ふふ、違う……これは《願い》だ……かつて人であった我が、求めた唯一の真理……」
「願い、だと?」
ヴェルト=アナマスは、ゆっくりと両手を広げた。腕の骨が砕ける音が響くが、瘴気が瞬時にそれを包み、再構築していく。
「刻め! 我が名は……ヴェルト=アナマス……かつて『光の塔』の賢者と呼ばれた者……死を超え、知の極致へ至るため……大悪魔ベリアルと契約を結び、この身を呪詛に明け渡した……」
「賢者、だと……?」
由里が息を呑んだ。その隣でロメオが目を見開いて呟く。
「まさか……終焉の記録に記された禁術賢者……」
「人が、そこまで堕ちるのか……」
仁の声に怒りがこもる。だがヴェルト=アナマスは笑った。
「堕ちたのではない……選んだのだ……《永遠》を、《真理》を……人のままでは届かぬ先へ……」
「その結果が……瘴気まみれのアンデッド軍団と、腐った大地かよ!!」
仁の怒号に応じて、剣が閃いた。瞬間、光が爆ぜ、斬撃が真っ直ぐヴェルトに向かう。
だが――その刹那。
「――呪界創成(周囲を自分の瘴気領域に変え、回復や魔法を弱体化させる)」
囁きと同時に、世界が反転した。
空は漆黒に染まり、地面は瘴気の海に変わる。光の加護すら濁り、体の芯が冷え込むような錯覚が襲う。
「うっ……! 魔力の流れが……阻害されて……!」
由里が膝をつき、セリアが震える。聖騎士たちも一斉に呻きを漏らした。
仁の一撃は、瘴気の膜に阻まれ、虚空でかき消される。
「回復も、魔法も、ここでは……弱まる……この地は我が魂と瘴気の領域……」
「ふざけるな……!」仁が叫ぶ。「こんな場に逃げ込んで、力を誇った気かよ!」
「否。これこそが、我が存在そのもの……死と瘴気、呪いの王……そして、『魂喰らいの視線(見つめた相手の精神を蝕む)』」
ヴェルトの片目が、仁を正面から見据えた。
その瞬間、仁の背筋が凍りつく。全身の感覚が削がれ、心が削ぎ落とされるような恐怖が襲いかかった。
「くそっ……精神が……!」
「仁くん!」由里が叫び、必死に《ヒール》を飛ばす。だが回復効果は大きく減衰し、仁の動きは鈍い。
そのとき――
「『サンクチュアリ』!!」
爆発的な光が祭壇を包み込む。瘴気の幕が裂け、仁の身体にまとわりついていた呪いが霧散する。
立っていたのは、卓郎だった。
その背後に立つ仲間たち――純子、有紗、沙耶、明、そして聖騎士団全員が、光に照らされる中で構えを取る。
「この領域でやり合うなら……こっちも、全力でフィールド干渉だ。お前のデバフは、全部打ち消してやる!」
卓郎の声に、ヴェルト=アナマスがわずかに首を傾ける。
「光の子らの力……侮れぬな……だが、我が『呪詛の継承(倒されても次の媒体に乗り移るため、決定打が必要)』は……打ち破れぬ……」
「だったら、俺たちが証明してやる! 人の魂が、光の意志が、どれだけ強いかをな!」
仁がそう言うと再び剣を握り、卓郎も一歩前に出た。
祭壇を囲むように、『フォーカス』と『勇者パーティ』が布陣を整える。
白銀と青の軽装鎧を身に纏い、背に神剣レイガルドを背負った勇者・仁が、祭壇の正面に静かに立つ。その瞳は深い蒼を湛え、瘴気を睨み据えるように澄んでいる。彼の立つ場所が中心――つまり、戦場の軸だと誰もが理解していた。
仁の背後には、魔導士・リディアが控える。魔導書「蒼環の書」を開き、魔法陣を展開しながらも表情は崩さない。精密な魔力制御で、彼女は瘴気の流れを観察しているようだった。
その隣に陣取るのは、屈強な巨体を誇る重戦士・バルド。巨大戦斧を肩に担ぎ、地を踏みしめて仁の側面を守る。鉄壁の構えと共に、瘴気を睨みつけるその姿はまさに壁そのもの。
後衛の右端には、白いローブに身を包んだ神官・セリア。その手に握る光杖が穏やかな光を放ち、周囲の仲間たちへと静かに癒しの力を巡らせていた。彼女の瞳は、少し離れた由里の背中を見つめている。
そして、空気のように忍び寄る影がひとつ――斥候・キルシュだ。姿をほとんど見せぬまま、既に祭壇の外縁部に潜伏し、瘴縛兵団の動きを探っていた。
一方、『フォーカス』も動く。
純子、有紗、沙耶が後衛に下がり、三方向から矢を構える。狙いはすでに定まっており、風が彼女たちの弓を撫でていた。
明は卓郎の右に立ち、剣に炎を灯す。燃え上がる炎の剣を構え、彼の瞳は血の匂いを欲するかのように鋭かった。
聖女・由里は仁の背後に立ち、光の術式を紡いでいる。彼女の存在が、勇者とその一党にさらなる神性をもたらしていた。
そして、卓郎。祭壇の手前、正面やや左に位置し、全体を俯瞰しながら剣の柄に手を添えていた。
戦場は緊張と静寂に包まれている。
だが、その静けさは長く続かない。
瘴気の中心に浮遊する存在――〈呪詛の王〉ヴェルト=アナマスが、ゆるやかに腕を広げた。
沈黙とともに、空気が震える。
瘴気が、揺れる。
――そして、瘴縛兵団が呼び寄せられた。
10
あなたにおすすめの小説
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
レベル上限5の解体士 解体しかできない役立たずだったけど5レベルになったら世界が変わりました
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
前世で不慮な事故で死んだ僕、今の名はティル
異世界に転生できたのはいいけど、チートは持っていなかったから大変だった
孤児として孤児院で育った僕は育ての親のシスター、エレステナさんに何かできないかといつも思っていた
そう思っていたある日、いつも働いていた冒険者ギルドの解体室で魔物の解体をしていると、まだ死んでいない魔物が混ざっていた
その魔物を解体して絶命させると5レベルとなり上限に達したんだ。普通の人は上限が99と言われているのに僕は5おかしな話だ。
5レベルになったら世界が変わりました
チート魔力を持ったせいで世界を束ねる管理者に目を付けられたが、巻き込まれたくないので金稼ぎします
桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。
交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。
そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。
その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。
だが、それが不幸の始まりだった。
世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。
彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。
さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。
金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。
面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。
本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ
※月、水、金、更新予定!
異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める
自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。
その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。
異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。
定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。
転生先は上位貴族で土属性のスキルを手に入れ雑魚扱いだったものの職業は最強だった英雄異世界転生譚
熊虎屋
ファンタジー
現世で一度死んでしまったバスケットボール最強中学生の主人公「神崎 凪」は異世界転生をして上位貴族となったが魔法が土属性というハズレ属性に。
しかし職業は最強!?
自分なりの生活を楽しもうとするがいつの間にか世界の英雄に!?
ハズレ属性と最強の職業で英雄となった異世界転生譚。
元万能技術者の冒険者にして釣り人な日々
於田縫紀
ファンタジー
俺は神殿技術者だったが過労死して転生。そして冒険者となった日の夜に記憶や技能・魔法を取り戻した。しかしかつて持っていた能力や魔法の他に、釣りに必要だと神が判断した様々な技能や魔法がおまけされていた。
今世はこれらを利用してのんびり釣り、最小限に仕事をしようと思ったのだが……
(タイトルは異なりますが、カクヨム投稿中の『何でも作れる元神殿技術者の冒険者にして釣り人な日々』と同じお話です。更新が追いつくまでは毎日更新、追いついた後は隔日更新となります)
神の加護を受けて異世界に
モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。
その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。
そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる