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しおりを挟む祭壇を包んでいた瘴気が消えたことで、空気が一変していた。まるで長い悪夢がようやく終わったかのような、静寂と清浄が戻ってきていた。
「……本当に、終わったんだね」
有紗が、まだ弓を手にしながら、ぽつりと呟く。
「終わったけど……あたし、まだ体の奥が震えてるよ……」
沙耶は矢筒に矢を戻しながら、膝に手をついて深呼吸した。細い肩が震えている。
「震えてるのは……生きてる証拠さ。いい戦いだった」
バルドが重斧を地面に突き立て、大きく息を吐く。その顔は血に汚れていたが、笑っていた。
「全員、無事か?」
仁が仲間を見渡す。リディアは肩を軽く上下させて頷き、セリアは小さく「はい」と答えた。
「卓郎、君も……」
「うん。平気。みんな、ありがとう」
卓郎が微笑むと、由里が彼の隣に立ち、柔らかく微笑んだ。
「……貴方がいなければ、私たちはこの場所に辿り着くことさえできなかったでしょう。感謝します、卓郎さん」
彼女の言葉には、芯のある誠実さがあった。
「私も、何度か支えられました。魔力の波が綺麗だった……浄める力が、心にも届くようで」
「へへ、照れるなあ」
卓郎が後頭部をかきながら苦笑すると、その隣で純子が腕を組み、ふんと鼻を鳴らす。
「ま、あんた、調子に乗りすぎなきゃ、百点だったのにね」
「調子には乗ってないってば!」
「……でも、かっこよかったよ、卓郎くん」
有紗が柔らかく微笑んだ。それを受けて、沙耶が少し頬を赤らめながら、
「ちょっとだけね、すっごく、かっこよかった!」
と叫んだ。
明はといえば、剣を鞘に納めながら、にやりと笑っていた。
「……卓郎、ようやく俺に並んできたな。次はどっちが多く倒せるか、勝負といこうぜ?」
「え、今ので競ってたの?」
「当たり前だ。戦は遊びじゃねえ、でも……勝負ごとは楽しくなきゃな!」
その言葉に、皆が小さく笑った。
「これが……仲間ってことなんだな」
卓郎はふと、胸の内でそう呟いた。生きて帰ることすら難しい戦いを乗り越えた先で、誰もが互いを信じて動いていた。それが、なによりも誇らしかった。
戦場に残る死の気配は、もう感じられない。
空は晴れ渡り、遺跡の上に降り注ぐ光が、まるで祝福のように仲間たちを照らしている。
「おおっ、ついに……! ついにこの瞬間に立ち会えたとは!」
興奮した声が遺跡の縁から響いた。
「……あ」
卓郎が目を向けると、例の男がカバンを背負い、本を数冊抱えて駆け寄ってきていた。
白シャツに革のベスト、丸眼鏡をかけた中年男――ロメオ・ヴァインである。
「ロメオさん!? 来てたんだ……」
「もちろんですとも! 後方から安全に観察しておりました! いやあ、君の『ジャッジメント』、見事でしたな! まさに光の裁き!」
「……夢中で連発しただけ」
卓郎が苦笑すると、ロメオはケラケラと笑いながら周囲の瓦礫を調べ始めた。
「ふむ……この結界の痕跡……間違いない、この祭壇は古代神アリア信仰の『第七封印柱』ですな。となれば、残されているはずだ――ありました! 〈記録結晶〉、しかも三枚!」
ロメオが慎重に取り上げたのは、掌ほどの透明な六角形の結晶だった。内部には銀色の光が脈動している。
「由里殿、ここは貴女にお渡しすべきでしょう」
「……ありがとうございます。これは私が、女神アリアの継承者として預かります」
由里が神妙に頷き、両手で受け取った瞬間、結晶の光が彼女の掌に吸い込まれるようにして消えていった。
その瞬間、祭壇の中央に、ひび割れた封印文様が浮かび上がった。
「封印が……まだ壊れていなかったのか?」
仁が眉をひそめる。
「正確には、継承者の再誓約を必要としていたのでしょう」
由里は深く息を吸い、祭壇の前に立った。
そして両手を広げ、静かに祈りの言葉を紡ぎ始めた。
「――聖なるアリアの名のもとに。我、継承者として再び誓う」
光が由里の周囲に広がる。彼女の背後に淡く現れたのは、翼を広げた女神の幻影。
「滅びの門よ、眠りの中に在れ。闇よ、縛られよ。アリアの印、ここに再び刻まれん」
封印文様が光に包まれ、ひび割れが癒えていく。
そして――「封印、完了しました」
由里の声と同時に、神聖な音が空間を満たし、完全な沈黙が訪れた。
「……終わった、んだよね?」
沙耶がぽつりと聞くと、有紗がそっと頷いた。
「うん。これで、この場所はまた……静かに眠れる」
ロメオは感慨深げに空を見上げていた。
「封印の継承、そして記録結晶の回収。これでようやく、古の真実が一歩、明らかになりますな。さて……問題は次だ。残る封印は、あといくつあるのか――」
由里がそっと口を開いた。
「それは……私にも、まだ分かりません」
その言葉には、不安よりも静かな決意があった。
そして、由里は皆に向き直ると、ゆっくりと告げた。
「……この場所での結果を、私は教会本部に正式に報告しなければなりません。〈記録結晶〉発見と再封印の完了、封印継承者の再誓約、〈呪詛の王〉の討伐……いずれも、重大な出来事ですから」
「そっか……じゃあ、しばらく別行動になるの?」
卓郎が少し寂しそうに問うと、由里は穏やかに首を振った。
「いえ、むしろその逆です。今回の立役者は、あなたたち――〈フォーカス〉の皆さんですから。報告には、ぜひ皆さんにも同行していただきたいのです」
「え……俺たちが?」
「もちろんです。あなた方の戦いと決断が、封印を守った。その功績は、教会としても正式に認めねばなりません。褒美は、報奨金や特殊装備、称号といった形式になると思いますが……それ以上に、貴方たちの存在が、教会の記録に証人として残るべきなのです」
「……うわ、緊張してきたかも……」
卓郎が苦笑し、隣で純子が腕を組む。
「ま、当然の流れね。あたしたち、ちゃんとやったんだし」
「褒められるのは嬉しいけど、堅苦しい場はちょっと……」
沙耶が口を尖らせると、有紗が小さく笑った。
「でも、やっぱり……皆で行けるのは、嬉しいよね」
「うん。胸を張って、行こう」
卓郎が頷くと、仁が静かに口を開いた。
「こうして顔を出すことで、教会もお前たちをただの冒険者ではなく、『鍵を握る存在』として見るようになるだろう。それは、これからの戦いで大きな意味を持つ」
「……だよな。面倒ごとも増えそうだけど……」
明がぼやきながら、にやりと笑う。
「でも、悪くねえな。ちゃんと見られるのは」
「ふふ。では、準備が整い次第、一緒に教会本部へ向かいましょう。少し時間はかかるかもしれませんが……必ず、私が道を整えておきます」
由里がしっかりとした口調で告げると、皆の表情にも自然と覚悟が宿った。
そして、彼らは束の間の休息のため、軽部村への帰路につくのだった。
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