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しおりを挟む門をくぐり抜けて福佐山都市の石畳を歩く。繁華街の中央通りでは、屋台が並び、どこからともなく香ばしい匂いが漂ってくる。串焼き、シチュー、焼き魚……どれも魅力的だが、俺が目指すのはいつものあの店だ。
「よし、今日は肉厚ハンバーグ定食だな」
繁華街のはずれ、小さな食堂『月明り亭』。ここのハンバーグは肉汁たっぷりで、何よりごはんの大盛りが無料。稼ぎの少ない庶民にはありがたい存在だ。
店の戸を開けようとした――そのとき。
「おい、そこの兄ちゃん!」
不意に肩を掴まれる。振り返ると、腕を組んだ三人の男。全員、見るからに柄が悪い。皮の鎧に鉄片を貼り付けた装備、手入れのされてない剣を腰にぶら下げている。
「……なにか用か?」
俺が尋ねると、一人がニヤリと笑った。
「なぁ、今夜はちょっとおごってくれよ。俺たち今日は狩りに失敗しちまってな?」
「じゃなきゃ……どっかの路地裏で『事故』に遭っちまうかもよ?」
あー、面倒くさい。
飯の前に戦う気分じゃなかったが、こいつらには教育が必要だ。
俺は静かに右手で剣の柄に触れた。だが抜かない。左手だけを前に出して、目の前のチンピラの額に狙いを定める。
「やめとけ」
「は?」
「お前ら三人――」
瞬間、風が鳴った。
「まとめて倒すのに、3秒もいらない」
その言葉と同時に、風刃が足元の石畳をわずかに切り裂いた。刃は彼らの靴先ギリギリを通過し、地面に深い線を刻む。
「……っ!」
全員が凍りついた。顔から血の気が引いていくのがわかる。
俺はゆっくりと手を下ろし、口の端だけをつり上げた。
「次、俺の飯の邪魔をしたら、風刃の向きが少しだけ上にずれるからな」
「ひ、ひえー! 逃げろー!」
三人は、驚くほど素早く逃げていった。
……ようやく、静かになった。
「はあ……ハンバーグちょうだーい!」
店の戸を開けると、カウンターの女将が苦笑しながら言った。
「あんた、何かやったのかい?」
「やってないよ。ちょっと風通しを良くしただけ」
「ふふ、ありがとね。……でも、また来るかも。最近あの手の奴ら、多くてさ」
そんなやりとりの後、ようやく席についた俺の前に、ジュウジュウ音を立てるハンバーグが運ばれてきた。肉汁がじゅわっと溢れ出すのを見て、ようやく戦闘モードが解除される。
「うまそう……いただきます」
一口食べた瞬間、頬が緩む。絶妙な焼き加減、濃すぎないソースの味、口の中に広がる肉の旨味。
「……っく、これは……最高だな」
「でしょ? うちの料理人、自慢の腕前さ。なのにあんな連中に客を追い返されてね……」
女将の声には、わずかながら悔しさが滲んでいた。
「……やっぱり、ライバル店が絡んでるの?」
「そう。この通りの角に、最近できた“赤獅子亭”ってとこよ。あそこ、金にものを言わせて、周囲の小さい店を潰そうとしてる。うちにも何度か買収の話が来たんだけどね、断ったらこの有様さ」
「なるほど。で、さっきのチンピラが嫌がらせってわけかー」
ナイフでハンバーグを切りながら、俺は女将の話に耳を傾ける。
「商会に訴えても、“証拠がない”って追い返されるのよ。街の衛兵も知らんぷり」
「ふーん……」
俺は、ハンバーグを食べ終えて水を飲み干し、少しだけ考えた。
……別に、余計なことに首を突っ込む義理はない。だけど、この店の料理は本物だし、女将の笑顔も悪くない。この店なくなったら困るよなあ。……それに、あの連中のやり方は、気に食わない。
「ねえ、女将」
「なに?」
「……“ちょっとだけ”、手伝ってあげようか?」
女将の目が、わずかに見開かれる。
「……腕に自信がありそうだね。あんた、名前は?」
「卓郎。冒険者だよ。風通しのいいほうが好きなだけさ」
女将はふっと笑って、頭を下げた。
「じゃあ――無理しないで気にかけておくれ、“風通し屋”さん」
その晩、俺は満腹で店を後にした。夜の福佐山都市にはまだ活気があり、明かりが灯る通りには様々な人々が行き交っている。だが、その中に、俺を見つめる視線があったことには、まだ気づいていなかった。
翌日――昼を少し過ぎた頃、俺は繁華街の通りにいた。
昨日の喧騒が嘘のように、通りはのんびりとした空気に包まれていた。だが、よく見れば、あの店の前だけ、妙に人通りが少ない。わざと避けて通る者すらいる。
嫌がらせは、目に見えないところで続いているらしい。
「……さて、と」
俺は、人混みに紛れて赤獅子亭の方へと足を向けた。
そこは、立派な外装に赤い獅子の紋章を掲げた、新しくできた大型の飲食店だった。昼間から派手な呼び込みが店先に立ち、通行人にチラシを配っている。
「さあさあ、今日も目玉料理は半額! 冒険者様はドリンク一杯サービスですよ!」
軽薄な笑顔を浮かべる男が、道行く人に声をかけている。
「……おや? お兄さん、そこの角の店なんかより、うちに来ませんか? 衛生も味も、安心ですよ?」
言葉にトゲがある。あからさまに狙っている。
俺は苦笑しながらチラシを受け取り、何も言わずに立ち去った。
(ずいぶん、わかりやすい嫌がらせだな)
目的ははっきりしている。客を奪うこと。評判を落とすこと。そして、店主の心を折って、買収に持ち込む。典型的な潰しの手口だ。
その夜、俺は再び女将の店に顔を出した。
「あ、“風通し屋”さん。嫌がらせ、されなかったかい?」
「俺は大丈夫だけど、あっちは、だいぶあからさまに喧嘩を売ってきてるね」
「だろうねぇ……。でも、どうしたら良いかわからないし」
「じゃあ、ちょっと、調べてみるよ。商会も衛兵も動かないなんておかしいもんね」
そうして、俺の“風通し”作戦が始まった。
まずは情報収集だ。赤獅子亭の常連、チンピラどもの動向、そしてこの街の商会や衛兵との繋がり。表も裏も、把握する必要がある。
「じゃあ、今日も、ハンバーグお願い」
うーん。これこれ。俺は運ばれてきたハンバーグに舌鼓をうった。
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