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しおりを挟む《姫の宮都市》冒険者ギルド中央支部の次に南支部、東支部、西支部を回ったがこれといって怪しそうな依頼は見つからなかった。
俺は次なる調査地である《トアナ都市》へ向かうことにした。
《トアナ都市》は西の内陸に位置する工匠と鍛冶の街だ。名のある武具職人を多数抱えており、王国軍への武器供給も担っている。かつては盛況を極めたが、最近は新興都市の台頭と鉱脈の枯渇により徐々に勢いを失いつつある――そんな噂も耳にしていた。
馬車を乗り継ぎ、街に入ると、噂どおり、街の空気はどこかくすんでいた。鍛冶場の煙突はいくつか煙を上げているが、数年前に比べて明らかに数が減っている。
(……活気は、ない)
冒険者ギルドは中央広場の近くにあった。重厚な鉄製の扉と石造りの壁に、武骨な職人気質がにじみ出ている。
中に入ると、受付――年配の男だった――が目を見開いた。
「……Sランク、卓郎殿。教会の依頼、南部の調査で?」
「ああ。ここ最近、周辺で何かおかしな動きがないか確認に来た。封印に関連する異変の可能性をしらべている。依頼記録や村からの報告があれば見せてほしい」
男は渋い顔をしながら、書類を探し始めた。しばらくして、彼は一件の報告を取り出す。
「これは異変というほどではありませんが……先週、鍛冶職人の《ルドン工房》で火事騒ぎがありましてな。死者こそ出ませんでしたが、騒ぎの後、工房の親方が突然弟子たちを全員解雇したのです」
「火事の原因は?」
「鍛冶炉の暴発、とのことでしたが……妙なんですよ。暴発直前、誰も触れていない炉が勝手に赤熱したと証言する者もいますし、あの親方、事件のあと様子が変わったと」
……火事そのものはよくある事故かもしれないが、“誰も触っていないのに”というのが気にかかる。
「その親方に、話を聞かせてもらえるか?」
「ルドン親方は街の南端の工房にいますが……彼は今、誰にも会いたがらない状態です。弟子たちとも決裂して、完全に孤立しています」
俺は礼を言ってギルドをあとにし、《ルドン工房》へ向かった。
工房の扉は閉ざされていたが、裏手の作業場の灯がうっすら灯っていた。ノックすると、怒鳴り声が返ってくる。
「帰れ! 弟子でも記者でも冒険者でもな……ん……?」
扉が少しだけ開き、中から煤けた顔の大男が覗いた。目の下には濃い隈があり、精気を失ったような表情をしている。
「……あんた……」
「卓郎だ。あんたの工房で起きたことを調べている。火事の真相と、その後に何があったのか話してほしい」
ルドンはしばらく沈黙し――ふと、肩の力が抜けたようにため息を吐き、扉を開けた。
「……入れよ。どうせ、もう隠しても無駄だ」
中は、荒れていた。炉は片付けられておらず、割れた工具や散乱した金属片があちこちに転がっている。まるで仕事を放棄したようだった。
ルドンは古びた椅子に腰を下ろし、ぽつりと呟いた。
「……あの日、炉が勝手に動き出したんだ。誰もいねぇのに、赤くなって、空気が焼けたような匂いがしてな。ああいうのはな、鍛冶屋なら“感じる”もんだ。……あれは“金属の怒り”だ。怒りだよ」
「怒り?」
「バカげてると思うだろうが……俺は長年、金属と向き合ってきた。あれは、何かが、何かがおかしい。金属が、道具が……静かに怒ってる。理由は分からねえ。でも、俺には分かった。“作っちゃいけねぇもの”を作っていたんだと」
ルドンの目が揺れていた。狂気というより、深い後悔と畏れが宿っている。
「誰にも分かるはずがねえ。だから全部ぶっ壊した。弟子も追い出した。火を入れたらまた同じことが起きる。そう感じた」
(……封印の緩みと関係があるのか? いや、断定はできない)
だがこれは“兆候”だ。セナ村の夢、神木の枯れ。トアナ都市の鍛冶炉の異常……。直接的な魔獣や呪いの形は取っていないが、どこか“本質の部分”が歪みはじめている。
俺は静かに立ち上がり、ルドンに言った。
「……検証をさせてくれ。炉が勝手に動き出すなんてありえない話だからな。だが、俺はあんたのいうことを信じるぜ。金属や、道具が怒ってるっていうのもな。怒ってる原因が分かれば問題は解決するはずだ。さあ、もう一度火を入れてくれ」
ルドンは暫く考えたのちにうなずいた。
ルドンは沈黙のまま立ち上がり、炉の前に立った。手がわずかに震えているのが見える。彼はゆっくりと炉の下に薪をくべ、油をひとさじ垂らすと、火打石を打ち鳴らした。
「……いいか? 本当に、何かが出てくるかもしれねえ」
「ああ、俺に任せれば大丈夫だ」
小さな火種が薪に移り、ぱちぱちと乾いた音を立てながら燃え広がっていく。ルドンが空気を送り込み始めると、炉の内部が赤く色づき、金属の香りと熱気が工房の隅々にまで満ちていった。
その時だった。
――ゴウン、と鈍い音が響いた。
誰も触れていないのに、炉の金属製の外壁が微かに振動し始める。ルドンの顔から血の気が引いた。
「まただ……始まった……!」
炉の奥で、赤熱した石炭の隙間から、不自然な光が漏れ始めた。赤でも橙でもない、どこか不気味な蒼白い光。その中心で、火が――“蠢いて”いる。
「離れろ! ストーンウォール」
俺はとっさにルドンを後ろにかばうと、土魔法で障壁を展開した。
轟!
炉の蓋が爆ぜるように開き、中から眩い火柱が立ち上った。燃える煙と灰の中から、ひとつの“かたち”が立ち上がる――
それは、炎の塊に四肢を与えたような存在だった。人型のようでありながら、輪郭は揺らぎ、全身が紅蓮に燃えている。眼にあたる部分には、二つの青白い光点が揺れていた。
「――火精霊!?」
炎の精霊は口らしき穴を開き、叫んだ。
『ツクルナ……ツクラセルナ……!』
その声は、耳ではなく魂に響いた。怒りに満ち、苦しみに満ちている。
(……これは、封印の歪みの影響で、何かが共鳴して無理矢理この場所に引き寄せられたのか……?)
それでも、対処は必要だ。
「ルドン、壁の後ろに隠れててくれ!」
「分かった!」
「セイントシールド! スノウバインド! 雪と氷でこいつを絡め取って動けなくする!」
俺は冷却属性の魔法を展開した。周囲の空気が一気に冷え、工房の温度が数度下がる。
だが火精は怒りを増し、腕を振るった。高温の炎が螺旋を描き、襲いかかってくる。
直撃を避けながら、俺は跳躍し、上から精霊へ魔法攻撃を叩きつける。
「――アイスニードル!」
水を瞬時に凍らせて針のように撃ち出す、連続して打ち出される氷の針に、火精霊の身体が揺らぎ、悲鳴のような火花をまき散らす。
ルドンが叫ぶ。
「やめてくれ! あいつは……俺が呼んじまったんだ! あの炉は、先代の親方が封じたんだ! 無理に使えば、何かが出てくるって、そう言ってたんだ……!」
「そういうことか! その封印はもう解かれてしまった。もう滅して精霊界にに返すしかない!」
俺は連続攻撃を試みる。
「アイスニードル! アイスニードル! アイスニードル! アイスニードル!」
炎の勢い弱まってきたのを見て次の魔法を発動。
「スノウバインド!」
空間を裂くように、氷の鎖が四方から伸び、火精の四肢を縛りあげる。精霊は暴れ、悲鳴を上げ、周囲の炉や道具が爆ぜていくが……やがて動きが鈍り、やがて静かに、霧のように消えていった。
工房の中に、静寂が戻る。炉の火は完全に消え、周囲には焦げた木材と黒い煤が残された。
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