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しおりを挟む案内されたのは、港の近くにある小さな食堂だった。木造の外壁に、手書きの看板が温かみを感じさせる。繁華街から少し外れていることもあってか、落ち着いた雰囲気が漂っていた。
「ここです。観光客にはあまり知られてないんですけど、味も量も文句なし。常連さんが多いお店なんですよ」
「なるほど、地元の人がよく行く穴場ってやつか。こういう店は、覚えておかなきゃな」
扉を開けると、香ばしい魚介の匂いが鼻をくすぐる。店内は広くはないが、古びた木のテーブルや椅子が清潔に保たれていて、心地よい空気が流れていた。
俺たちは壁際の二人席に案内され、木のメニューを手に取る。どれも手頃な価格だ。リーナが勧めてくれた「白身魚の香草焼き定食」と「海鮮シチュー」を頼み、飲み物を注文すると、ふっと緊張が抜けたように彼女が息をついた。
「こうしてゆっくり誰かとご飯食べるの、久しぶりかも」
「そうなのか?」
「ええ……あいつといた時は、いつも気が休まらなかったし、言い合いばかり。出会った頃はたのしかったのになあ……」
彼女の声には、どこか寂しさと、過去を振り返ることへの辛さが混じっていた。表情は明るく笑っていたけれど、その奥に、孤独を知る者の影が確かに見えた。
「あんなやつとは別れて正解だぜ。借金を肩代わりさせた上に『勝手に返したんだろう』なんて言いざま、人としてどうかと思うよ。今は、別れた分楽なんじゃないか。金は帰ってこないだろうけど、授業料だと思って忘れちゃえよ」
「はい。もう、あんな奴に未練なんかないんで……」
「で、今はどこのパーティにも入っていてないのか?」
「はい。あいつと付き合いだしてから、あいつに合わせるためにパーティを抜けちゃったんで」
「そうかー。ひとりでやってるってことは、気楽な反面、頼れる相手もいないんだなあ……」
「……はい。最初は自由で楽しかったんですけど、最近はちょっと……一人でやっていくのに自信がなくなることも多くて」
届いた料理がテーブルに並べられた。熱々の皿から立ち上る湯気に目を細めながら、俺は箸を手に取った。
「食いながら話そうぜ。冷めちまうと料理が台無しだ」
「ふふっ、そうですね。いただきます」
しばらくの間、俺たちは黙って料理を口に運んだ。白身魚は柔らかく、香草の香りがふんわりと広がる。海鮮シチューもコクがあり、素朴ながら心に沁みる味だ。
「……美味しいでしょ?」
「うん、これは当たりだ。いい店を知ってるな、リーナ」
「えへへ、昔よく通ってたんです」
少し落ち着いたところで、彼女がぽつりと話し始めた。
「少し、昔のことを話してもいいですか?」
リーナは、器のふちを指でなぞりながら、ぽつりと呟いた。
「もちろんだ。聞くだけなら、いくらでも付き合うぞ」
俺がそう返すと、彼女は小さく頷いて、少しずつ言葉を紡ぎ出した。
「……私、冒険者になったのは、ただ強くなりたかったからなんです。貧しい家に生まれて、家族もいなくて……何もかも自分の力で手に入れるしかなかった。だから、剣を取るしかなかったんです」
その声は落ち着いていたが、どこか深い孤独が滲んでいた。
『何もかも自分の力で手に入れるしかなかった』......それは自分にも言えることだった。多くの冒険者は同じ理由でこの仕事に就く。
「それで、冒険者になってから、最初の頃はパーティにも入れてもらえず、一人で草むしりや配送の依頼ばかりやってました。地道にランクを上げて……やっとパーティにも入れてもらえて、そこそこ稼げるようになってきた頃……」
彼女は苦笑する。
「最初は頼もしく見えたんです。商売熱心で、仕事もまじめにやっていて、言葉も優しかった。でも、あの人、時々苦しそうな顔をするようになって、……よくよく聞いたら借金があるって」
「…………」
「初めは、申し訳なさそうに金を貸してくれって言ってたのに、次から次えと借金が増えて……そのうち、私が依頼で得た報酬を当然のように持っていくようになって」
「……それは、ひどいな」
「はい。でも、一番辛かったのは、私がそれを怒ったときの反応でした。『勝手に貸したんだろう』って」
リーナはグラスの水を口に運び、少しだけ目を伏せた。
「あの時、卓郎さんが言ってくれた言葉で目が覚めました。どうかしてたんです、私。あんなの愛じゃない。人を見る目がなかったんです」
その言葉に、恋愛経験もない俺はしばらく考えてから、ゆっくりと答えた。
「恋は盲目っていうからね。でも、今度はきっと良い人に出会えるさ。変な奴に引っかかるなよ。それに、リーナは、ちゃんと自分の足で立とうとしてる。それだけで、十分凄いことだと思うよ」
「……そう言ってもらえると、少し救われます。……卓郎さんって、ちょっとずるいです」
リーナの頬がほんのり赤くなった。
「ずるい?」
「はい。そんな風に優しくされたら、私、もっと甘えたくなっちゃうかもしれませんよ?」
いたずらっぽく微笑むその顔は、さっきまでの影が少し晴れたように見えた。
「はは、甘えるって言われてもなあ。俺はすぐここをたつ人間だし、教会の依頼で方々を探しあるかなければならないからな。ここにいる時くらいなら手を貸してあげるけど」
リーナは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに小さく笑い、俯いたまま小さく呟いた。
「……ありがとう、卓郎さん」
その言葉は、確かに心からのものだった。
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