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しおりを挟む風を切り裂くように歩みを進め、俺たちはついに《ヴァルデン尾根》の最上部へと到達した。
周囲の空気は薄く、肌を刺すように冷たい。草木はほとんど見られず、灰色の岩がゴツゴツと連なるばかり。上空では雲が早く流れ、絶え間ない強風が尾根の地形を唸らせていた。
「……着いたな。ここが《ヴァルデン尾根》」
「すごい……まるで、世界の果てみたい……」
リーナが息を呑む。その言葉通りだった。尾根の先、断崖の向こうには、ただ果てしない山々が連なり、遥か彼方に雪に覆われ銀色の光を帯びた《ヴァルデランの槍》が天を突いている。
「よく見ろ、あそこ……」
卓郎が指差した。崖の先端、わずかにせり出した岩陰の下に、異質な黒色がのぞいていた。
「……人工物?」
「たぶん、あれが伝承の古代魔導王国が建てたっていう《封印遺跡》だ。」
「でも、どうやって……あんな場所に?」
風に乗ってかすかに漂う魔力の残滓。自然の気流では説明できない、違和感のある風圧の揺らぎ。それは、何かが『こちらを監視している』ような錯覚すら与える。
「魔力の流れが歪んでる……ここの風、ただの風じゃないな」
「まさか……結界?」
俺は一歩前に出て、地面に膝をつき、手を当てる。岩肌の奥から伝わってくる微細な震動。それは確かに、人工の魔力構造が生み出している波動だった。
「間違いない。これは魔導結界……相当古い、でもまだ動いてる。あの遺跡、外からじゃ開かないぞ」
「じゃあ……どうするの?」
リーナが不安げに尋ねる。
「入口は……別にある。たぶん、どこかに転移口が。地形的に崖の下か、岩の裂け目に――あった!」
風に舞う苔の間に、わずかに埋もれた石の輪郭を見つける。それは風雨に晒されながらも、どこか荘厳な紋様を帯びた、円形の魔法陣だった。
「これが……転移陣だな……」
「使えるんですか……?」
「まだ生きてる。共鳴させてみる」
二人が剣を陣にかざし、ゆっくりと魔力を流し込む。すると、石盤が淡く青白い光を帯び、風の音が変わった。まるで、大地が目を覚ましたかのように。
「……動いた」
地響きとともに、石盤の中心から螺旋状の光が立ち上り、地面に風の門が開かれた。
「この先に、遺跡の内部がある。行くぞ、リーナ」
「はい……覚悟はできてます!」
二人は互いに頷き、風の門の中へと一歩を踏み出した。
その瞬間、空気が切り替わる。
重力が歪み、視界が一瞬にして反転――俺たちは、冷えた石の床に足を下ろした。そこは薄暗く、天井は高く、崩れかけたアーチが交差する空間だった。風の音も、外の光も届かない。空気は重く湿っており、かすかに何かが腐ったような匂いが漂っている。
「ここが……遺跡の内部……?」
「気を抜くな、リーナ。魔力の流れが不自然だ。……何か潜んでる」
俺の声に、リーナがうなずいた刹那――
ズズズ……ッ!!
「……下、かッ!!」
警告するより先に、地面が突如として盛り上がり、漆黒の影が飛び出してきた。
それは一瞬、空気を裂いたかと思うと――
「うわっ!!」
リーナの足元を狙って飛び出した魔獣が、唸るようにうねりながら襲いかかる。だがリーナは素早く横に跳び、間一髪でそれを避けた。
「なんなの……これ……蛇!? 大きすぎるっ!」
それは体長8mはある、黒くぬめった鱗と、紅い目を持つ巨大な蛇だった。
「影潜の蛇《ノクトスパイン》……地中を音もなく移動し、獲物に奇襲をかける夜行性魔獣だ! 闇の中ではこちらが不利、リーナ、光を使うぞ!」
俺は素早く詠唱する。
「ライト!」
掌から放った強烈な光が、闇の空間を一瞬照らし出す。
その光の中、黒くぬめった鱗に覆われた蛇の巨体が、しゅるしゅると音もなくうねりながら周囲を巡っているのが見えた。
「いたっ……!」
「姿を見せたな! 〈結界展開〉マジックシール!」
床に広がる魔法陣が淡く光り、ノクトスパインの潜行ルートを遮断するように展開された。蛇は突如現れた結界に驚いたように動きを止めたが、その紅い目は怯まず、こちらを睨みつけている。
「卓郎さん、空気が……なんか変です!」
「瘴気だ! あいつ、闇属性の毒気を吐いてくる! 下がれ、息を止めろ! ピュリファイ!」
ピュリファイは呪いや毒などを光の力で浄化する魔法だ。ピュリファイで瘴気が払われ毒が消える。
俺は魔力を一点に集中し、剣の刃に光を帯びさせる。
白光を帯びた精錬銀のミスリルソードが光を反射する。
ノクトスパインが再び大きく口を開き、黒煙のような瘴気を吐き出してきた。
その中に突っ込み、俺は蛇の首元を目がけて一閃する!
「喰らえッ――!」
斬撃が蛇の鱗に食い込み、白光が瘴気を切り裂いた。ノクトスパインが怒りと苦痛の悲鳴を上げる。
「ギィィイイイィィッ!!」
「ロックランス!」
ノクトスパインが無数の土槍に串刺しにされた。
「今だ、リーナ、止めをさせ!」
「はいっ! とりゃー!!」
リーナの渾身の一撃がノクトスパインを両断した。
「グォオオ……!」
体をくねらせながら、ノクトスパインの首が天井近くにまで跳ね上がるが――
致命傷だったのか、やがてその巨体が崩れるように地に落ちた。
……静寂。瘴気が霧散し、石の床に、長く黒い影が横たわる。
「……やったな。俺の付けた傷に合わせたのは見事だったぞ!」
「は、はぁ……怖かったぁ……!」
リーナが膝をついて深く息をついた。彼女の肩が小刻みに震えているのを見て、俺はそっと手を差し出す。
「よく頑張ったな、リーナ。ノクトスパインは、だいぶ弱っていたとはいえ……お前の一撃が止めだった」
「でも……私、ちょっと……足が……」
「無理もない。瘴気に当たったからな。少し休め、ヒールをかけてやる」
ノクトスパインの亡骸からは、黒光りする硬質の鱗と、脈打つように揺れる瘴気腺が露出している。
「……素材としては悪くないな。高級防具の胴部に使えるし、瘴気腺は加工次第で麻痺薬にも……」
俺は剣を納め、ノクトスパインの亡骸を慎重にストレージへと収めた。
「リーナ、体調が戻ったら先に進むぞ。遺跡の中心部は……この先のはずだ」
リーナは深くうなずいた。
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