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しおりを挟む深夜の《姫の宮都市》冒険者ギルド中央支部。
ポータルシフトで戻ってきたリーナと俺は、すぐさまカウンターに向かった。時刻はもう深夜。にもかかわらず、中央支部のカウンターは淡い光に照らされ、変わらぬ気配で冒険者たちを迎えていた。
受付嬢の女性がこちらに気づき、柔らかく微笑む。
「おかえりなさい、卓郎さん、リーナさん。依頼の完了報告ですか?」
「はい。シェイドビースト、三体討伐。証拠も揃ってます」
リーナが肩から提げていた革袋を机の上に置いた。中には、霧森の瘴気を帯びた魔核と、特徴的な牙や皮が丁寧に梱包されている。
受付嬢は慣れた手つきで素材を確認し、満足げに頷いた。
「間違いありません。霧森に現れた個体は、すべて討伐完了と見てよさそうです。見事ですね、リーナさん」
「えっ……あ、ありがとうございますっ」
突然の称賛に、リーナは思わず肩をすくめ、ぺこりと頭を下げた。その耳は真っ赤になっていて、本人はそれに気づいていない。
そんな様子を見て、受付嬢がくすりと笑う。
「これでCランクチャレンジ、3回連続で成功ですね。申請していただければ、昇格試験を受けられますよ?」
「やったな、リーナ」
俺が横から言うと、リーナはびくりと肩を揺らして、俺の顔をまじまじと見つめた。
「……あの、私、試験、受けていいんでしょうか」
「当然だろ。今日の立ち回りを思い出してみろ。俺、途中からほとんど出番なかったぞ」
「で、でも……まだミスもしますし、余裕ってわけじゃ――」
「だから、試験で確かめるんだよ。完璧になるまで待ってたら、きっと一生踏み出せない。実力はある。自信を持て」
そう言って、リーナの頭を軽くひと撫でしてやると、彼女はぱちぱちとまばたきをしてから、きゅっと拳を握りしめた。
「……はい。申請します。昇格試験、受けます!」
その声には、わずかに震えが混じっていた。でも、その目はしっかりと前を見据えていた。
「はいっ、かしこまりました。試験は三日後、午前十時からとなります。それまでに準備を整えてくださいね」
受付嬢が笑顔で申請用紙を手渡してくる。リーナはそれをしっかり受け取った。
***
その夜、自宅のテラス。月が雲間から覗き、微かな風が木々の葉を揺らしていた。
夕食も終え、テーブルには温かいミルクティーが二つ。
リーナは椅子に腰掛け、湯気の立つカップを両手で包みながら、ぽつりと話した。
「……ねえ、卓郎さん」
「ん?」
「なんだか、まだ夢みたいです。私、ちゃんと魔物倒して、昇格試験も目の前で……」
「Cランク目前だから、ってことか?」
リーナは軽く頷く。
「最初、魔法を出すのに何日もかかって、ウィンドカッターが出た日、嬉しくて泣いちゃって……覚えてます?」
「覚えてるよ。あのとき、リーナ、俺の腕につっぷしてわんわん泣いてたよな。あれ、正直ちょっと焦った」
「うっ……あれは、感動の涙だったんですっ! べ、別に甘えたかったわけじゃ――」
「いや、あれは甘えてた」
「う……否定できないのが悔しいです……」
リーナは真っ赤になってカップを口元に隠すように持ち上げた。少しだけ肩が揺れているのは、恥ずかしさと笑いの混ざった反応だろう。
「でもまあ、そこからしっかり成長したじゃないか。もう、俺の手助けなんかなくても、ちゃんと自分の足で立って戦えてる」
「……それは、卓郎さんがずっと支えてくれたからです」
リーナは少し顔を背けるようにして笑いながら言った。髪が月明かりに照らされて、ふわりと銀色に輝く。
「でも、まだまだです。Dランクを抜けただけじゃ……」
「焦らなくていいさ。ランクが上がるごとに、敵も世界も広がってくる。その中で、今日みたいに確実に“勝てる戦い”を重ねていけばいい」
「……はい」
しばらく、夜風とカップを置く小さな音だけが続いた。
やがて、リーナがぽつりと言った。
「……あの、卓郎さん」
「ん?」
「昇格したら、いっしょに少し遠出しませんか? まだ行ったことない、大森林とか……。ふたりきりで」
「……ん? 今、『ふたりきりで』って言った?」
「っ! い、言ってません! 言ってないです!! 今のはその……言葉のあやというかっ!」
「まあ、今までいつも二人だったしな。 あれ? リーナさん、まさかデートのお誘いですか?」
「ち、違いますっ! ……違いますけど、でも、ちょっとだけ……そういうのも……いいかなって……」
顔を真っ赤にしながら、リーナはぎゅっとカップを握りしめ、目を逸らす。その様子があまりに初々しくて、俺は思わず吹き出しそうになるのをこらえた。
「じゃあ、その『ちょっとだけ』を大事にして、予定立てようか」
「……はい。でも、まずは昇格試験ですよ。失敗したらお預け、ですからね」
「おっと、自分で自分にプレッシャーかけるねえ」
「だって……ちゃんと合格して、一緒に行きたいんですもん。堂々と!」
リーナはにっと笑って、最後の一口を飲み干す。少し勇気を振り絞った顔だった。
「じゃあ、頑張らないとな。Cランク昇格試験、俺も全力でサポートするから」
「……ありがとう。卓郎さんがいてくれれば、どんな試練でも、きっと超えられます」
カップをそっと掲げるリーナに、俺も微笑んでカップを合わせた。
――コツン。
その澄んだ音が、夜空に優しく響いた。
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