4 / 28
3 煤かぶり姫と光の貴公子
しおりを挟む
意識散漫の中、授業は粛々と進んでいく。
これといって変わらない日々が、余計にベルティアの心に漣を立てる。
朝の出来事が重い鉛のように心の中に蔓延り、まるで泥を飲み込んだかのような気持ち悪さを覚えさせる。
昼休み前最後の4限の授業、特進クラスが故の豪速急かつ高度過ぎる内容は怒涛の勢いで脳内を駆け抜けているが、ベルティアの意識は、やはり蚊帳の外であり、けれど手元はいつものように動いているのか、ノートには流麗と称される模範文字で完璧な書き込みがびっしりと綴られている。
いつもは心踊る経営学の授業も、今日ばかりはつまらない。
そう思っているのに、身体は真面目すぎて、もういっそのこと自分でも笑いが込み上げてきそうなほどだ。
柔らかな鐘の音が響き、授業が終了する。
質問したいことがあり、立ち上がるが、教師の歪んだ顔を見た瞬間、その思いが諦めに変わった。
(———大丈夫、いつものことよ)
図書館に行って調べればいいだけの話だ。
穢らわしい自分の声なんて、誰も聞きたいと思っていない。
なら、自分は話すべきではない
声を上げるべきではない。
そう言い聞かせ、何事もなかったかのように昼食を得るために食堂に向かう準備を始める。
「ちょっといいかな?」
甘く艶やかな声にゆっくり視線を上げると、眩しいものが視界に入った。
(っ、エドワード・ルードバーグ公爵令息………)
柔らかく跳ねた猫っ毛は、貴族にとって最も貴い黄金。
髪色に合わせてあつらえたかのような切れ長の黄金の瞳。
———そして、柔らかくとろけるような笑顔の奥に隠れた嫌悪、否、憎悪………
向けられた悪感情の強さに、指先がどうしようもなく震える。
息が僅かに上擦り、それを隠すために小さく頷く。
手に持っていた閉じたままの扇子をつい左頬に当ててしまったが、それはもうご愛嬌として欲しい。
彼の言葉を待つように視線を上げると、微笑んだままの彼は心底嬉しそうな仮面を被っている。
表情と感情の乖離が酷く、それがなお、ベルティアの心に大きな恐怖を抱かせる。
「放課後、白薔薇庭園に来てもらってもいいかな?」
疑問形ではあるが、表情も圧力も、逃さないと言っているようなものであり、そもそも公爵家の人間のお願いを弱小の辺境伯家が突っぱねられるわけがない。
つまり、ベルティアの返答は決まっているのだ。
「………はい」
頷く以外にできることは存在などそもそもしていない。
平等と謡いながら身分社会の縮図を凝縮させたこの学園は、強者が日々、弱者を虐め、貶し、虐げている。
エドワードの罰ゲームだってそうだ。
彼も普通ならばやらなくてもいい罰ゲームを、第3王子の命令が故に聞かなくてはならなくなっている。
この世界は理不尽に自分たちを傷つける。
傷つける原因を作っているのは、自分たちで、自分たちが傷付いては他人のせいにして余計な苦しみを生み続けている。
倦み疲れて、死さえも望む日々が、繰り返されている。
こんな無駄な日々に、いつ終止符が打たれるのだろうか。
今日?明日? それとも1年とかもっと先?
もう、全てがどうでもいい。
本来ならば、エドワードの誘いだって突っぱねてしまいたい。
でも、大好きで、必死に自分を守ろうと奮闘してくれている父を想うと、それもできない。
ベルティアの未来は、もう、すでに決まっているのだ。
覚悟は決まっている。
やっとのことで微笑みを浮かべたベルティアは、何故か今なお目の前に立っているエドワードに淑女の礼をする。
「ご用件はそれだけでしょうか?お昼を調達せねばなりませんので、これにて失礼させていただきます」
唐突な言葉に一瞬目を見開いたエドワードの横をすり抜け、またあの裏庭へと逃げ込む。
耳裏には、まだ第3王子の放った『罰ゲーム』が酷く粘着質に残っている。
耳を塞いでも響き続ける声は、吐き気をも催す。
あと2限分授業を受けたら、その瞬間はやってくる。
僅かな希望さえも砕かれたベルティアは、乾いた笑いを浮かべながらまるで石のように思える食事を必死に飲み込む。
「あと、………3ヶ月」
卒業まで、意外に長い………。
これといって変わらない日々が、余計にベルティアの心に漣を立てる。
朝の出来事が重い鉛のように心の中に蔓延り、まるで泥を飲み込んだかのような気持ち悪さを覚えさせる。
昼休み前最後の4限の授業、特進クラスが故の豪速急かつ高度過ぎる内容は怒涛の勢いで脳内を駆け抜けているが、ベルティアの意識は、やはり蚊帳の外であり、けれど手元はいつものように動いているのか、ノートには流麗と称される模範文字で完璧な書き込みがびっしりと綴られている。
いつもは心踊る経営学の授業も、今日ばかりはつまらない。
そう思っているのに、身体は真面目すぎて、もういっそのこと自分でも笑いが込み上げてきそうなほどだ。
柔らかな鐘の音が響き、授業が終了する。
質問したいことがあり、立ち上がるが、教師の歪んだ顔を見た瞬間、その思いが諦めに変わった。
(———大丈夫、いつものことよ)
図書館に行って調べればいいだけの話だ。
穢らわしい自分の声なんて、誰も聞きたいと思っていない。
なら、自分は話すべきではない
声を上げるべきではない。
そう言い聞かせ、何事もなかったかのように昼食を得るために食堂に向かう準備を始める。
「ちょっといいかな?」
甘く艶やかな声にゆっくり視線を上げると、眩しいものが視界に入った。
(っ、エドワード・ルードバーグ公爵令息………)
柔らかく跳ねた猫っ毛は、貴族にとって最も貴い黄金。
髪色に合わせてあつらえたかのような切れ長の黄金の瞳。
———そして、柔らかくとろけるような笑顔の奥に隠れた嫌悪、否、憎悪………
向けられた悪感情の強さに、指先がどうしようもなく震える。
息が僅かに上擦り、それを隠すために小さく頷く。
手に持っていた閉じたままの扇子をつい左頬に当ててしまったが、それはもうご愛嬌として欲しい。
彼の言葉を待つように視線を上げると、微笑んだままの彼は心底嬉しそうな仮面を被っている。
表情と感情の乖離が酷く、それがなお、ベルティアの心に大きな恐怖を抱かせる。
「放課後、白薔薇庭園に来てもらってもいいかな?」
疑問形ではあるが、表情も圧力も、逃さないと言っているようなものであり、そもそも公爵家の人間のお願いを弱小の辺境伯家が突っぱねられるわけがない。
つまり、ベルティアの返答は決まっているのだ。
「………はい」
頷く以外にできることは存在などそもそもしていない。
平等と謡いながら身分社会の縮図を凝縮させたこの学園は、強者が日々、弱者を虐め、貶し、虐げている。
エドワードの罰ゲームだってそうだ。
彼も普通ならばやらなくてもいい罰ゲームを、第3王子の命令が故に聞かなくてはならなくなっている。
この世界は理不尽に自分たちを傷つける。
傷つける原因を作っているのは、自分たちで、自分たちが傷付いては他人のせいにして余計な苦しみを生み続けている。
倦み疲れて、死さえも望む日々が、繰り返されている。
こんな無駄な日々に、いつ終止符が打たれるのだろうか。
今日?明日? それとも1年とかもっと先?
もう、全てがどうでもいい。
本来ならば、エドワードの誘いだって突っぱねてしまいたい。
でも、大好きで、必死に自分を守ろうと奮闘してくれている父を想うと、それもできない。
ベルティアの未来は、もう、すでに決まっているのだ。
覚悟は決まっている。
やっとのことで微笑みを浮かべたベルティアは、何故か今なお目の前に立っているエドワードに淑女の礼をする。
「ご用件はそれだけでしょうか?お昼を調達せねばなりませんので、これにて失礼させていただきます」
唐突な言葉に一瞬目を見開いたエドワードの横をすり抜け、またあの裏庭へと逃げ込む。
耳裏には、まだ第3王子の放った『罰ゲーム』が酷く粘着質に残っている。
耳を塞いでも響き続ける声は、吐き気をも催す。
あと2限分授業を受けたら、その瞬間はやってくる。
僅かな希望さえも砕かれたベルティアは、乾いた笑いを浮かべながらまるで石のように思える食事を必死に飲み込む。
「あと、………3ヶ月」
卒業まで、意外に長い………。
63
あなたにおすすめの小説
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、すれ違いの末に離れ離れになった夫婦の物語。
再会したとき、二人が選ぶのは「離婚」か、それとも「再構築」か。
妻を一途に想い続ける夫と、
その想いを一ミリも知らない妻。
――攻防戦の幕が、いま上がる。
公爵家の次女ですが、静かに学園生活を送るつもりでした
佐伯かなた
恋愛
王国でも屈指の名門、公爵アルヴィス家。
その家には、誰もが称賛する完璧な令嬢がいた。
長女ソフィア。
美貌、知性、礼儀、すべてを備えた理想の公爵令嬢。
そして──もう一人。
妹、レーネ・アルヴィス。
社交界ではほとんど名前も出ない、影の薄い次女。
姉ほど目立つわけでもなく、社交の中心にいるわけでもない。
だが彼女は知っている。
貴族社会では、
誰が本当に優れているのかは、静かな場面でこそ分かるということを。
王立学園に入学したレーネは、
礼儀作法、社交、そして人間関係の中で、静かに周囲を観察していく。
やがて──
軽んじていた者たちは気づく。
「公爵家の妹」が、本当はどんな令嬢だったのかを。
これは、
静かな公爵令嬢が学園と貴族社会で評価を覆していく物語。
もうすぐ帰って来る勇者様と私の結婚式が3日後ですが、プロポーズされていないといくら言っても誰も信じてくれません
まつめ
恋愛
3日後に村をあげての盛大な結婚式がある。それはもうすぐやって来る勇者様と自分の結婚式。けれど勇者様は王都の聖女様と結婚すると決まっている。私は聖女様の代わりに癒し手として勇者様を治療してきた、だから見事魔王を打ち破って帰って来た時、村人達は私が本物の聖女だと勘違い。私がいくら否定しても誰も聞いてはくれない。王様との謁見を終えてもうすぐ勇者様が村に帰って来る。私は一度も好きだと言われてないし、ましてや結婚しようとプロポーズも受けていない。村人達はお祭り騒ぎで結婚式の準備は加速していく。どうしようと困っているのに、心の奥底で「もしかしたら……」と大好きな勇者様が自分を選んでくれる未来を淡く期待して流されてしまう私なのだった。どうしよう……でもひょっとして私と結婚してくれる?
一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました
由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。
ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。
遠い存在になったはずの彼。
けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。
冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。
【完結】セクハラ護衛騎士と婚約者の観察日記
buchi
恋愛
ハンナは実は大富豪でもある伯爵家の娘。地味でおとなしいので、公爵家の一人娘の婿の座を狙う婚約者から邪魔者扱いされて、婚約破棄を宣言されてしまう。成績は優秀なので王女殿下のご学友に選ばれるが、いつも同席する双子の王子殿下に見染められてしまった。ただし王子殿下は、なぜか変装中で……変装王子と紡ぐ「真実の愛」物語。王道のザマアのはず(ちょっと違う気もするけど、いつものことさっ) 完結しました。
完璧な政略結婚のはずでしたが、宰相閣下の“私の妻”扱いが甘すぎます
星乃和花
恋愛
政略結婚のはずでした。
家同士の利も、立場の釣り合いも、全部きちんと整った、完璧に合理的な結婚。
……なのに、夫となった冷徹宰相は、なぜか人前で私を「最高の妻」と紹介し、暮らしを完璧に整え、他人に近づかれると不機嫌になってしまいます。
“天使”と噂される穏やかな令嬢フィオナもまた、
そんな不器用な優しさに少しずつ心をほどかれて――。
これは、条件で選ばれたはずの夫婦が、
いつの間にかお互いを“ただ一人”として欲しくなるまでの、甘くてやさしい政略結婚物語。
(毎日21:50更新ー全8話)
無臭の公爵様は香りの令嬢を手放さない~契約婚約のはずが、私の香りで極甘に覚醒しました!?~
黒崎隼人
恋愛
前世で香水の研究員だった記憶を持つ見習い調香師のリリアーナ。
彼女の持つ特別な能力は、眠ると「運命の相手の香り」を夢で予知できること。
ある日、王命によってクロフォード公爵エリオットの元へ派遣される。
彼はあらゆる香りを拒絶する特異体質で、常に無表情な「鉄仮面公爵」として恐れられていた。
しかも、彼自身からは何の匂いもしない「無臭」だった。
リリアーナの作る自然な香りだけがエリオットの痛みを和らげることが判明し、二人は体質改善のための「偽りの契約婚約」を結ぶことに。
一緒に過ごすうち、冷徹だと思っていたエリオットの不器用な優しさに触れ、リリアーナは少しずつ心を開いていく。
そして、彼女の調合した「解毒の香り」が、公爵の体に隠された恐ろしい呪いと陰謀を解き明かし――!?
匂いを感じない公爵が、やがて愛しい人の香りに目覚め、極上の溺愛を見せる。
香りに導かれた二人が紡ぐ、甘く切ない異世界ラブファンタジー!
三年分の涙を飲み込んで離婚を決めた私に、今さら愛してると言わないでください
まさき
恋愛
「別れてください」
笑顔で、声を震わせずに、澄花はそう言った。
三年間、夫の隣に立ち続けた。残業続きの夫を待ち、不満を飲み込み、完璧な妻を演じた。幼なじみの麗奈が現れるまでは、それが愛だと信じていた。
嫉妬も、怒りも、とうに泣き尽くしていた。残ったのは、静かな決意だけだった。
離婚届を差し出した翌朝、夫・誠は初めて泣いた。
――遅すぎる。三年分、遅すぎる。
幼なじみに夫を奪われかけた妻が、すべてを手放す覚悟をしたとき、夫はようやく目を覚ます。泣き終わった女の強さと、取り戻せないものの重さを描く、夫婦の崩壊と再生の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる