とある隠密の受難

nionea

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6.

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 何はともあれ、
「今回はすまなかった、湯船の中に呼び出すつもりは流石になかった」
と、謝罪を挟み、
「服は用意しておくから、使うと良い」
と、気遣いを受けた。
 ので、ミツマは、リーグクラットが去った一人きりの浴場で、いそいそと濡れた服を脱ぎ、広い湯船の中で体を伸ばしている。というか、漂わせている。
(うあぁ気持ちいぃ…キョーナン東部以東の温泉文化は本当に良いなぁ)
 キョーナン出身のミツマにとって、風呂とは蒸気による蒸し風呂が一般的だ。東方侵攻によってキョーナン国の東部の一部に温泉地が含まれるようになったが、キョーナンの九割九分は蒸し風呂文化である。そして、逆に、キョートウではほぼ全域に亘って温泉が出ており、お湯に入るのが一般的だ。
 ミツマとしては蒸し風呂の方が体が温まると考えているが、お湯に体を包まれる気持ち良さはやみつきだった。ゆらゆらと弛緩した体を漂わせて、満足した頃立ち上がる。最後にぐっと伸びをして、湯船を出る。
 多少絞った服を手にそろそろと脱衣所に近付く。そこに人が居ないのは良いのだが、体を拭くための乾布も無く、着替えもまだ無いようだった。
(………あー、ど)
 ミツマが、まだ届いてないのだどうしようと考えていると、乾いた布に包まれた。それは良い、ただ視界に笑顔のリーグクラットが立っているのだけがいただけない。
「あの」
「もう後は寝るだけだからな」
「………然様で」
 確かに就寝前ならとは言ったが、今日も含まれているとは想定外だったミツマは、軽く溜息を吐く。
 リーグクラットはそんな彼から濡れた下男の服を取り上げ、床に置かれた籠の中に放り込んだ。そして乾いた下男服を渡してくる。
 本当に用意してくれたのだな、と少し驚きながら受け取って、だがその服の意味する所に気付いてミツマは眉を寄せた。
(あーこれは…)
 キョートウ国の城勤めの役職で、下男とは物凄く広範囲な仕事をする者を表す言葉である。庭掃除、買い出し、荷物の運搬、家庭教師、側仕え、子供の使いの様な事から高い教養を求められる事まで、多種多様である。そのため、下男服を着ている人間は数多い。だからこそミツマは潜入に際し下男服を入手したのだ。
 だが、例えば王子の家庭教師を努める人間に、その辺の屑籠の中身を集めて回る仕事を頼む訳が無い。能力や職分による区分けのため、下男には等級が定められている。襟袖の部分の飾りで分かれているのだ。
 無論ミツマの元の下男服は最下級であり、最も城内に数が多い物だ。そして、今目の前に有るのは最上級、貴族の次男以下が主に就く、貴人の身の回りの世話をするような役回りの下男の服なのだ。
「あの、せっかくご用意いただいたのですが、これは着れなっ! ちょっと!」
 乾いた布がまだ濡れていたミツマの頭に被せられ、ガシガシと拭われる。自分でやると訴えたのだが、手は止まらず、変に抵抗すると首を痛めそうでミツマは大人しくされるがままになった。
(まぁ、元の作りは同じだし、後で飾りを外すか)
 ミツマがひとまず渡された下男服を着る事を決めると、ちょうどリーグクラットの髪を拭いていた手も止まった。頭から布が外され、ぼっさぼさになっている髪を手櫛で整えられる。
「八重嵐の様だな」
 リーグクラットはミツマの髪を一房手に取って口付け、笑いながらそう言った。八重嵐は第二王子の愛馬だ。確かに大きく分ければミツマの髪も八重嵐の毛色も茶色だが、よくある茶髪と珍しい栃栗毛を同列にするのはどうかと思ったし、髪に口付けをするのもやめて欲しくて、そっとミツマは距離を取る。
 とりあえず身を包んでいる布の中で下男服に着替えようとするが、気付くとリーグクラットが距離を詰めている。すっと距離を取るが、ひょいと一歩で更に詰められる。すっ、ひょい。そろっ、ひょい。じりっじりっ、ひょい。
「あの…近いです」
「そうか?」
 距離を取ろうとするだけ近付かれて、ミツマは声に出して訴える事にした。たぶん行動で察してもらう事は不可能なのだ、何か要望があるなら口にしなくては伝わらないのだ、という諦め混じりの考えが頭を占める。
「着替えにくいので、離れてもらえませんか」
「必要ないだろう」
「は?」
 全裸に乾布を纏っただけで日常生活を送れというのかと眉を顰めたが。
「あ…」
 ほんの数時間前に陥ったのと同じ状況にされて初めて、ミツマは自身の迂闊さとリーグクラットの言葉の意味するところを悟った。
 着替えにもらった下男服は手を引かれたせいで床に落ち、ミツマ自身は寝台に押さえつけられている。背を回って前で合わせていただけの乾布はギリギリミツマの下腹部を隠していたが、跨ったリーグクラットの膝が少しでも動けばあっさりと晒す事になるだろう。
(………もう自分が馬鹿な事は認めるから、誰か助けて!)
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