(株)よつめやくのいち

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第二章:彼女達の事情

五話:チョコレート(中)

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 夕餉も終わり、お風呂も入り、もう後は寝るだけ。
 そんな状態で、オズは、自室の布団の上で仰向けに寝転がって、困っていた。
「こっち意識しな。見せつけるようにするんだよ。そうそう、上手いじゃないか」
 ペニバンを着けたコマコと、その作り物のイチモツへ懸命に奉仕するイチカが、真横の布団に居るからだ。
「ねぇ…」
「灯なら我慢しな。こっちは人生かかってんだ」
「いや、眩しいとかじゃなくてさ…それ、別室でやってもらう事できませんかね?」
「無理だねぇ、こんな夜中に灯つけてて怒らんねぇのはあんたの部屋だけなんだから。次は、裏筋、たっぷり唾を溜めて舐め上げるんだよ」
「はい」
「…そうですかぁ」
 イチカの大切な人生がかかっている事は解っているのだ。だが、何故真横なのか。そう思うのはいかんともしがたい。
(真剣なのは解るんだよ。でも、真横でぴちゃぴちゃいってたら気になるよ)
 しかも、なるべく聞かないようにしようと背中を向けているのだが。
「ああ、いいよ。上手だ。もっと、いやらしく、音立てて、そう、美味そうに頬張れてるよ。そのまま、頭を動かして、そう、もっと舌を窄めて、包み込むように」
 コマコが細かく指導するので、音と相まって容易に想像できる。
(商品だけど、耳栓出すか)
 オズはもぞもぞと布団を這い出し、鞄の中から耳栓を取り出した。
 イチカの力には、オズもなりたい。だから、いわゆる膣トレグッズも提供した。部屋の提供もやぶさかでない。
 問題はコマコだ。嫌がらせ、というほどのものではないのだ。コマコはそういう性格でもない。ただし、他人をおちょくる事は好きなのだ。だから、オズが本気で嫌だと思うぎりぎりラインまでならストレスを与えかねない。
(まぁ、本気で嫌なら対策してくれるだろうけどさ)
 耳栓をして、頑張るイチカの姿をもう一度見てから、布団に潜り込む。
(がんばれ、イチカさん)
 コマコの熱心な指導は、結局、三週間ほど続いた。
 そして、イチカが帰る日を三日後に控えた夕方。
「イチカは間違いなく名器だよ。いっぺんでも抱けば、田舎男が離れるなんざ土台無理だろうよ。ただ、問題は持ってき方だね」
「持ってき方って?」
「イチカがどんな手練手管の名器持ちでも、旦那を同意の上でその気にさせる一瞬が必要なんだよ」
「ああ…」
 コマコの言葉にオズは、考え込む。
 その気が無い、という事は、男でも女でも結構大変な壁だ。男は欲に弱い、というのは脳みその構造的にも正しいらしいが、精神というのは、時に肉体を凌駕する。その気のない相手に全裸で迫られても、くらっと来ない男はいくらでもいるのだ。
「拘束して無理矢理ってのは、嫌なんだろ?」
 イチカが、悲しそうに頷いている。
「…そこまで、せずとも、最後の情けを頼めばと、考えておりました」
「まぁそりゃそうなんだけど…そん時に、ムラムラさせときたいんだよ。手練手管で上手くやっても、欲が冷めちまうのは拙いんだ。男ってのは出すもん出すと頭が覚めちまうからねぇ…お情け一回なんて縋り方しても、てめぇが出したら終わりだって勝手に言い出しかねないからさぁ」
「ムラムラ…この世界って媚薬とか無いの? 精力増強剤とか」
「あるさ。でもそんなもん出しても飲む訳ないだろうが」
「あ、そっか」
 自慰をしようとしてるとこを中断させたりすれば一番良いけど、とイチカと話し始めたコマコとの会話を聞きながら、オズは、ふと思いついた。
 自社商品の一つである、可食ローションのフレーバー会議の際だ。
「ショコラ! これは絶対だから!」
 そう主張し続けた先輩は、言っていたではないか、チョコレートは媚薬だと。
 オズは、自分の鞄の中を漁る。そこには、三分の一ほどを食べ終えた板チョコが入っていた。一年後には帰れるとはいえ、数少ない嗜好品なのだ。だから、大事にちまちま食べていた。
「ねぇ、これ! これ、使えるかも! 稀人持ち込みの珍しいお菓子だって言ってさ!」
 自社商品ではないが、この際大事なのはイチカの努力が実る事だ。
 オズは、チョコレートを渡し、どんな効果が有るかを話そうとした。
「こりゃ、加加阿かい?」
 のだが、コマコの一言に一瞬にして勢いを失くす。
「あれ、なんだ、カカオ有るの?」
 じゃあ、媚薬だと警戒されて食べてもらえないか、と肩を落とした。オズの想定では、もの珍しいお菓子だったら食べてもらえるだろうと思ったのだが、この世界にカカオがあったとは想定外だ。何せ、ここで甘いものと言えば干し柿くらいだったので。
「でも、こりゃ…なんか甘い匂いがするね」
「だってチョコレートだもん」
「しょこりゃぇ? なんて?」
「ん?」
 コマコの不思議そうな訊き返し方に、思い出す。自分の名前を聞き取りずらそうにしていた人々の反応をだ。
 カカオは、在る。
 だが、チョコレートは、無い、という事だ。
「これ! お菓子! お菓子なのカカオを使った!」
「カカオで菓子? あんな苦いもんでかい?」
「それを甘くてとろけるようにしてあるんだよ! 美味しく食べるために!」
「へぇ…」
 匂いを確認するコマコから板チョコを受け取り、割れていた欠片を一つ渡す。
 コマコは、それを口に入れると、見る見るうちに目を見開いてニッコリと笑みを浮かべた。
「これならイケるよ」
「よっしゃあ!」
「本当ですか?」
「やったねイチカさん!」
「はい!」
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