首無し王と生首王后 くびなしおうとなまくびおうごう

nionea

文字の大きさ
42 / 45

閑話:ローディオ

しおりを挟む
(これは…まずい)
 ローディオは、レンフロと初対面ではなかったのだが、国外では首無し王の姿しか見せないその顔を、今初めて目の当たりにしていた。
(姿絵など所詮実物をより良く書いたものだと思っていたのに………)
 兄であり今回の国家間交流の長である彼は、ただ、妹が絵と実際の人物との差異に失礼な発言をする事を恐れていた。だが、今レンフロに会って、より過酷な現実がそこにあったと知る。
(絶対に会わせてはダメだ)
 顔見知りという表現が適切かは疑問だが、ローディオはレンフロと過去三回ほど会っていた。内二回は挨拶を交わしただけだが、一度は、ちょうどリルカティアとの話が持ち上がった頃で、少し長く話をした事がある。
 なので、性格がおそらく妹の好みに合う事を、理解していた。
(あいつは他国でもたぶん自分を曲げようとはしないぞ…あぁもう何故父上はあいつにレンフロ殿の姿絵を見せたりしたんだ。折角リルカティア殿にお会いできると喜んでいたのに)
 内心で嘆きつつ、それでもローディオは表面上は穏やかに振舞った。
 彼は、人の上に立つ自分を理解し、常に内心とは別で場に則した行動を取れるように自分を訓練してきている。なので、度重なる妹からの口撃にズタボロになった心を抱えていても、普通に過ごしているのだ。
 逆に言えば、普通にして見えても内心はそうでもない、という事でもあるが。
(本当にまずい)
 友好的な隣国の国王であり、順調に行けば義兄となるレンフロとの謁見を無事に終えた彼は、とにかく妹をアイデル国王に接触させない事を周囲に厳命した。そして、自身の我が儘で到着が遅れた妹には、相手が用意してくれた公的な場に遅れたお前が悪い、として謁見はできないと告げる。グチグチと口撃はされたが、非は彼女にあるのだから、覆りはしない。
(レンフロ殿はお若いとはいえ一国の王。常の通りに過ごされていればお会いする暇は無いだろう。ご政務を執り行う本城は内門内にあり、あいつとはいえ勝手に会いに行く事などはできない。とにかくこのまま何事も起こさないよう過ごさせよう)
 初めてリルカティアに会うというのに、何故胸をときめかせる事も無く妹の愚行を心配し続けなくてはならないのか。もういっそ泣きそうになればなるほど、ローディオの表面は無表情に固まっていく。
「どうぞ、こちらでございます」
 ローディオのその硬い表情を気にしつつも、顔を見つめる非礼はせずにリルカティアの元へと案内する侍女は、その強面に少しばかりの不安を持っていた。いや、先ほどからローディオが歩む脇で控えている使用人達は、皆揃って不安を持った、が正しいかもしれない。
 箱入りと言って差し支えないリルカティアは、身内以外の男性をほとんど知らない。体格が良く厳つい男性は、せいぜい遠くに騎士が立っているのを見た事があるくらいのものだ。彼女にとって、男性とは、線が細く穏やかな形をした兄弟くらいしか身近にはいなかった。
(もう、止めよう。既にできる対策はとったのだ。リルカティア殿に会える事だけに意識を集中しよう………)
 眉間が険しくなっている自分に気付き、ローディオはそっと揉みほぐした。
『あまり暗い顔をなさっていますと女性に嫌われましてよ? ただでさえ陰気臭い顔なのですから、笑顔ぐらい心がけられてはいかがです?』
 あまりにもはっきりと妹の言葉が耳の中に木霊した。
(………笑顔)
 眉間を揉んだ後で、片手で口を覆うようにして両頬を引き上げてみる。折角ほぐした眉間に再び皺が寄っていた。
(国王…リルカティア殿の兄…)
 レンフロは冴々とした美しい顔で、穏やかな微笑を浮かべていた。自国では見た事のない類の美男子だ。妹が舞い上がるのも頷ける。もしも、あれがアイデル王国で望ましい姿であるのなら、自分は全く婚約者の好みに当てはまらないのではないだろうか。
 やや険しい寄りの無表情の下で、ローディオは自身の顔面を初めて呪った。
 妹からあれこれ言われ、自身でも美しいと思った事はないが、それでも整って好い顔だと思っていたのだ。ゆくゆくは王となる兄を支えて武官相になり、兵を纏め上げるのに適した顔だと。
(考えてみればアイデル王国は平和な国だ…血腥さい戦を連想させるような顔は、好まれないのではないだろうか)
 国そのものを精霊王が整地したと言われるアイデル王国は、南西側を峻険な山脈に、南東側を複雑な海流の海洋に、北東側を魔の峡谷と呼ばれる底の見えない地割れを擁し、地形そのものが天然で国家防衛設備になっている国だ。そして、唯一とも言うべき平坦な地形で隣接している国こそが、ドリミァ王国、精霊王と従兄妹であったと伝わる人物を国祖の王とする我が国なのだ。
 アイデル王国よりも僅かに歴史の短いドリミァ王国は建国時から一度としてアイデル王国と対立状態になった事がない。
 それは、裏を返せば、アイデル王国は国レベルでの軍事的危機に晒された事がない、という事を意味する。
(我が国でも大掛かりな戦争はもう五十年は起きていない…昨今は騎士よりも詩人や学者の方が好まれるというし………)
 考えれば考えるほどローディオの顔は固まっていく。
 気が付けば、眉間に皺を寄せた半眼の、まるで不機嫌を絵に書いたような表情で、リルカティアが待つ部屋の前にたどりついていた。
(落ち着け…文のやり取りを思い出せ! リルカティア殿の好まれる話題を、顔は朗らかに、大声を出さないようにして…)
 ノックするまでもなく、扉は内側に控え者達の手でローディオの歩みを止めさせる事のないよう、左右に開く。
 春の日差しが美しい花々を織り込まれた薄絹を通して、室内を明るく照らしていた。
 ローディオの思考が止まり、表情の険しさが一瞬にして消し飛んだ。ぼうっと見蕩れるようなその顔は、真っ直ぐに一人を見つめている。
 光の中で、淡い菫色のドレスに身を包んだリルカティアは、まるで御伽噺の挿絵で見る精霊のようだった。金鎖を編み込んだ栗色の髪は風を孕んだようにふわりとして、光の中でなお内側から輝くような肌、そして、何より真っ直ぐに見返してくる琥珀色の大きな目。
「リルカティア殿…?」
 どこか地に足がしっかりと付いていないような覚束無さで、歩み寄りながら、ローディオは思わず呼びかけてしまった。アイデル王国では公の場で名前を呼ぶ事が無礼だ、と解っていたはずなのに。
 だが、呼びかけられたリルカティアの頬にさっと赤い色が乗るその姿さえ、愛らしく見え、無礼を謝る事が思いつかない。
 あと二歩という距離で、片膝を着いて手を伸ばす。
「お会いできる日を心待ちにしておりました」
 はにかむ笑みで、そっと手を重ね、リルカティアは微笑んだ。
「私も今日この日を待ち遠しく思っておりました…ローディオ様」
 責任感というものが芽生えてから十数年。あまりに久しぶりに、ローディオは笑った。心の底からの喜びを、そのまま素直に表した、飾ることのない笑顔だ。
 穏やかな春の季節に似合いの二人は、周囲の不安を他所に、大層仲睦まじい夫婦になるのだった。

□休題
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。 しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。 フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。 クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。 ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。 番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。 ご感想ありがとうございます!! 誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。 小説家になろう様に掲載済みです。

可愛らしい人

はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」 「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」 「それにあいつはひとりで生きていけるから」 女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。 けれど、 「エレナ嬢」 「なんでしょうか?」 「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」  その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。 「……いいえ」  当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。 「よければ僕と一緒に行きませんか?」

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。

あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。 宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。 対極のような二人は姉妹。母親の違う。 お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。 そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。 天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。 生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。 両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。 だが……。運命とは残酷である。 ルビアの元に死神から知らせが届く。 十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。 美しい愛しているルビア。 失いたくない。殺されてなるものか。 それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。 生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。 これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

処理中です...