遠恋中の彼女から託されたお宝(弟)には取扱説明書が付いていた!

九頭龍渚

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第1話 お宝が来た

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 遠距離恋愛中の彼女が取扱説明書付きで持ち込んだお宝を前にして、俺は言葉を失っていた。


  ♡ 桐島きりしま颯也そうやの取扱説明書 ♡

 ☆ 朝はとりわけデリケートなので優しく起こすこと。
 ☆ 起床後は歯磨きと洗顔をし、服をコーディネートして着せること。
 ☆ 朝食のパンは小さくちぎって口へ運ぶこと。
 ☆ 登下校は車で送迎すること。
 ☆ 入浴は毎日欠かさず、全身隈なく入念に洗うこと。
 ☆ 夜は添い寝し、寝付けない時は物語を聞かせること。毎回違う話が望ましい。
 ☆ 夜中にトイレに起きた時は必ず付き添うこと。
 ☆ その他、諸々要注意。


「お願い! 理仁亜りにあだけが頼りなの」

 俺の恋人・桐島麗羅れいらは両手を合わせて、あたかも神に祈るがごとき大仰な仕草で何度も頭を下げるのだった。

「よろしくお願いします」

 と、麗羅の傍らのは言い、同様に頭を下げた。
 そのお宝、桐島颯也、十八歳。ピッカピカの大学一年生。麗羅の弟である。


 颯也には、沙耶さや、麗羅、真凛まりんという三人の美しい姉がいる。彼は桐島家の待望の男児で、この世に生まれ落ちた瞬間から肉親たちの寵愛を一身に受けて慈しみ育てられた。
 しかし、それが祟って誰かの手助けなしにはほとんど日常生活ができない。にもかかわらず、大学進学のために実家を離れることになったのだった。親元から通える大学が望ましかったらしいのだが、それは学力的にままならなかったという。

 幸いにしてというか、俺にとっては甚だ迷惑千万な話なのだが、颯也が通うことになった大学が在る都市には、二番目の姉・麗羅の彼氏、つまり俺が勤める会社と住居があった。
 そこで、地獄に仏とばかりに桐島家が俺に白羽の矢を立てたというわけであった。

 しかしながら、こういうことは事前に相談して欲しかった。心の準備というものが必要だ。それとも、敢えてこちらに考える猶予を与えず、半ば強引に承諾させようという麗羅の策略なのだろうか。
 確かに、予め打診を受けていれば、二の足を踏むかもしれない案件だ。


「この取扱説明書だけど」
 手渡された紙片に記された内容と目の前の男子大学生をどう結び付けたら良いのか、俺の頭の中で混乱が生じていた。
「まさか、彼の……?」

 まさかこの大学生の世話のマニュアルなどではないだろうと思いつつも、一応訊いてみた。

「颯也の世話の仕方よ。この通りにお願いね」

 麗羅は当然と言わんばかりの顔でにっこりと頷いた。

 その、まさかだった。

「ええっ!? これじゃまるで赤ん坊を預かるようなもんじゃないか。俺にこんなことできるかな……って、そういう問題じゃないだろ!」

 俺は取扱説明書の内容に愕然とし、思わず一人ツッコミで自分の置かれた状況を茶化して現実逃避を図った。

 それにしても、赤ん坊同然の大学生とは!

 最初に麗羅は言った。少し世話の焼ける子なのだと。しかも、無料というわけではない。俺が颯也に住まいを提供し、彼の身の回りの世話をすることで月額二十万円が支払われる。これが果たして高いのか安いのかよくわからない。早い話が、自分の弟を俺のマンションに下宿させて、生活全般、つまり衣食住の面倒を看て欲しいというわけである。

 恋人の弟ということもあり、お金を貰うことは一度辞退したが、それではあまりにも申し訳ないということで、下宿代+アルファ分として受け取ることになった。

 しかし、それが却って気が重い。そもそも俺は一人っ子で、年下の面倒を看た経験もない。ましてや相手は恋人の大事な弟で、超過保護に育てられたお宝息子ときている。

 そして、問題は取扱説明書だ。この中身はかなりハードルが高い。と言うより常軌を逸している。文字通り、服を着せて食べさせて風呂に入れて寝かし付ける。まるで赤子の世話だ。それをするのは俺で、対象は男子大学生。

 あり得ない。何かの間違いとしか考えられない。第一、大学生にもなって自分の身の回りのことができないというのが、人として間違っている。
 そう! 問題はそこだ。

「お願い! 理仁亜、心から愛してる」

 そう言って麗羅は再び手を合わせて祈りの仕草をした。

 麗羅からお願いされ、愛してると言われれば、たとえどんなことであろうと断ることなどできない。気が進まないながらも、俺は引き受ける決心をした。




つづく
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