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第23話 化石になるまで
しおりを挟む姉たちが去り、緊張から解放された安堵感からか、二人の腹の虫が合唱した。
「お腹が空きましたね」
「颯也は丸一日何も食べてなかったんだよな」
俺たちは昨晩颯也が作ったカレーを温め直して食べることにした。
食欲をそそる香りといい、適度なとろみといい、初めての調理とは思えないほどの完成度だった。根菜の切り方も均等で申し分ない。
やる気さえ出せば颯也は何でもマスターするのが早い。もしかしたら、他にも何か彼には卓越した能力が秘められているのかもしれない。
「理仁亜、食べさせてくれますか?」
「しょうがないな」
とは言ったものの、元よりそのつもりだった。
「あーんして」
「あ~ん……熱っ!」
「あっ、ごめん。ふぅふぅするの忘れた」
「ここ、熱かったです。……ふぅして」
これは、あのパターンの再来か!?
俺が口をすぼめて息を吹きかけようとすると、案の定、颯也が唇を押し当てた。
「颯也……」
「もう一度、ふぅして、理仁亜」
それがキーワードだった。
颯也が俺の膝に乗り、両腕を首に回した。
俺は彼を抱き止めてキスをした。
そこから燎原の火のように瞬く間に強い渇望が心と身体を凌駕して行った。
俺たちにはもはや何の掣肘もない。思いのままに欲するものを貪るだけだ。
荒くなる呼吸の中で何度も唇を重ねるうちに、椅子が傾斜し、ついには倒れ、二人は床に転げ落ちた。
そのままテーブルの下でもつれ合い、もどかしげに互いのデニムをずり下げた。
「颯也……本当に、いいのか?」
「大丈夫、だから」
颯也の双丘の狭間を探り当てると、一瞬、彼の顔が顰められた。
俺のために初めて開かれる肉の扉。そこを滴り始めた彼の愛液で潤しながらほぐしていった。
「もう……来て……」
挿入を誘う甘い声に身体が戦慄く。
後は、夢中だった。
「う、あぁ……っ」
時折り、悲痛な呻きが耳朶を打った。
しかし、それさえも煽情に変わる。きつい締めつけに気が遠退きそうになるほどの快感に酔いながら、その狭く熱い肉襞を穿つ。加減も際限も知らず。
俺たちは言葉にならない声を重ね合い、絶頂へとひたすら階梯を昇りつめて行った。見つめ合い、呼気を交換し、揺れながら、果てを求めて。
やがて身体中の細胞が躍り出した。
「僕たち、やっと……」
颯也の目に涙が滲んでいた。
それは痛みを堪えた涙なのか、それとも……。
「颯也」
愛しさで胸が張り裂けそうだった。俺は想いの丈を込めて彼を抱きしめた。
満たされる歓びに精神と肉体が昂揚していた。愛する者と身体を交えることの意味を俺は初めて知った気がした。
「愛しています。理仁亜、もう離れたくありません。このまま一緒に化石になりたいくらいです」
「なろう。アンモナイトにでもシーラカンスにでも」
「シーラカンス……いいですね。生きたまま化石になっている魚でしょう?」
「えっ!」
颯也の間違った認識に俺は急に現実に引き戻された。
生きたまま化石になるとしたら、奇病か、はたまた呪いの類か……? 想像しただけで背筋が凍った。
「違うんですか?」
俺が固まっていると、颯也は首を傾げた。
「違うよ。確かにシーラカンスは生きた化石とは言われてるけど、生きたまま化石になってるわけじゃないよ」
「そうですか。ところで、僕たちいつまで床に転がっているんでしょうか」
苦笑混じりに颯也が言った。
シーラカンスについての誤謬は、あっさりとスルーされた。
つづく
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