悪役令嬢はモブ落ちしたくない!

ともき

文字の大きさ
4 / 13

未来の道

しおりを挟む
悪役令嬢としてしっかりと勤め、しっかりヒロインをいじめることこそが自分がモブにならない方法である。
そう決めた私は、ようやくすっきりと目覚めることができた。
朝起きてすぐに顔を触って、目や鼻のでこぼこがあることを確認するのもすっかり習慣になった。
今日も私の顔は無事だったらしい。
ほっと息をついて、メイドを呼び出した。
それからの日々は、ただひたすらに勉強の日々だった。
人をいじめる、と言っても理由も何もなくいじめるだけでは自分自身が嘲弄の的である。誰からも劣った人間が、優れた人間を馬鹿にするのは哀れを誘うし、それだけなら顔のないモブ令嬢でも十分できてしまう。
歴史学、礼儀作法、数学、語学。普通の令嬢であるならば必要のない地政学や薬学までを丁寧に修めていく。幸い私がそんな風に手を動かし続けることは父から見れば、王子妃に選ばれるために野心に燃えている図であったのだろう。本来なら成人してから開かれる図書室や、薬草の生えている温室も開放してくれた。それを行えば行うほど、ゲーム内の主人公がいかにチートだったかが身に染みてきてつらい気持ちになったのだけども、そんな彼女をどこか一点でも超えることができなければ身の破滅、モブに落ちてしまう。
必死に必死を重ねた末に、私が光明を見出したのは占術の分野だった。

ある日のことだ。段々と暑くなってきた季節の中で、薄い素材の室内用ドレスを身に纏い、開放してもらった図書室にこもっていた。
むっと鼻につく紙の匂いは、本来あまり心地よいものではないのかもしれないが、のっぺらぼうの人間に囲まれないということでは一番私にとって幸せな部屋だった。
さして立ち入る人間のいなかったらしい図書室の本の並びはぐちゃぐちゃで、私はそれをジャンルごとに並び替えながら、とにかく自分が一手主人公に先んじれるものを探し続けていた。
歴史学はずっとこの世界に生まれてからいたわけではない自分にはつらい。
数学は、乙女ゲームとしてこの世界に触れていたころから大の苦手だった。
政治学まで行ってしまうと、その時点で不敬とでも思われてしまわないだろうか。
様々な不安のせいで、中々これだというものが見つからない。
最後になって、何のためかもわからない本だけが並べられた棚に手を付けて、私はようやく目的のものにたどり着いたのだった。
それが「占術」――つまりは儀式や占いで未来を予知するという分野だ。
愚か者だけが志す内容だと馬鹿にされている学問分野だったが、私に見えたのはトレンド分析による「未来の推定」といえるものだった。要はデータを積み重ねてその末に何が起きるのかをできるだけ高い水準で予測することを「占い」という名前でくくっているのだ。と、いうかその本を見ればわざと「占術」という分野を不確実なものとしておいて、馬鹿にされておくべきであるという考えがあるのだということが透けて見えた。もしもそれを正しく行うことができればそれは戦争や政治において、計り知れない力を示すだろう。
王権がひどく強い国で、それを行うことができるのは王だけでいい。
そのような思想が裏には隠れているようだった。
「……逆に、王家の人間に関わっているなら持っていてもいい知識ってことじゃないの…?」
一応は第三王子の婚約者である身で、未来予知ができるというのはなかなか付加価値としては高いのではないだろうか。
それで、主人公に対しては彼女がいると周りが不幸になるとでもデマを流せばいいだろう。そしてそれがばれても、「占いが外れただけ」ということにしてしまえば、厳罰にはならないのでは…?
そこまでを考えた私はにんまりと口をゆるめて、さっそくその古びた本を部屋に持ち帰ることにした。
前世からおなじみのタロットカードに似たカードでの占いや水晶玉といういかにも怪しげなものから、どのように言葉を発せば人が自分を信じてくれるかという心理学に似た内容、その中でひっそりと書かれている「未来予知」の方法。主に積み重なった情報からどれが確率の高いものかを考え出すその内容に私はのめり込み、前世からの記憶と整合するようにその知識を修めていった。
「…あんまりいきなりやり始めたら怖いかな」
大体神のお告げとか言いながら預言っていうのはやるものだけれど、占いの場合はどうすればいいだろう、と考え始めたときに部屋にノックの音が響いた。
「はい」
即座に別の本を開き、淑女然とした声を出すとメイドが顔をのぞかせる。
白いレースのヘッドドレスの下がつるりとしているのはいつ見てもあまり愉快なものではない。
そんな白い電球のような姿に察せられない程度に顔をゆがめ、要件を聞くと飽きもせずにイアンが家に訪れているということだった。
一月先の舞踏会にも招かれているはずだが、何をしに来たのだろう。
既に応接間に上がって待っているという言葉に慌てて自室まで帰り、着替えを行った。
室内用のドレスは綿か麻のような軽く汗を吸う布地でできているのに対し、来客用のドレスはやや重たいサテンに似た生地だ。光が当たるとうっすらと反射するのが美しく涼しげに見えるとはいえ、着ている人間はやや暑い。王子の瞳の色に合わせて選ばれた淡い青色のドレスに腕を通し、私はまたため息をついた。
「お待たせいたしました」
応接間の扉を開き、小さく礼をする。遅れたことを責めることもなく、イアンもにこりと微笑んでこちらを見た。

「今日もかわいらしいね」

あ、嘘だ。

その時そんなことに気が付いてしまったのがよかったのか悪かったのか。
僅かに右側を見る視線や、唇をなめる舌の動き。さっきまで読んでいた本にどうしてもその動きを当てはめてしまう。
それと同時にやや落胆する気持ちが芽生えてしまうのは乙女として生まれ落ちてしまった性ということにしておこう。
今までの賛辞も全て実は嘘だったのではないかという考えは少し胸の奥を重たくしたけれど、まあこちとら悪役令嬢である。彼が真実の愛を見つけるまでのバーター選手でしかない。
かわいいなどと思われていないのも致し方ないかと思い直して、ただ恐れ入りますと頭を下げた。

「……何か気に障ることでも言ってしまったかな」
「なぜでしょう?」
「いつもなら、愛らしく頬を染めてくれるのになと思ってね」
「そんなことありませんわ」
食い気味に否定してしまう。
的を射た指摘だったというのがばればれだ。案の定イアンは私の言葉に軽く目を丸くしてから小さく笑い声をあげた。
「隠すことない。いつも正直な君のほうが素敵だよ」
そう言った言葉は嘘ではなかった。
まあ、もともと権力大好きな父の娘だ。あけすけに内情がわかるほうが王子としても助かるのだろう。なんて乾ききった発想しか生まれてこなくなってしまったの残念といえば残念だ。これまでは一応王子の一言にときめいたり、さすが王子と思うことも多々あったのだけど。でもまあ、それぐらい打算がありながら、力を発揮しきれていなかったというほうがゲームの中のイアンらしかった。
「いえ、いつだって私は自分に正直ですわ」
だから、私は今までに培ってきた「令嬢らしさ」をフルに生かして、完璧なほほえみを作った。
それが作り物だということは即座にばれるだろうが、何かを言うつもりはないという意思はしっかり示せるだろう。
「…そうかい」
やはり、イアンはそれだけを口にすると他愛のない世間話に話題を移した。ほんの少しだけ伏せられた瞳に私は気が付かなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜

具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです 転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!? 肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!? その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。 そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。 前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、 「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。 「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」 己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、 結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──! 「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」 でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……! アホの子が無自覚に世界を救う、 価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

処理中です...