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〜兄弟の絆〜

デミタスの罠

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 「なんだと!! ロビナス村から住人を退去たいきょさせるだと!!」

 ギルディアの首都ガルダニアにある、中央司令部の一室でデミタスは大声で叫んだ。あまりの大声にダリアは驚いてビクリと背筋を伸ばした。

 ダリアは年配の女性のエルフでデミタスの秘書官に従事じゅうじしている。デミタスからルーン大国のロビナス村のことを調べてくれと言われていたので、調査して報告した途端、いきなり大声で怒鳴られて、驚きのあまり目をくりくりさせている。

「あ、あのー。何か、問題でもありますか?」

 デミタスはダリアの質問には一切答えずにしばらく黙ったまま考えだした。

「どうして? ロビナス村から住人を退去させることになったんだ?」

 自分の質問には一切反応が無いくせに、とダリアは思ったが、顔には出さずに答えた。

「は、はい。数日前に大量のモンスターがロビナス村を襲撃したそうで、その際に多くの村人が犠牲になり、その事を重く見た夜叉人将軍やしゃじんしょうぐんが村を引き払うことを決めたそうです」

「何だと! 夜叉人が……、畜生!!」

 デミタスは拳に力を込めるとそのまま机に打ち付けた。

『ドン!!』

 部屋中に大きな音が響いてダリアはヒッ、と小さく叫んだ。

(ロビナス村をモンスターで襲撃したのは軽率けいそつだったか?……、もしミラが遠くに行ってしまったらマルクスはどうする? あいつのことだから弟をギルディアに置いて、ミラと一緒にルーン大国に行くようなことはしないだろう。逆にミラをギルディアに連れてくるかも?……、いや、それはないな、ギルディアのエルフは人間を心底憎んでいるから、そんな危険を犯すようなことはしないだろう。ということは二人は別れてしまうんじゃないか? そうなれば、マルクス一人を誘き出すことができなくなるのではないか?)

 デミタスはそこまで考えると椅子から立ち上がり窓の近くまで歩くと外をながめた。

(弟のカイトが自分の手から離れたらひょっとすれば……、マルクスは一人でルーン大国に行くんじゃないか? その時を見計らってモンスターの大群で襲撃すれば彼奴あいつを殺害することができるかもしれない。そのためにはカイトに何か働き口を見つけてやれば……)

 デミタスはカイトに就職口を斡旋あっせんして、独り立ちさせようと考えた。

(でも、どんな職業を斡旋するか? 中途半端な就職先ではマルクスは納得してルーン大国には行かないだろう)

 デミタスはしばらく黙ったまま考え事をしながら窓の外を見ていると、司令部の建物の壁に貼り付けてある大きな張り紙が目についた。そこには大きくギルティー(兵士)募集と書かれていた。デミタスは振り返るとおびえるダリアを見た。

「ダリア! ギルティーの募集年齢は何歳からだ?」

「え? は、はい。確か15歳から入隊の試験を受けられますが……」

 デミタスはその言葉を聞いてひらめいた。

(カイトは今年15歳だったな、彼奴をギルディアの兵士として入隊させて独り立ちすれば、心置きなくマルクスもルーン大国に行くかもしれない)

 デミタスはカイトにギルティーの入隊試験を受けさせようと決めた。

 ◇

 ローゼンブルグのマルクスの家で、カイトは目の前の女性を見て複雑な表情をしていた。マルクスが会わせたい人がいると言って連れてきた人だが、そのエルフはフードを深く被った奇妙な女性だった。フードから見える顔はかなり整った顔立ちで、黒い瞳は吸い込まれそうになるほどんでいるように見えた。

 家の中に入っても一向にフードを外そうとしない女性を見て、カイトは不思議に思っていると、改めてマルクスに紹介された。

「カイト。こちらが、俺の恋人のミラだ」

 ミラはカイトを見るとニッコリと笑って挨拶をした。

「こんにちわ」

「あ、ああ。こ、こんにちわ、き、きれいな人だね」

 カイトはマルクスの方をチラッと見て言うと、マルクスとミラは照れてお互い見つめ合った。

「それで? いつ結婚するの?」

 意地悪そうにカイトが聞くと、二人の顔が少し曇ったように見えた。何か聞いてはいけない事を聞いたかな、と心配そうに二人を見ていたカイトにマルクスは微笑んで答えた。

「実は、ミラと俺が一緒に並んだ絵をお前に描いてほしいんだ」

「え? あ、ああ。そんなことか、もちろん良いよ」

 カイトが喜んで引き受けるとマルクスとミラは幸せそうに微笑んだので、カイトは安心した。

「じゃ、そこに座ってよ」

「ああ、わかったよ。さあ、ミラ、ここに座ろう」

「はい」

 ミラは返事をするとマルクスの横に座って、深く被ったフードを外した。

「ん? え? そ、その人は……」

 カイトはフードを外したミラを見て自分の目を疑った。ミラの耳は小さく髪の色も黒い、まるでエルフじゃなく人間のように見えた。

「どうしたカイト?」

「い、いや。まるでエルフじゃないように見えたから……、失礼かもしれないけど、ルーン大国の人間のようだなーって」

「ああ、ミラはルーン大国の人間だよ」

「え? ほ、本当なの?」

「ああ、そうだ」

 カイトはびっくりした表情でミラを見ていると、マルクスは心配そうに言った。

「お前もギルディアのエルフとルーン大国の人間が付き合うのはおかしいと思うか?」

 そう言うとマルクスは少し悲しそうな顔をした。そんなマルクスの顔を見たカイトは全力で否定した。

「そ、そんなことは思わないさ、兄ちゃんが愛しているなら、エルフだろうが人間だろうが問題あるわけ無いだろ」

 そう言うとマルクスはニッコリと笑った。カイトは久々に兄の笑った顔を見たような気がして自分も嬉しくなると、ミラに話しかけた。

「兄ちゃんのことは好きなの?」

 ミラは恥ずかしそうにしながら、はい、と答えた。それを聞いてカイトは満足して笑った。

「それなら俺と同じだね。自慢の兄ちゃんだから、これからも仲良くしてね」

 カイトはそう言うと仲睦なかむつまじい二人の姿をキャンバスにえがき始めた。

 どれほど時間が経っただろうか、赤色の絵の具がなくなったので途中まで描いて筆を置いた。

「今日はここまでにしょう」

「え? まだ完成しないのか?」

「う、うん。赤色の絵の具が無くなっちゃったから、明日買ってくるよ」

「今日中に仕上げることはできないか?」

「え? どうしてそんなに急ぐんだよ。明日赤い絵の具を買ってくるから、また明日来れば良いだろ」

「…………」

 マルクスとミラはお互い顔を合わせると黙ってしまった。カイトは二人は何か自分に隠し事をしていると思い二人を問い詰めた。

「明日来れない理由があるの? 何か俺に隠していることがあるの?」

 カイトに詰め寄られ、マルクスは二人のことを話した。ミラと一緒にいられる時間は長くないことや、二人はもうすぐ離れ離れになることを正直に話した。

 マルクスの話を聞いていたカイトは段々と険しい表情になって、話し終わる頃には怒りに肩を震わせていた。

「ふ、二人は愛し合ってるんでしょ?」

「あ、ああ……」

「だ、だったら、俺のことは気にしないで、ミラさんと一緒にルーンに行ってよ!」

「そんなわけにはいかない」

「なんでだよ!! 好きなんでしょ! だったら俺のことは心配しなくていいから、一緒に行けよ!」

「そんなことはできない。お前を一人置いて行くことはできない」

「そ、そんな……、い、嫌だよ。また俺のために、兄ちゃんが不幸になるのは嫌なんだよ!! 良いから行けよ!!」

「うるさい! これは決定事項だ、お前の意見は聞かない!」

「兄ちゃんのバカ!!」

 カイトは大声で叫ぶと、そのまま家を飛び出した。

「ま、待て! カイト!!」

 マルクスが止めるのも聞かず裸足はだしのまま、家を飛び出していった。カイトはローゼンブルグの夜の町中を涙を流しながら走った。

(俺の所為せいで……また、兄ちゃんを不幸にしてしまう!)

 なんでこんな自分のために、という思いが溢れ出し、声を出して泣いた。気がつくと町の中央広場に来ていた。近くのベンチに座って、うつむくと目から出た涙が、裸足の足の上に落ちた。

それを見て初めて自分が裸足で走ってきたことに気づいた。

(俺のために……)

 悔しくて悔しくて同仕様どうしようもなく頭を抱えてすすり泣いた。しばらくの間ベンチに座って泣いていると前から人の気配がした。

「こんな夜更けにどうした?」

 カイトは泣いている目を服のそでで拭きながら、頭をあげると年配の男が立っていた。

(この人は? どこかで見たことのある……)

 年配の男はカイトに近づいてきた。

「お兄さんにいつまでも甘えてはいかんな」

「あ、あんたは?」

 暗がりから男はゆっくりとカイトに近づいてきた。男の顔が徐々に街灯に照らされてはっきりと見えた瞬間、カイトはその男の顔を思い出した。男は時々兄ちゃんに会いに来る爺さんだった。メルーサ隊長もこの男が何者か自分に聞いていたのを思い出した。

「君もそろそろ独り立ちしたいと思わないか? 私で良ければ相談に乗るぞ」

 その男の言葉にカイトはすぐに飛びついた。

「本当? 何か独り立ちできるいい案があるの?」

「ああ。ほら、これを見て」

 男はそう言うとポケットから紙を取り出して、カイトに渡した。カイトは男からもらった紙を広げて読んだ。そこにはギルティー(兵士)募集と書かれていた。

「これは?」

「ギルティー募集の紙だよ、君は今年で15歳になるからギルティーの入隊試験を受けられるぞ」

「ギルティーに入隊すれば、独り立ちできるの?」

「ああ、もちろんだ。兵士になれば宿舎で住むことになるから、兄さんに頼らなくても生きていくことができるぞ」

「ほ、本当か? 俺がギルティーになれば兄ちゃんも安心して俺から離れることができるのか?」

「ああ。問題ないだろう」

「よし! 俺は入隊試験を受けて絶対にギルティーになってやる。そして独り立ちして兄ちゃんを安心させてやる」

 カイトはマルクスを罠にはめる作戦だとは気づかずに飛び上がって喜んだ。

 デミタスはそんなカイトを見て心底満足していた。
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