不滅のティアラ 〜狂おしいほど愛された少女の物語〜

白銀一騎

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〜兄弟の絆〜

最期の誓い

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 遠い昔、まだ夜叉神やしゃじんが青年と呼ばれていた頃、ルーン大国の人間とギルディアのエルフは仲がよく互いに交流が盛んで平和だった。デミタスと夜叉神とその妻のナルディアはルーン大国の小さな町ルサンダで仲良く暮らしていた。

 その小さな町には教会がありデミタスはその教会の神父だった。

 そんなある日、夜叉神は仕事の都合で隣村へ遠征に行くことになった。当時の夜叉神はルーン大国の兵士に従事していて、文武にひいでて仲間からも信頼されていたので、ルーン大国の近衛隊長このえたいちょうを努めていた。

 当時のルーン大国はギルディアとの仲に陰りが出始めていて、互いにギクシャクし始めた頃だった。そんな中、ギルディアと戦争をすることを推し進める過激派と呼ばれる連中が現れ始めて、これまでどおりいい関係でいようとする現政権の政府軍と真っ二つに別れていた。

 そのような情勢の中、隣村に過激派のアジトがあることを掴んだ政府は過激派討伐のために部隊を編成した、その中に夜叉神の名前があった。

 遠征当日を迎えて夜叉神は妙な胸騒ぎを覚えて落ち着かない様子だった。それを見かねたナルディアが夫を心配して声をかけた。

「あなた、くれぐれも気をつけてね」

「ああ、俺のことよりも君のことが心配だよ」

 夜叉神は心配だった。それというのも過激派の連中がルーン大国にいるエルフを見境なく襲撃しているという噂を最近耳にする様になった。夜叉神が心配していると義理の父親のデミタスが仕事から帰ってきた。デミタスは若い二人を見て微笑ましい光景だと笑いながら話した。

「安心したまえ、こういうときだからこそ人間の君とエルフのナルディアが仲良くしていることが重要なんだよ。な~に。ギスギスしているのも今だけのことだよ。すぐにまたお互い大事な隣人の関係に戻るから心配しなくていいよ」

 デミタスはいつまでもこの幸せな時間が続くものと信じて疑わなかった。

「お義父とうさん。わかりました。少しの間ナルディアのこと、よろしくお願いします」

「ああ、任せてくれ」

「ナルディア行ってくるよ」

「はい。くれぐれも気をつけて、無事を祈っています」

「ああ、用を済ませたらすぐに戻る」

 夜叉神は仲間の兵士とともに隣村に向かった。

 夜叉神がナルディアを見たのはそれが最期だった。

 ◇

 夜叉神たち政府軍が過激派のアジトに到着した時にはすでに大半の過激派の兵士は消えていた。

 夜叉神は捉えた兵士を見つけると羽交い締めにして強引に押し倒した。

「他の奴らはどこに行った?」

「お、お前はルサンダの夜叉神か?」

「それがどうした?」

「今頃お前の町は火の海になっているだろう、これはお前たち馬鹿な政府軍をおびき寄せる罠だったんだよ」

「なんだと! お前たちはなんでそんなことを!!」

忌々いまいましいエルフをこの世から根絶やしにするために決まっているだろ! それが俺たちの使命だ!!」

 夜叉神は全身から血の気が引いていくのを感じた。居ても居られずすぐにその場を離れると急いでルサンダに向かった。

 ルサンダに到着して見た光景は地獄そのものだった。町の家はいたるところで火の手が上がり多くの人々が倒れていた。動かなくなった両親のそばで子供が泣き叫んでいたり、死んだ子供をいつまでも抱きしめている人が居たので近くに行くとすでにその人も亡くなっていた。

 夜叉神はそのまま急いで町の中心部にある自宅に急いだ。町の入口近くの教会の前でデミタスが街の人を守りながら、数人の過激派と思われる人間と戦っているのが見えた。夜叉神はすぐに駆けつけると持っている刀を抜いた。

「お、お前は! 夜叉神? フン! エルフと結婚した不埒者が! 死ね!!」

 過激派はそう叫ぶと夜叉神に襲いかかってきた。過激派の振り下ろした刀を跳ね除けると、袈裟斬けさぎりに一刀両断した。他の残党たちも一斉に夜叉神に襲いかかったが、夜叉神の敵ではなかった。

「ぐぅあああ~~~!!」

 過激派の人間たちはあっという間に深手を負うとその場で動かなくなった。最初に袈裟斬りにした残党は夜叉神を睨むと不敵な笑みを浮かべた。

「何を笑っている?」

 過激派は口から血を流しながら、不敵な笑みを浮かべた。

「俺たちは最期に自分の役目を果たしたからな」

「役目だと? 何が言いたい?」

「早く家に帰らないと大変なことが起きてるかもな」

「な、何だと! お前たち! ナルディアに何かしたんじゃないだろうな!!」

「ふっはっは……」

 過激派は笑うと息を引き取った。

 夜叉神はすぐにデミタスを見た。

「お義父さん、大丈夫ですか?」

「夜叉神くん、私のことは良いから早く家に……ナルディアが心配だ」

「わかりました。すぐに戻ります!!」

 夜叉神はそう叫ぶと自宅に急いだ。街の奥までくると段々と倒れている人が増えていった。ゴウゴウと燃え盛る家を横目に見ながら嫌な予感が頭から離れない。

(頼む! ナルディア! 無事で居てくれ!)

 だが残念ながら夜叉神の願いは裏切られた。自宅の前にある木の柱に無惨にもぶら下がっているナルディアを目にした。ナルディアは後ろ手に両腕を縛られ、抵抗することもできないまま、首から紐を掛けられて柱に力なくぶら下がっていた。

「ナ! ナルディア~~~~~~!!」

 夜叉神はすぐに紐を刀で叩き切るとナルディアの体を受け止めた。夜叉神はナルディアの体を抱きしめると必死で名前を叫んだ。

「ナルディア! ナルディア! ナルディア!! お願いだ目を覚ましてくれ! 俺を一人にしないでくれ! おい、ナルディア!!」

 目から涙が溢れてナルディアの顔にいくつもの涙が落ちた。夜叉神は気が狂いそうになるほど何度も何度もナルディアの名前を呼び続けたが、彼女は冷たくなったまま、再び目を覚ますことは無かった。

「どうして……こんなことに……」

 夜叉神は冷たくなったナルディアを力いっぱい抱きしめた。

「ナルディア~~~~!!」

 泣き腫らした顔をあげるとそこにはデミタスが居た。傷ついた体を必死で引きずって来たのだろう、立っているのもやっとの状態だった。

 デミタスは変わり果てた娘の姿を見て全身を震わせた。

「ど、どうして……こんなことに! ナ、ナルディア、私のかわいい娘が……」

「お義父さん」

「ゆ、許さん! こんなことをしたやつは絶対に許さない!」

 デミタスは目から赤い血の涙を流しながら叫んだ。これほど激昂げっこうするデミタスを見たのは初めてだった。

『憎いか? こんなことをした奴らに復讐したいか?』

 どこからか分からなが、夜叉神にははっきりと声が聞こえてきた。周りを見渡してもデミタスと自分以外誰も居ない。

「誰だ? どこに居る! 出てこい!」

 夜叉神はナルディアを殺害した人間がまだ近くに潜んでいて、話しかけてきたと思い辺りを見渡すと、デミタスの後ろに黒い影がまとわりついているのが見えた。黒い影は段々とその影の色を濃く大きくしていった。

「な、何だ? これは?」

 夜叉神は驚いてその影をじっと見たまま固まった。

『こんなことをした人間に復讐したいか?』

 黒い影はあっという間に大きくなると異形の姿を形成して、夜叉神に向かって話しかけてきた。先程から聞こえてくる声の主がわかり夜叉神は警戒した。

「お、お前は誰だ? お義父さんの影なのか?」

 デミタスはそこでようやく自分から出てきた異形の影の存在に気づいた。

「こ、これはいかん! 私は怒りでとんでもない化け物を引き寄せてしまった」

「お義父さん、これは?」

「こいつは暗黒邪神あんこくじゃしんアルサンバサラ。おそらく私の怒りの感情に呼び寄せられた魔物だ」

「アルサンバサラ……、こいつが伝説の暗黒神」

『人間よ、この娘を蘇らせたいか?』

「!? なんだと! 生き返らせることができるのか?」

 夜叉神はアルサンバサラの問に答えてしまった。すぐにデミタスが夜叉神を止めた。

「だめだ! こんな悪魔の言うことを真に受けちゃだめだ!」

 デミタスは夜叉神を突き飛ばしたので、夜叉神はその場で倒れ込んだが、すぐに顔をあげてデミタスを見上げた。

「で、でも……お義父さん……」

 夜叉神の訴える顔に揺らぐ心を押さえつけてデミタスは静かに諭した。

「夜叉神。人間がアルサンバサラと契約してもすぐにこいつに取り込まれて魂を吸われて死んでしまう」

「それでも……ナルディアが生き返るんだったら私のことはどうでもいい!」

 夜叉神のその言葉を聞いてデミタスは優しく微笑んだ、その顔はいつもの優しいデミタスの顔になっていた。

「夜叉神。娘を大切に思ってくれてありがとう。私は娘とその娘が愛した人を、もうこれ以上失いたくないんだ。君だけでも娘のことをいつまでも覚えていてくれよ」

「お義父さん? な、何をする気ですか?」

 夜叉神の問には答えず、デミタスは小声で魔法を唱えた、その瞬間、夜叉神の体は鉛のように重くなり動けなくなった。そのままデミタスはアルサンバサラに近づいて行った。

「アルサンバサラ! 私と契約しろ!」

「お、お義父さん! だめだ! 私が……」

 夜叉神はデミタスを止めようとしたが、体が動かない、おそらくデミタスが魔法で夜叉神の体の自由を奪っているのだろう。

「お、お義父さん……だ、駄目だ……」

 デミタスは優しい目で夜叉神を見た。

「良いんだよ。人間の君では耐えきれずにすぐに消滅してしまうが、エルフの私であればすぐに消滅することは無い。私はこう見えても勇者の神格しんかくスキルを持っているんだよ。こいつの本当の狙いは私だよ」

『フッフッフ、あ~~っハッは~~! バレていたのか? 勇者デミタスよ! おしゃべりはそれぐらいにして、早く私と融合ゆうごうしろ!』

「駄目だ! お義父さん!」

 夜叉神の必死の叫びにデミタスは振り返ると笑顔で答えた。

「夜叉神。こいつの言う通り本当にナルディアが蘇ったら、君の手で私を殺してくれ。お願いだ」

「お義父さん……そ、そんな……」

「私の存在はルーン大国やギルディアにとって脅威でしか無くなる、何が何でも私を討て! それが私の息子としての君の使命だ! 私の自慢の息子の君なら絶対にやってくれると信じているぞ。そしてナルディアを……私の分まで幸せにしてやってくれ……」

 デミタスはそう言うと暗黒邪神アルサンバサラと融合してしまった。それが夜叉神の見たデミタスの最後だった。
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