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第04章 奴隷狩り

07 怒り心頭

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 翌日、俺たちは再び昨日に立ち寄ったうまいシチューの店へと向かった。

「いやぁ、楽しみだな」

 心なしかワクワクしている、まさか俺がこれほどまでに食に興味を持つことになるとは夢にも思わなかった。
 だがまぁ、これも悪くないな。
 そんなことを思いつつ軽い足取りで店へ向かっていった。

「ああ、確かに昨日のはうまかったからなぁ。なぁ、今日も食うだろ」
「当然、ふふっ、それにしてもスニルも少し明るくなってきたよね」
「そうか?」
「ああ、確かにな。出会った頃のお前だったら、まずそんな顔しねぇだろ」
「そうそう、それにこんな子供みたいにワクワクすることもなかったよね」
「言えてる」
「言いたい放題だな。まぁ、間違ってないけど」

 悔しいが2人の言うことは全く間違ってない。
 とまぁ、そんなことを話し合っていると目の前に件の店が見えてきた。

「いらっしゃいませー、あっ、昨日の」

 店に入ると、昨日と同じくバネッサが元気よく挨拶してきた。

「こんにちは、出来てる?」
「はーい、お父さーん」
「おう、なんだ。おおっ、お前らか、もう少し待ってろ」
「ごめんなさい、お父さん気合入っちゃって昨日から仕込んでたんですけど、まだまだだって」
「あはははっ、いいって、それだけ気合入れてるってことは、きっと昨日のよりもすごくなりそう」
「ああ、楽しみが増えたな」
「全くだぜ。がはははっ」

 昨日の時点でとんでもなくうまかったシチューがさらにパワーアップする、これは俺たちにとっては朗報以外の何物でもない。

「そういうことなら、いつまでだって待つぜ」
「……」
「ほんとよね」
「すみません、あっ、だったら待っている間何か食べますか?」
「おっ、いいな。それじゃ、何かくれ」
「はい、じゃぁ、今日はチキンスープなんてどうです。鶏肉を骨付きで煮込んだものですよ」
「へぇ、骨付きかぁ」
「おいしそうね。それ3つ頂戴」
「はーい」

 骨付きの鶏肉、いい出汁が出てそうでうまそうだ。

 それから待つこと少し、バネッサがチキンスープを3つ持ってきた。
 といっても、一度に運べないので、まずは俺とシュンナの分(最初はダンクスの前に置こうとしたが、ダンクスが譲ってくれた)でもう一度戻ってから、ダンクスの分を持ってきた。

「それじゃ、食うか」
「ええ」
「いただきます」
「?」

 俺が最後に小さくいただきますといったとき、バネッサは少し首を傾げた。
 それというのも、この世界に食前の挨拶自体がなく、そのうえで俺は日本式を使うその意味が分からなかったのだろう。
 んで、そんなことは気にせず1口……これもうまいな。

「おいしい」
「ああ、これじゃシチューだけじゃなくこいつも頼めばよかったな」
「確かに」
「ていうか、ほかの料理も気になるよね」
「確かに」

 気が付けばさっきから確かにしか言ってないな俺。
 バンッ!

 チキンスープを堪能していると、ふいに店の扉が乱暴に開け放たれた。
 どうやらずいぶんと乱暴な客が来たらしい。
 昨日もだが今日も俺たち以外の客の姿がないからこの店大丈夫かと、思ったがどうやら来ることは来るらしい。
 ちらっと見ると、なんともガラの悪そうな連中だったが、あの乱暴な入り方を考えれば納得な連中だ。

 ガラが悪かろうがどうだろうが、客は客そして俺たちは同じく客でしかない。
 というわけで、特に気にすることもなくそのままチキンスープを食べ続けることにした。
 といっても少々気になるので横目で男たちの様子をうかがっていると、何食わぬ顔で厨房へと足を運んでいったのだ。

 なんだろうと思っていると、厨房の中から言い合いが聞こえてきた。
 しかし、俺たちは別に主人公でもなければ正義のヒーローでもないただの旅人だ。
 それに、わざわざトラブルに首を突っ込むという趣味もない。
 だから、俺たちは動くこともせずただひたすらにチキンスープを楽しんでいた。

 今思えばこれが良くなかった。

 なにせ、バンッ、ガッシャーン、ゴロゴロゴロという派手な音が聞こえてきた。
 この時俺とダンクスはちょうど具である鶏肉にかぶりついたところであり、シュンナはスプーンをくちに入れたところだった。
 まさにそんなタイミングでの物音だったために俺とダンクスは鳥を咥えこんだまま、シュンナはスプーンをくちに含んだまま、同時に厨房を見てから顔を見合わせた。

「ね、ねぇ、なんか嫌な予感がするんだけど」
「ごくんっ、奇遇だな。俺もだ」
「あ、ああ、見に行ってみるか?」

 厨房からした音に嫌な予感がした俺たちは、その場で立ち上がり様子を見に行くことにした。
 そして、厨房を覗くと、とんでもない光景が広がっていた。
 それは、言い争う店主と先ほどのガラの悪い男、そうして何より俺たちの目に飛び込んできたものは……。

「! うそ、でしょ!」
「おいおいおい、まじかよ」
「……」

 それは、先ほど主に見せてもらった俺たちのシチューが入った大鍋がひっくり返った光景だった。

「……てめぇ、何しやがる」
「はんっ、こんな店でこんなもん仕込んでどうすんだ。無駄だぜ無駄」

 全く悪びれた様子もなくそういう男、その様子からどう見てもあの男がわざと俺たちの大鍋をひっくり返したというわけだ。
 そう思うと、ふつふつと怒りがこみあげてくるな。

「ほぉ、てめぇか、俺たちのシチューを蹴飛ばしてくれたのは」
「これは、ちゃんとお礼しなくちゃね」

 俺が怒る前にダンクスとシュンナが、怒り心頭という感じに男たちへ怒りをぶつけ始めた。

「あんっ、んだてめぇら」

 そんなダンクスたちの前でそんなことをのたまう勇気のあるやつだ。

「なんだ、死にてぇのかお前」
「がっ」

 ダンクスはその場で男の顔面を片手でつかんだ。いわゆるアイアンクローだな、しかもそのままダンクスの長身と怪力を生かして持ち上げる。
 まさかこれを現実に目の前で見ることができると思わなかった。

「てめ……」
「動くと刺さるわよ」
「くっ」

 ダンクスにつかまれた仲間を助けようと別の奴が突っかかろうとしたが、シュンナが剣を抜き放ちその男の喉元へ突きつける。

「なっ、いつのま、うぉっ」

 まだ、1人残っていた奴は、当然ながら俺が剣を突きつけることで黙った。

「てめぇら、なにもんだ」
「それは俺たちが聞きてぇな。なんだって、俺たちのシチューをひっくり返しやがったんだ」
「昨日からすっごい楽しみにしてたのよ。それなのに」
「……」

 知らないやつがいるために俺の人見知りが発動したうえに、ダンクスとシュンナの怒りが俺を冷静にさせている。

「あんたら」

 そんな俺たちを見た主が呆然と見つめてきた。

「そんで、どう落とし前つけてくれるんだ」

 そんな中でダンクスはこの始末をどうするか男たちに尋ねた。

「そ、そんなもの知るか、ぐわぁ」

 アイアイクローをされているやつがそう言ったが、ダンクスが指に力を入れたために痛みが増したようだ。

「言っておくけど、あんたがさっき踏みつけたお肉だけど、それはバルフォースの肉よ」

 バルフォースというのはバイソンみたいな魔物で、その強さはオークを基準で考えるとそれよりも倍近く上と思ってもらえればわかると思う。
 それぐらいとなると、普通の冒険者では討伐はほぼ不可能、俺たちだからこそあっさり討伐できたというわけだ。
 ちなみにこいつに出会ったのは、ここに来る途中で出会った盗賊のアジトからほど近い場所だった。
 そう考えると、あの盗賊こんなもんがいる近くでよく無事だったよな。
 まぁ、俺たちが派手にアジトで暴れたからそれに刺激されて出てきたみたいだけど。

「はっ、バルフォースだと、さっけんなよ」
「そんなもんあるわけねぇだろ」

 まぁそういう反応するよな。でも残念ながら事実だ。

「そうか、やはり死にたいみたいだな。だが、ここでやるわけにもいかないからな。おっさん店の裏借りるぞ」
「えっ、あ、ああ、えっ?!」

 ダンクスがそう言って厨房から裏口を通り店の裏へと出ていった。
 主は意味が分からずそう返事をしたが、すぐにどういうことかと我に返ったが、もうすでにダンクスは男を持ち上げたまま出て行ってしまっていた。


 どさっっと、裏口から出るなり男を地面へ投げつけたダンクス。
 俺たちもそのあとをほかの2人を連れて出ていったためにその現場を見た。
 すると、そのタイミングでダンクスがちょうど大剣を抜き放ち男に突きつけたところであった。

「ひっ、まっ、待ってくれ」

 ここにきて男は自分の立場が分かったらしく、悲鳴を上げながらダンクスに許しをこうた。

「あんだ?」
「わ、悪かった。あんたらのものだって、知らなかったんだ。わかった、弁償する。だから許してくれ」
「弁償だぁ?」
「あ、ああ」
「ほぉ、ならしてもらおうじゃねぇか。なぁ、2人とも」
「そうね。できるものならね」
「ああ」

 ダンクスも俺たちもいくら怒り心頭でも別にこいつらを殺すつもりはない。つまり今のはダンクス流の脅しだ。
 それに俺たちも乗っただけなんで、こいつらがどんな謝罪をしてくるのかとおもっていたら、弁償するといってきた。
 しかし、それはどう考えても無理だろうと俺たちは考えている。
 なにせ、まずバルフォースの肉これを用意すること自体が不可能に近い、さっきも言ったようにバルフォースを討伐できる奴なんてそうめったにいない。あれはたとえダンクスとシュンナであっても、単独で討伐するには骨が折れる存在だ。しかもああいった魔物はめったに人前にも出るものでもなくまず、バルフォース自体を探すのが難しい。それをどうやって用意するんだろうな。

 そう思いながら俺たちは一旦自由にした男たちの案内を受けることになった。

「おっさん、悪いがちょっと出てくるぜ」
「あ、ああ」
「怖い思いさせてごめんね。バネッサ」
「い、いえ」

 静かにチキンスープを食っていた俺たちが突然暴れだしたものだから、バネッサには少し怖い思いをさせてしまったようだ。
 それに気が付いていたシュンナが微笑みながらバネッサに謝った。

「またくる」

 ダンクスもそう言って、男たちの背中を押して歩くように命じた。


 それから俺たちは街中を連なって歩くわけだが、非常に目立つ俺としては不本意だが仕方ない。

「んで、どこに連れて行く気だ」
「……こ、こっちだ」

 そう言った男たちは路地から路地へ移動をし、ついにはどこかの裏口へやってきた。
 ”マップ”で確認したがどうやらここは、ある食堂の裏手らしい。

「ここで、待っていてくれ」

 そう言って男の1人が店の中へと消えていった。
 それから、しばらく待っていると先ほどの男が戻ってきた。

「俺たちの雇い主が会うそうだ。入ってくれ」

 そう言われたので俺たちは特に警戒するまでもなくその中に入っていく。
 大丈夫なのかと思うかもしれないが、ここにいる連中も中にいる連中も雑魚ばかり、俺たちの敵でも何でもない。

 そうして、店の中に入るとそのまま事務所みたいな場所を通り数人のガラの悪そうな男たちに見られながら奥の部屋へと通された。

「ここだ。お連れしました」
「入れ」

 中から、いかつい声が聞こえた。
 なんか、周りの連中の印象からやくざの組事務所にでも足を踏み入れる気分だ。
 まぁ、ドラマでの話だけどな。実際は知らん。

「ほぉ、これはこれは」

 部屋の中に入るとそこにはどう見ても堅気には見えない、本当にやくざ映画にでも出てきそうな強面のおっさんが、これまたわかりやすく葉巻を吸って俺たちを歓迎してくれた。
 ……この世界にも葉巻ってあるんだな。
 ていうか、どこのゴッドファーザーだよ。

 周囲には護衛だろうか、これまたいかつい連中を侍らせていた。
 その姿はまさにイメージ通りのゴッドファーザーだな。アル・カ〇ネもびっくりだよ。
 そんなおっさんを眺めつつ、様子をうかがう。

「ねぇ、スニルここって?」
「ああ、あの店だよ」
「やっぱり」

 シュンナもわかったようだが、実はここは俺たちも来たある料理屋だ。
 そこは、ほかの店と違い少し古い言い方になるが、色っぽいねーちゃんが接客をする店だ。
 この店に入った瞬間俺の目がシュンナによって防がれたのは言うまでもない、そんなところだった。
 確かに子供には刺激が強いよなあの格好は、なにせ思いっきり腹出していたし、スカートも短く少しかがんだだけで多分見える。胸元だって開いており谷間が結構深くまで見えていた。
 そりゃぁ、客が男ばかりなのもわかるし、何よりみんなスケベそうな顔してたしな。
 ちなみに、料理に味はというとうまくもなくまずくもない、中の中、いや、中の下に少し入ったぐらいだろうか。
 まぁ、世界が変わっても人の考えることってのはどこも同じらしいな。
 日本にあるメイド喫茶だって系統は違うが、元の考えは同じだろう。
 かわいい女の子に接客をさせることで客を呼ぼうというな。
 まぁ、メイド喫茶との違いがあるとすれば、ここの接客には風俗の要素が加わっているという点だろう。
 もちろん昼間っからそういったサービスを行っているわけではないが、夜になると行われているらしい。
 そんな店の主がゴッドファーザーという、まったく驚く要素がないな。

「あんたがこいつらの雇い主か?」
「そうだ。どうやらわしの部下がとんだことをしたようだな」

 さすがはゴッドファーザー、敬語というものを知らないらしい。

「んで、俺たちのシチューをどうやって弁償してくれるんだ?」
「そんなことより、どうだおまえわしのところで働いてみんか」

 話にならない、弁償どころかダンクスを勧誘し始めやがった。
 まぁ、ダンクスの強面と巨体、強さを考えたらこいつらの中にいても全く違和感がないからな。

「ああん、なんで俺がてめぇ見てぇな奴の元で仕事する話になるんだ。こっちは昨日から楽しみにしていたもんを駄目にされたんだぜ」
「そうよ。眠れないぐらい楽しみにしてたのよ。どうしてくれるの」
「……」

 俺たちの怒りは再燃し、思いのたけをゴッドファーザーにぶつけていった。

「状況が分かっていないみたいだな。おい、そこの女を捕らえろ、どうやらかなりの上玉だ。ガキは殺せ」

 状況が分かっていないゴッドファーザーがそう言って部下に命じた。
 どうやら最初から弁償する気はないらしい、まぁ予想はしていたけどダンクスは勧誘しシュンナは店で働かせ、俺に用はないそうだ。
 確かに、俺みたいな男のガキじゃこの店じゃ使い道なんてないだろうな。

「なるほどな。でもよ。状況が分かってないのはそっちだぜ」

 ドゴゥッっと、ダンクスがゴッドファーザーが使っていた執務机を大剣で切り裂いた。

「こいつから聞いてないのか、そんな雑魚どもいくら集めたところで、俺たちをどうにかできるとか、こいつは笑えるな」
「ふふっ、そうね」
「こういうのは、へそで茶を沸かすっていうんだよ」
「だとよ」
「ひぃっ」

 俺たち3人のさっきを同時に受けて、ゴッドファーザーを含むこの場の連中が全員腰を抜かした。
 俺も2人と出会い、色々あったおかげで殺気もわかるようになり、さらに自由に発することもできるようになった。

「っで、どうすんだ」
「わ、わかった金だな。か、金を渡す」

 ゴッドファーザーはそう言って崩れた机に引き出しからいくつかの金貨を取り出して俺たちに投げつけた。
 その額は、金貨10枚、つまり100万ドリアスだった。
 まぁ、それなりに高額だな。

「ふんっ、まぁいい。ああ、そうだ、1つ聞きたいんだが」
「な、なんだ」

 ゴッドファーザーは腰を抜かしてもなお虚勢を張ってダンクスの問いに答えた。

「なんだって、あの店にそいつらをよこしたんだ」

 実は俺たちの本当の狙いはこれだった。
 別にどうこうするつもりはないが、純粋な興味だ。
 多分だが、あの店の客がいない理由はこいつらが握っていると思ったからだ。

 そうして、ゴッドファーザーから聞き出した内容は、とても許容できるものじゃなかった。
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