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51話 魔王

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「かわいそうな名銃だ……。【沈黙魔杖】には及ばないがそれでも屈指の攻撃力を誇るというのに……」

「――! き、貴様!! 『ガトリング』の事を知っているのか!?」

 俺はゆっくりランプを薬莢の匂いがする方に向ける。

「こんな性悪な事すんのはやっぱりお前だよな……ロリス」

 その先には無様に慌てた表情でリボルバーを構えるメガネの男。

「くそっ! どうなってやがる……これさえありゃ屋敷の占拠とエリクスをコントロールするのなんて楽勝って話だったはずがぁ!!」

 男の傍らに転がる紫艶な色をした丸い水晶は怪しい光を放ち続けている。

「――その呪魂アイテム……【人心掌握】か……?」

「貴様……一体何者だ……!? なぜこのアイテムのことま――」

 地下室に鼓膜を割らんばかりの爆発音が鳴り響く。

 姿なき【沈黙魔杖】で壁際にあった適当な金盃に爆発させた。
 そんな俺を見てメガネの男は言葉を失い、その場に腰を抜かす。

「お、お前! ヴァニラが拾ってきたただの捨て子の分際で! 俺がこの屋敷でどんだけの権力を持っているか分かっているのかぁぁ!!」

「ああ。お前がエリクスに俺達がイノディクトにやられたと嘘をつきエリーモアに来るように促した。大方その後ヴァニラが盗賊に攫われてたとでも言ったんだろ? そうすれば確実にエリクスは二日間は屋敷を留守にしなければならない」

 メガネの男は目を丸くしながら俺の話を聞くしかない様子。

「そしてエリクスの出発と共に守護魔法が解けた屋敷で、誰にも見つからない秘密の地下室から安全に呪縁魔法を発動していたこと。そして……」

「フォルクス・ノーデンタークと結託しヴァニラを誘拐しようとした事も分かっている」

「――なんで……なんでお前なんかがあのお方の名前をぉぉ!!!!」


 その瞬間、男は一発の弾丸を闇雲に放つ。
 とんだ見当違いの場所に銃痕を残した男の射撃に思わず思い出し笑いしてしまう。

「そうだったそうだった。お前はピンチに陥るとステータス異常の『混乱』を起こす雑魚キャラだった。洗脳に成功し大人になった世界線のデビスとファナの助けを借りてやっと俺達パーティーとトントンってところだったのに」

「大人……? パーティー? お前はさっきから何を言っている……」

「まぁ気にしないでくれ。俺はお前の弱点を知ってるってだけだから」

 男の目線がリボルバーに向くのを見逃さない。

「そうだよなー。残りの弾薬は一発しかないもんなー。そりゃ早くリロードしたいってもんだよなぁー」

 馬鹿にした口調で残り弾薬数を言い当てられた男は恐怖からか、はたまた言い当てられた羞恥心からか更に取り乱す。

「うるせぇぇ!! 全部バレてるってんならお前を生きて返すわけにはいかねぇ!! ここで死ね汚ねぇ下民が!!」

 男は腰のポケットに右手を突っ込むみながら喚き散らす。

「――お前はリボルバーの残弾が1個になると利き手ではない右手で補充弾を掴み片手で射撃する。そしてリロード前最後の残弾は射線がブレる片手射撃を考慮して広範囲火炎魔法が付与してある特注品が込めてある」

「――なんでほとんど会ったこともない俺の……全部を……」

 引き金に自信のない人差し指をかけながら男は情けない声を漏らす。

「そりゃ……俺はお前のことを知ってるからに決まってるだろ……!」

《火散弾を使用しますか?  消費MP4》

 YES

《隠蔽魔法は付与しますか?》  

 NO

 引き金が引かれた瞬間、あらゆる宝物や巻物を焼き尽くすかの如く劫火が術式弾もろともすべて飲み込んだ。


「ぐぐがががぁぁ!!!」


 地下室に男の呻き声にも似た叫びが乱反射する。

「――ああぁぁ!! 嫌だ! 痛い! 熱いぃぃ!!!」

 ぴっしりと仕立てられた黒いスーツに引火した男はなんとか延焼を防ごうと地面に体を擦り付ける。
 俺やミルボナさんを馬鹿にしていたコイツの無様な姿は見ていてスカッとしたが、同時にあることを思い出す。

「あ、やばい……あれの事忘れてたな」

 古びた巻物や書物に燃え広がる火の波。
 このままではお目立てのアイテムまで焼け焦げてしまう。

《風突を使用しますか?  消費MP5》

 YES

《隠蔽魔法は付与しますか?》

 NO

 豪風が地下室に吹き起こると、宝物たちを吹き上げながら消火していく。
 幸い部屋中に燃え広がる前だったので風魔法で消すことが出来た。

「はぁはぁはぁ……お、お前は本当に何者なんだっ……」

 風突《ウィンド》の恩恵を受けて体から炎が取れた男は声を震わせる。

「そうだな……ただの執事見習いってところだ。ヴァニラ様専属のな」

「それはそうとお前には聞かなきゃならないことが沢山あるんだった」

「な、なんでも話す! フォルクス様のことでもなんでもだ! だ、だから命だけはぁ……」

 涙目で必死に懇願してくるコイツの姿を屋敷の皆に見せてあげたい。
 今まで見下され続けてきた胸がすく思いになること間違いなしだろう。

「フォルクスとは何者だ? マリナやお前を屋敷組と称して暗躍させていたようだが……あのダンテという人物はエリーモアでの仮の姿か?」

「――! お前は……一体どこまで……?」

「いや、フォルクスの事は正直それしか知らない。だから正直に全て答えろ」

「隠蔽解除」

 俺はあえてロリスに【沈黙魔杖】の正体を明かし、眉間ど真ん中に押し当てながら質問する。

「銃を地面に置いて手を離せ。あと嘘ついたり、言葉に詰まったら……分かるよな?」

 俺は地面に置かれた【ガトリング】を拾い上げる。
 まぁ、さすがにヴァニラが居る屋敷で殺しはしないが脅すくらいはヴァニラでも許してくれるだろう。

「まず今回の首謀者はフォルクス・ノーデンタークで間違いないか?」

「ああ」

「奴が言っていた屋敷組とはお前とマリナだけか?」

「そうだ」

「今回の計画の目的はなんだ?」

「それは……」

 口篭るロリスの前で5本指のカウントダウンを始める。

「5…4…3」

「エリクスの失脚と後継者の洗脳……そして――」

 だろうな。
 そこまでは想定内。

「そしてなんだ? デタラメを言ったら二度と利き手で引き金が引けないと思え」

 脂汗が額を覆うロリスの左人差し指に【沈黙魔杖】を軽く押し当てる。

 しかし、ロリスから出た言葉はあまりにも意外なものだった。



「――魔王『アルカディウム』の復活……だ」
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